49.罠でも背を向ける選択はない
「魔王様、変なもの拾っちまった」
申し訳なさそうに、尻尾を垂らしたバラムが顔を見せる。こてりと首を傾げたガブリエルの前を、幼いピンクの影が横切った。さっと前足を出して、動きを止める。
「勝手に動き回るな、シュトリ」
トカゲとも竜とも違う。だが四つ足で歩く幼い個体は、ひとまず竜族が預かることになった。おそらく新種族だろうが、同族が見つかるまで後見する形だ。名前を付けたのは、ガブリエルだった。
魔王を継いでから、すでに何人かの子に名付けをした。先代魔王ナベルスが健在なら、ガブリエルの名も彼が付けたのだろう。結果として、魔神に名と祝福をもらったため、一気に才能が開花した。
幼子を引き寄せ、バラムに視線を向ける。人化した彼は、ぽりぽりと頬を掻く。その仕草は、自分でも困惑しているのだと示していた。実際、バラムは混乱状態だ。我が子が懐いたとはいえ、人族なのに。
「人族の女が一匹、合流を希望してんだが」
「人族の、女?」
眉を寄せるガブリエルの様子に、連れてこなくて良かったとバラムは溜め息を吐いた。人族を目の前に連れてきたら、魔王が怒るのは目に見えている。まず話をして、落ち着いてから顔を合わせるべきだろう。
「バラムともあろう者が、人族の女? 惚れたのか」
横からデカラビアが口を挟んだ。近くで聞いていたらしい。ひらりと間に割り込む。コウモリの翼を畳み、厳しい表情でデカラビアは詰め寄った。ブレンダの情報を聞き出し、不機嫌さを隠そうともせず鼻で笑う。
「人族の罠だな」
阿呆が、簡単に騙されおって。デカラビアは後半を表情で突きつけた。直接言葉に出していたら、バラムに殴られただろう。
話を聞きながら、ガブリエルは情報を纏めた。ブレンダという名前の女は心当たりがある。勇者を傭兵団に誘った女戦士だ。もし彼女が魔族につくなら、勇者に大きなダメージを与えることが可能か。だが裏切られる危険も大きい。
内側から切り崩されたら、魔族は弱いのだ。単体で強くとも、個体数が少ないのは弱点だった。同族を人質に取られたら、屈強な男達も戦えずに負ける。その方法を利用したのが、勇者ゼルクだった。
同じ方法を、彼に対して使うチャンスだ。迷うガブリエルは無言だった。その足元から逃げようとするシュトリを、器用に爪を立てずに捕まえ直す。じたばたと暴れるシュトリが、くーんと鼻を鳴らした。考え事をしながら、ガブリエルの舌がぺろりとシュトリを舐める。
無自覚に親の役目を果たす幼竜は、結論を保留した。相手を見極めるため、一度ブレンダと会おう。そう告げれば、当然のようにデカラビアは反対した。
「罠なら尚のこと、最強の魔王以外の誰が対応できる? 何より、謁見を望む者に背を向けるなど……魔王の名折れだ」
正論に押されたデカラビアは、同席を求めた。慌ててバラムも名乗りを上げた。側近達に「同席は当たり前だろう」と返したガブリエルが顔を顰める。シュトリが小さな口で、竜爪の付け根を噛んでいた。
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