31.幼さを捨てた魔王に足枷を

 王都は一番最後に落とす。そう決めていた。だから辺境から潰していく。大きな円を描く形で外へ広がる都市を、次々と襲撃した。大陸だけでなく、海を通じて訪れる隣の大陸の船を沈める。これで海上交易は封鎖できた。


 外から入らないなら、中を食い潰すのが人族だ。食物や家畜の生産を担当する辺境都市が消えれば、大量の人口を抱く王都はひっ迫していく。だが王侯貴族が困るのは一番最後だった。王達は自分が困るまで手を打たない。民が飢えても、訴えても、聞こえないフリを貫くだろう。


 長寿のデカラビアから聞いた話をかみ砕き、ガブリエルは上手に活用した。足元に火がついても気づかず寛ぐ王がいるなら、その火を大きく育ててしまえばいい。尻に火がついた頃、もう逃げ出せないくらいまで炎上させる。


 ガブリエルの案を聞き、吸血種の長であるデカラビアは驚いた。魔族にも頭脳派はいる。だがここまで全体を組み立てて、策を弄する魔族は知らない。戦術は立てても、戦略は苦手な者が多かった。その場で必要な物を調達する魔族は、長い時間を前提に作戦を立てる必要がない。


 人族ならば長期計画を立てることもあるが、寿命が長い分だけガブリエルの策は時間を味方につけた。敵にしたら最悪の人だ。デカラビアはそう判断し、彼に協力すると申し出た。実際、魔王になったガブリエルは、魔族に犠牲を強いることなく戦いを有利に進めている。


「足元が疎かなのが心配だ」


「ああ、魔王様は自分を大事にしない」


 獣人族の長バラムは、デカラビアに同意した。顔を見合わせ、困ったものだと溜め息を吐く。


 前魔王ナベルス陛下が大切に育てた幼子、配下として名を馳せた竜族の長が遺した息子。追随を許さない魔力量を誇り、成長途中ながら威厳すら纏う。稀有な存在に長く生きて、人生を楽しんでもらいたいと考えるのは……魔族なら誰しも同じだった。


 知らぬは本人ばかりなり。


「何かに夢中になればいいのか?」


 バラムは息子達を思い浮かべる。獣人族は獣の本性が強く、野生的だった。何かを追いかけたり、捕まえたりする間は余計なことを考えないのでは? と提案した。


「ある意味、夢中になった結果がこれだ」


 デカラビアは否定するように首を横に振った。復讐に夢中になった黒竜は、幼子特有の真っ直ぐさで脇目も振らず没頭する。結果、彼らが心配する事態を引き起こしていた。己の安全を後回しに、駆けていく姿は不安を掻き立てる。


 唸る彼らの元へ、珍しくガブリエルが近づいた。空からふわりと舞い降り、滑空して着地する。その足に、何かを掴んでいた。


「魔王様、そりゃ……なんです?」


「分からないが、落ちていた」


 何かの卵に見えた。丸い物体はやや楕円で、色は黄色がかかった白だ。ドラゴンの足で掴むほど大きく、頑丈らしい。近づいたデカラビアが耳を押し当て「生きている」と呟いた。獣人のバラムも鼻をひくつかせ、匂いを確かめ手で触れる。


「温かいな」


「悪いが預かってくれ」


 人族が卵から生まれることはないので、魔族の可能性を考えて持ち帰った。ガブリエルはさっさと預けて立ち去ろうとしたが、その足をがしっと掴まれる。掴んだのはバラムだった。


「魔王様、それはいけねえ。拾った奴が面倒を見るのが掟だ」


「ええ、バラムの言うとおりです」


 長寿で物知りなデカラビアにも肯定され、ガブリエルは困惑顔で卵をつついた。

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