44.戦争の匂いがする

 戦争の匂いがする。傭兵団に持ち込まれた情報は、きな臭いものだった。魔族との戦いに、傭兵を投入するらしい。金で動く傭兵は集めやすく、またある程度戦える者が揃っていた。使いやすいのだろう。


「嫌な感じがする」


 夜中の見張りをしながら、火に薪を焚べる。ゼルクは王侯貴族のやり方を嫌というほど知っていた。報酬や地位を与えると褒美を見せつけ、実際は取り上げる。勇者として戦ったゼルクが、この状況に置かれていることからも明白だった。


 彼らは人を裏切ることを躊躇わない。いや違うか。貴族以外を「人」だと思っていないのだ。それが神に選ばれた勇者であっても、魔王退治が済めば用無しだった。身に沁みて知るから、傭兵団の未来を不安視した。


 傭兵団には、歴戦を戦い抜いた老齢の強者もいる。彼らの中でも意見が分かれていた。魔族と戦って人族の役に立って死のうと考える者、傭兵団に所属する女子どもを心配して反対する者。中には、王都に居を構えられる市民権に目を輝かせる者もいた。


 市民権は与えられない。そう呟いたゼルクは、一部から睨まれた。だが嘘はつけない。傭兵を利用し、魔族の泥沼を埋める捨て石にされる。そう思うから、忠告めいた言葉が口をついた。もし、ブレンダが止めなかったら……正体をバラしても反対したかもしれない。


「仕方ないさ、誰だって幸せになりたいんだから」


 余計な発言で睨まれたゼルクの隣で、ブレンダは細い枯れ枝を火に突っ込んだ。傭兵団の意見は二つに割れ、このままでは組織自体が分裂しそうだ。


「行きたい奴は行けばいいんだよ。ぐだぐだ喚いてないで、さっさと別れりゃいい」


 ブレンダは残ると決めていた。魔族との戦いに臆したわけではない。ただ……彼女は一つの疑問を抱いていた。本当に魔族は「悪」なのか。誰かに打ち明けるたびに、白い目で見られてきた。だから口に出さなくなったが、今でも思い出す光景がある。


 幼い頃、弟を連れて森に入った。見つけたグミの実を一緒に摘もうと思ったのだ。おやつになるし、持ち帰れば母がジャムを作ってくれる。浮かれた彼女は道に迷った。泣きながら帰りたいと口にする弟を宥め、背負って歩き回る。


 疲れたブレンダはついに足を止めた。寒いと震える弟を抱き寄せ、鼻を啜った。秋の森は夜になれば冷える。疲れからうとうとした彼女は、誰かに頭を撫でられた。顔を上げれば、とても綺麗な人がいる。


 彼女は何も言わず、ブレンダの手を取った。そっと引く手に従い、背に弟を背負ってついて行く。見覚えのある景色に気づいたブレンダが「知ってる」と声を漏らした。美しい人は頷いて、包みを差し出す。木の皮を編んだ包みに気を取られている間に、その女性は消えてしまった。


 森を出て、心配していた両親に叱られ、温かく迎えられた。村の誰に話しても信じてもらえなかったが、あの人は確かに存在した。木の皮の包みに入っていたのは、熟したグミの実だ。いつもより甘くて美味しかったのを覚えている。


 あれは魔族だったのでは? 大人になってから得た知識で、ブレンダはそう判断していた。森と共に生きる魔族がいるのだと……会えたなら、いつかお礼を言いたい。燃える火を眺めながら、ブレンダはその話をゼルクに聞かせた。

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