32.新たな命が運んだ笑顔
にやりと笑う二人は、卵をガブリエルに押し付ける。仕方なく持ち帰るガブリエルを見送り、デカラビアがバラムを褒めた。
「掟というのは、いい口実でした」
「あ? 獣人は似たような決まりがあるんだよ。獲物も拾い物も責任を取れってやつだ」
完全な嘘じゃないぞ。バラムはそう言って笑った。
「にしても、困った顔してたな」
「頼ってきたら、手伝うよう通達しておきましょう」
「そりゃいい」
魔王補佐の肩書を持つ側近の二人は、大急ぎで通達を出した。魔王ガブリエルを心配する魔族は多く、皆がほっと胸を撫で下ろす。重石がなくては、風に吹かれて消えそうな王だ。彼の重石になるなら、得体の知れない卵も大歓迎だった。
人族から見た魔族は、残酷で冷たい。実際は懐に入れた存在に甘く優しく、義理堅い種族ばかりだった。人族に対して冷たいのは、単に彼らの行いのせいだ。過去に我が子を攫われたり、一族の者を殺されたり。そんな目に遭って、なぜ優しく接してもらえると思うのか。
熱しやすく冷めやすい人族は数十年で代替わりしていく。過去の話などすぐ忘れるのだ。数千年を生きる魔族は、相対する人族の親や祖父母が犯した罪も覚えていた。その違いを人族は理解しない。魔族は理解した上で、己の感情に従う。
当事者ではないからと許した人族が裏切った事例は、数えきれないほど覚えていた。勇者ゼルクの前任者も、その前の勇者も。何度もナベルスに挑んで負けた勇者もいる。たまたまゼルクは成功しただけだ。
「魔王様、相談してくれるといいけれど」
心配そうに空を見上げるのは、森人族の老女だ。その隣で、同じ森人の若者がからりと笑った。
「相談を待つことはないさ。こっちから押しかける手もある」
それもそうだ。顔を見合わせた魔族は、どうやって世話を焼くか。相談を始めた。誰が先頭を切る? 卵を温めるなら、戦闘はしばらくデカラビアの指揮に任せたらどうか。バラムもいるのだ。
ガブリエル本人がいない状況で、さまざまな意見が並べられた。久しぶりの明るい話題に、種族関係なく笑いながら語り合う。
羽音が戻ってくるのに気づき、彼らは幼い魔王を見上げた。右の足に卵を掴み、左で枯れ草を運んでいる。どうやら巣作りをするようだ。
「魔王様、巣作りなら手伝いますぜ」
「俺達も手が空いている。ぜひ手伝わせてくれ」
口々に叫びながら手招きされ、ガブリエルは首を傾げた。だが手伝ってくれるなら、有り難く好意を受け取ろう。そう思い、風を起こさぬよう地上に降りた。途端に様々な魔族に囲まれる。老若男女関係なく、子どもも参加して巣作りで盛り上がった。
卵の大きさを測り、少し離れた山頂にいい穴があると教えてもらう。魔法の失敗でぽっかりと空いたすり鉢状の穴へ、木で枠を作って草を積む。決まれば、皆はわっと動き出した。
「……オレより楽しそうだ」
呟いたガブリエルは、ふふっと笑う。その笑顔に気づいた数人が、満面の笑みで応じた。
「新しい命、それも魔王様が育てるとなれば」
「俺らも気合いが入るってもんです」
「必ず育て上げましょうね」
妙な擽ったさを感じながら、ガブリエルは素直に頷いた。
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