34.昔話と思い出した温もり

 まだ子どものガブリエルは、当然だが子育て経験などない。卵を孵すのも初めてだった。温めるのはいいが、卵の上に乗って平気なのだろうか。不安で、同族の雌に声をかけた。


「潰れないか?」


「この硬さなら大丈夫ですよ」


 こんこんと突いて確認した赤い火竜が、問題ないと笑う。ドラゴンの卵より硬いかもしれない。そう言われ、ゆっくりと上に乗った。いきなり体重を掛けて割れたら事件なので、確認しながら調整する。最終的にずっしり乗っても割れなかった。


「本当だ」


「卵は時々、回してください」


「中で目を回さないか?」


「平気ですよ、中身はくるんと回るんですから」


 ガブリエルが知らない知識ばかりだった。戦って勝ち、人族を滅ぼして復讐を終える。そのことだけに注力してきた幼竜にとって、卵は未知の存在だ。


 中は液体に満ちていて、くるくると動く。そう説明されて、安堵の息を吐いた。回すことで、全体に温まる。自分達が寝返りを打つようなものだ、と聞いてガブリエルは素直に納得した。


「魔王様だって、こうやって卵から生まれたのは事実さ。順番に習うんだよ。私もソフィ様に教わったっけ」


 火竜は懐かしむように話し始めた。卵を温めるガブリエルの退屈を紛らわそうとするかのようだ。ソフィはガブリエルの母竜の名だった。興味を持ったガブリエルが、こてりと首を傾げる。


「母上が?」


「あたしが初めての卵を温める時は、巣作りも手伝ってもらったよ」


 ここから、火竜は様々な思い出を口にした。卵を温める間も、仲間や母ソフィが餌を運んでくれたこと。卵を回して温めるよう忠告してくれたこと。おかげで元気な子が生まれ、今は戦いに参加したいと騒いでいることまで。


 長寿な魔族の中でも、上位に位置する長寿である竜族は、成長に時間がかかる。ガブリエルは魔神の加護を持つが、それでも子竜だった。火竜の子がガブリエルより年上でも、参戦するには若すぎる。魔王位を継いだガブリエルと同じではないのだ。


「手伝ってもらう前に、戦をなくしたい」


 ガブリエルは苦笑いし、体重を預ける足を崩した。卵が腹にぺたりと付く。硬い卵は、体温が移った分だけほんのり温かい。


「期待してるよ、でもさ……忘れないでおくれ。ソフィ様の息子である魔王様も……子どもなんだよ」


 火竜のおばさんは、ずずっと鼻を啜った。目が潤んで今にも泣き出しそうだ。母が生きていたら、こんな感じだろうか。ガブリエルは何か言い掛けて、ぐっと呑み込んだ。その仕草に気付いた火竜は、卵を抱くガブリエルに身をすり寄せる。まだ小柄な体を包んで温めるように、火竜は王に語りかけた。


「寝た方がいい……今は急いで動く時期じゃないんだろう?」


 こくんと頷き、ガブリエルは体の力を抜いた。お腹の下で温める卵の存在と、包み込む母のような温もり。どちらも暖かくて、居心地が良くて……黒竜は泣きたくなる気持ちを持て余しながら目を閉じた。

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