54.相打ち前提の侵攻か

 置いて行かれたバラムは、森の中を走る。万が一にでも、村を襲撃されたら一大事だった。人族は大きな陽動を仕掛け、裏で幼子や卵を狙う傾向が強い。そのため、各種族の安全確保が最優先だ。


 警護対象の魔王本人が飛び立ってしまえば、バラムの意識は一族の保護に切り替わる。全力で走って茂みを飛び越え、崖から空を舞った。落下する間に魔力を地面に叩きつける。衝撃で浮き上がる力を利用し、受け身をとって着地した。


 駆け込んだ村は、何事もなく穏やかだ。獣人の村は全部で五つあった。以前、偶然にも勇者ゼルクと魔法使いエイベルが立ち寄ったため、拠点を移動した。その上で、獣人達の棲家を分ける。


 襲われても全滅しないように。発見されにくくなるように。魔王ガブリエルだけに甘えるのではなく、獣人族なりに工夫を凝らしたのだ。


「早かったな」


 きょとんとした顔で、背に大きな魚を担いだブレンダが足を止める。近くの川へ魚獲りに出かけたらしい。幼い狼獣人や狐獣人の子も同行していた。


「ああ……村が襲われる可能性があるんでな」


「人族が動いたのか?」


 眉間に皺を寄せ、ブレンダは魚を肩から下ろした。子ども達に運べるかと尋ねる。大喜びで、子ども達は魚を担いだ。三人がかりで運ぶ姿は危なっかしいが、落として砂だらけにするのも経験だ。好きにさせる。


 さりげなく子どもを遠ざけたブレンダの気遣いに、バラムは情報を口にした。一緒に暮らして数日で、彼女への嫌疑は晴れた。というのも、あまりにもブレンダは魔族寄りなのだ。考え方も豪快な所作も、これで耳や尻尾があったら誰も疑わないほどに。


 もし人族のスパイだとしても、出兵の話は知っているはずだ。三千人程度の兵士など、魔王に掛かれば敵でない。数が減ったとはいえ、火竜も十分勝てる数だった。


「三千の兵が火竜の山に向かったそうだ」


「……三千?」


 考え込んだブレンダが「まさか」と呟く。その声に嫌な予感がした。バラムはその先を尋ねる。


「いや。気のせいならいいんだが……以前に聞いた気がして。彼らがもし着膨れていたら注意してくれ。火口に何かを投げ込む前に殺した方がいい」


 ブレンダは迷いながらも、恐ろしい計画を明かした。傭兵団に戻る前、一時的にある領主の元で働いた。その際に耳に挟んだ情報らしい。


 大量の薬草を体に括り付けて運び、火口へ放り込む。一瞬で燃えた薬草は、猛毒を発生させる。ドラゴンの致死量として計算された量が、三千人で運ぶほど大量だったと。当時は馬鹿げた話だと思ったが、傭兵を煽てて魔族と戦わせようとする連中だ。


 ドラゴンの住む巣を毒で汚染し、戦えない子竜や卵を抱く雌竜も始末する気では?


「だが、兵士も全滅するぞ」


「そんなこと気にする貴族はいないさ」


 兵士は何も知らされず、残酷で無慈悲な貴族に利用されるだけ。これが嫌な予感で済めばいいが、最悪、大きな被害が出る。そう付け加えたブレンダに、バラムは目の前で獣化した。


「知らせてくる。村を頼む」


「承知した」


 頷いたブレンダに背を向け、バラムは全力で走る。途中で遠吠えを放ち、各村に情報を伝えた。翼手族がその情報を抱えて飛び、バラムが到着する前にガブリエルまで届いた。


「着膨れていたら……か」


 眼下で行進する兵士は、大量の荷物を背負っている。その荷物から漂うのは、奇妙な臭いだった。毒草なら納得できる。にやりと笑ったガブリエルは、口に魔力を集めて放った。

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