52.甘え上手な養い子
魔族が一時休戦状態に入った。事情を知らない人族の中に、そう考える者が現れた。特に休戦を指示した覚えはないガブリエルだが、卵から孵った幼いシュトリから目が離せない。
ピンク色で鱗なしの外見から、きっと傷つきやすくて柔らかいだろう。そう考え、誰もが大切に扱う。シュトリは毎日脱走しては捕獲された。どうやら遊びの一環だと認識したらしい。追いかけっこを楽しむ幼子は、今日も隙をついて走り出した。
やれやれと苦笑いして追いかけるのは、巨人族のバルバドスだ。魔王の護衛という名目で、巣穴の近くに留まっていた。必死の逃走は数歩で追いつかれる。指先でひょいっと摘まれ、巣に戻された。
「うぅ……」
怒って抗議するも、バルバドスは気にしない。どっかりと腰を下ろし、うたた寝を始めた。さっきもうたた寝している隙を突いたのに、と鼻を鳴らして不満を訴える。巣穴の上に黒い影がかかり、ばさっと羽音がした。ぐるりと旋回して、黒い影が降りてくる。
魔王となった黒竜ガブリエルだ。母と認識するガブリエルの登場に、シュトリは目を輝かせた。口に咥えているのは、きっとお土産だ。期待しながら巣穴の端に移動する。降り立った途端、いそいそと寄り添った。
頬を擦り寄せ、待っていたのだと訴える。調子のいいシュトリは甘えた声を出した。
「くーん、くふぅん」
「脱走しなかったか? バルバドス」
シュトリに聞いてもとぼけるので、魔王は配下に尋ねた。バルバドスを睨むシュトリの姿が答えだ。答えないが肩を竦める巨人の姿が、全てを物語っていた。
「そうか。助かった」
咥えていた獲物を置いたガブリエルは礼を告げ、幼いシュトリを前足で引き寄せた。叱っても聞いていないが、一応言い聞かせる。
「シュトリ、脱走するならもう面倒を見ないぞ。一人で生きていけるのか?」
突き放す口調に、シュトリは動きを止めた。いつものように「いけない、ダメだ」と叱られると思っていたのに。面倒を見ないと言われて、固まる。そんなに悪いことをした自覚がなかった。遊びなのに……鼻を鳴らして抱きつき、そんなんじゃないと訴える。
「お前は遊びのつもりでも、外は本当に危険だ。守ってやりたいが、シュトリが自分で逃げるなら守りきれない」
悲しくなったシュトリが俯く。ぽろりと涙を溢したのを見て、ガブリエルは内心で混乱した。こんなに簡単に泣いてしまうのか。言い過ぎたかもしれないが、いつかは教えないといけないし。
助けを求めて周囲を見回すと、バルバドスが口を開いた。大きな手が伸びて、やや乱暴にシュトリの頭を撫でる。
「魔王様は本気で心配してるんだ。悪さしてると死んでしまうぞ」
シュトリはがしっと爪を立ててガブリエルにしがみついた。離れないと全身で訴え、謝罪するように鼻を鳴らす。
「わかった。きちんと約束は守れ」
勝手に出ていかないと約束するシュトリに、捕まえたウサギを差し出した。毛皮を剥いたウサギを両手で掴み、シュトリは勢いよく噛みつく。まだ幼いシュトリには、目の前の餌は最優先事項だった。
もぐもぐと咀嚼して骨まで食べる。立派な牙と歯が並ぶ口を開き、また齧り付いた。半分ほど食べて空腹が落ち着くと、シュトリは残りをガブリエルへ押しやる。
「食べないのか?」
こてりと首を傾げる。先日ガブリエルが捕まえた子鹿を、ぺろりと平らげたシュトリなので、心配になった。
「詫びじゃないっすか」
顔を見せたバラムの意見に、バルバドスは違う見解を口にした。
「捧げ物だろう」
どちらも違う、とシュトリは鳴いた。ウサギはあまり好きじゃないらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます