60.勇者は私が倒すと決めた

 先代魔王ナベルスは、よくできた君主だったらしい。あちらこちらで彼の功績を聞いた。良い人だったと懐かしむ人がいる。亡くなってからも惜しんでくれる人がいるなら、彼は名君だったのだろう。


 ブレンダは居心地のいい獣人の村に、すっかり馴染んでいた。先代魔王の人気が高い反面、彼を騙して殺した勇者や人族の評判は悪い。彼女が知る人族の村なら、間違いなく村八分だった。誰も相手をせず、助けもしない。勝手にのたれ死ねと放置される。


 この村は違った。長であるバラムが受け入れると口にしたことも大きいが、何より偏見が少ない。魔族は数が少なく、種族が豊富だった。同じ獣人でも、草食獣か肉食獣かで違う。肉食獣同士でも、さらに細分化された。


 そっくり同じ種族はいないのでは? と思うほど分類できる。だから自分と違う誰かを嘲笑ったりしない。手が翼の種族がいて、細かな作業が出来なければ別の種族が助ける。代わりに物を運んでもらったり、飛んでの連絡を任せたりした。


 長所と短所を上手に組み合わせ、お互いを尊重する。こんな関係性は、人族にはなかった。常に誰かと比べている。自分の方が強い、あいつの方が足が長い、あの子の髪は綺麗だ。そうやって違いを突きつけ合い、傷つける材料とした。


「もう人族とは付き合えないな」


 呟いたブレンダに、若いウサギ獣人女性が近づいた。洗って取り込んだ洗濯物を手渡し、こないだは助かったと笑う。野生の獣に襲われていた彼女を、狩りの途中だったブレンダが助けたのだ。足を引きずっていたので、背負って村まで運んだ。


 新婚の彼女は、その話を村中に広めた。お陰で、今では狩人として認められている。腕を買われ、若い獣人達と森に入ることも増えた。礼を言って洗濯物を受け取り、先日見つけた赤い花を渡す。薬草で香辛料にもなると聞き、摘んでおいたのだ。


「ありがとう! これ、獣を呼び寄せるから、危なくて採りに行けないのよ」


「狩りの最中に見つけたんだ。洗濯のお礼だが……他の薬草についても教えて欲しい。見つけたら摘んでくるから」


「ええ、もちろんよ」


 穏やかな生活、良き隣人との付き合い。田舎特有の付き合いに嫌気が差し、傭兵になったブレンダだが、ここなら定住も悪くないと考え始めていた。


 魔族は単体での強さが際立っている。バランスを取るように数が少なかった。勇者のように圧倒的な火力がなければ、人族が勝つことはない。もし、人族と戦うことになったらどうするか。ブレンダは覚悟を決めていた。


 傭兵仲間やゼルクが剣を抜いて向かってきたら、獣人達を守って前線に立つ。憎いはずの人族を受け入れた獣人に、恩を返したかった。こんな平和な生活、望んだって手に入らない。


 惜しみなく愛情や好意を向ける隣の住人や、服を編んでくれる老女、一緒に狩りを楽しんだ若者。彼らを守るためなら、元同族であっても敵だ。もし勇者ゼルクが立ちはだかるなら、彼は私が倒す。


 勇者としての強さを誇る彼も、剣術ならブレンダの方が優れていた。女神に与えられた剣が、魔族を退けるだけの話だ。ならば人族同士で戦えば、ブレンダの方が強い。


 見上げた空は雲ひとつない。決意を賛美するように眩しい日差しに、ブレンダは口元を緩めた。この生活が一日でも長く続くことを祈って。

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