35.遺された未来の形

 卵を温める役を、同族の雌に任せたらどうか。ガブリエルがそう提案すると、周囲が一斉に反対した。無責任なことはいけない、拾った責任がある。バラムに言い聞かされ、再び卵の上で温め始めた。


 戦う役割を雌ドラゴンに任せられないのだから、温めてもらおうと思ったのだが。いまいち納得できないガブリエルへ、デカラビアが説得を始めた。


「いいですか? まず拾った責任があります」


 ここはその通りだと思うので頷く。ガブリエルの素直な反応を見ながら、吸血種の長は話を続けた。


「卵を温めるのは親の役目です。この場合、拾った者が親代わりとなります」


 少し考えて、まあそうかな? と首を縦に振るガブリエル。黒竜は上手に言いくるめられていた。


「戦いに関しては、我々が代行しています。そもそも状況は監視のみ。魔王様の参戦が必要な状況ではありません」


 情報収集しながら監視するだけなら、トップが出る必要はない。反論の余地はなく、ガブリエルは口を噤んだままだった。


「動きがあれば報告しますし、きちんと情報も持ってきます。魔王様は責任を果たしてください」


「わかった」


 理路整然と言い放たれ、ガブリエルは了承する。卵を拾ったのが自分なのは事実だし、現時点で戦場に動きはない。自滅待ちなら、情報収集だけきちんと行えばいいはず。


 一つずつ確認し、黒竜はぺたりと身を伏せた。まだ小柄な体で大きな卵を温めるには、全身を使う。腹を押し付け、両腕で包むように抱いた。毛皮や羽毛で包まれた巣は、かなり暖かい。


「ところで、食事はどうしていますか」


 デカラビアに尋ねられ、卵を温め始めてから三日間の食事を思い出す。同族が捕まえた子牛の肉、森人が届けた果物。水は翼手族が持ってきた。素直に報告すると、デカラビアは嬉しそうに笑った。


 皆が「ガブリエルはまだ子どもだ」と認識している証拠だからだ。自分達を率いる王であると同時に、保護して守る子どもと考える。だから手が離せない状況で食料を運び、彼が孵化させる卵も守るべき対象と判断した。


「それは良かった。我が一族も手伝いますよ」


「それは助かる」


 ほとんど動けない。卵が孵るまでの間、魔王ガブリエルは強制的に休暇を取る形だった。


「たまに体を動かしたいんだが」


「その時は同族に頼んでください。一時的なら預かってくれるでしょう」


 卵の責任者と言われ、ガブリエルに責任感が生じた。だから最初と違い、預けることを躊躇う。だが必要な時は頼っていいのだと、まだ幼い竜に教えた。


 素直に話を聞いて呑み込むあたり、やはり子どもなのだ。立派な戦略を立て、戦場で魔力を駆使しようと……魔族を率いる王であっても。魔族が愛し育てる宝だ。


「まだ失っていなかった」


 ぽつりと呟いたデカラビアの言葉に、ガブリエルはこてりと首を傾げた。理解していないその表情こそ、彼らが守りたい幼子の姿……前魔王ナベルスの遺した未来だった。

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