53.火竜の山を襲撃する一報

 何でも食べられた方がいいが、種族によっては無理な食材がある。だが、これはただの我が侭ではないか? 食べられるのに残すなど、命を捧げたウサギに悪いだろう。そう告げると、シュトリはぽんとお腹を叩いた。


 お腹いっぱいをアピールする。変な方へ知恵が回る幼いピンクの生き物は、状況に合わせて対応を使い分ける器用さを発揮した。わかっていても強く出づらいガブリエルは、残ったウサギをぺろりと平らげた。


 もう一度よく言い聞かせようと口を開いたところへ、知らせが飛び込んだ。鳥の姿で現れた青年は、瞬きの間に人化する。腕は翼のままで、ほぼ裸だった。翼手族の長候補の青年だ。艶やかな黒髪が汗で額に張り付いた。


「人族の攻撃だ。数はおよそ三千! 竜族の火山に向かった」


 大変だ! から始まる言葉を省き、要件だけを伝える。正しい報告に、ガブリエルは頷いた。竜族は大きく分けて、火と水の二つだ。火口の溶岩に住むか、巨大な滝に居を構えるか。ガブリエルの父、青竜は色が示すように水の属性が強かった。


 一族が総力を挙げて戦った結果、竜族の被害は大きい。先の魔王ナベルス陛下を守るため、竜族の七割が失われた。その竜を狩ろうと考えたのなら、愚かなことだ。先日の襲撃で、黒竜が現れたのでドラゴンを狙ったのかもしれない。


 ガブリエルはにやりと笑った。周囲の魔族にも焦りはない。巨人族のバルバドスは伸びをして、体をほぐし始めた。休んでいる吸血種にも連絡が届く頃だ。獣人であるバラム達は、早くも攻撃に傾いていた。


「今度こそ討ち取ってやる」


 気合いを入れるバラムには悪いが、ガブリエルは人族の軍と正面から戦う気はなかった。おそらく傭兵を招集した王侯貴族が寄越した兵だろう。ならば、罠にかけて数を減らすだけでいい。


 人族は非常に疑り深い種族だ。兵を全滅させ連絡を途絶えさせたのち、不都合な噂を流すだけで事足りた。無理に危険を冒して戦う必要はないのだ。貴重な魔族の血を、あのような愚鈍な種族のために流すのはもったいない。


「好きにさせよ」


 火竜の一族は気が荒い。巣穴に近づく人族がいれば、焼き払うだろう。ガブリエルはふわりと浮き上がった。ふと気づくと、足にシュトリがしがみ付いている。バルバドスが手を伸ばし、落ちたら受け止める体制を整えていた。


「シュトリ……仕方ない」


 魔力の風で飛ばした養い子を、背中で受け止めた。がっちり爪を立ててしがみ付くシュトリを確認し、一周してから離れる。


「ひでぇ、出番が欲しいっす!」


 叫ぶバラムには、後で詫びを届けよう。そう決めたガブリエルは、火竜の住む火山へ進路をとった。頭上から襲う竜と戦うには、三千の兵は少ない。だが昼夜問わず集めた情報に、危険な兆候はなかった。なぜ兵を捨てる行動に出たのか。


 ガブリエルが確かめたいのは、この部分だけ。仲間や我が子を優先する魔族である限り、人族の醜さは完全に理解できない。王侯貴族がいかに残酷で自分勝手に振る舞うか、他者の命を粗雑に扱うか。知っていたら、彼は見物にさえ出向かなかっただろうに。

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