28.勝利を高らかに宣言する

 黒竜ガブリエルが合図を送った。と同時に、ふわりと魔力の風が起きる。父譲りの強大な魔力を上昇気流に変えて、ドラゴンは空に舞い上がった。広げた翼は羽ばたくことはなく、風を受けて上昇した体を制御する。薄い膜に見える翼の角に、小さな爪が光を弾いた。


 ドラゴンは翼に爪が生えて、ようやく成体として認められる。今までになかった爪は、まだ若く小さかった。目ざとく見つけたのは、ガブリエル本人ではなくデカラビアだ。吸血種の長である彼は、黒竜の風の恩恵を受けながら目を見開いた。


 後で祝いの席を設けよう。ガブリエル本人は望まないかもしれないが、魔族にとって子の成長は吉兆だ。魔力が増えたり、牙や爪が生えたり、中には翼が増える者もいた。魔王であってもガブリエルは子どもだった。その身が成長した証を喜ばない魔族はいない。


 機嫌よく旋回して上昇したデカラビアが、甲高い声を上げた。人族の耳には聞こえない波長だ。獣の耳を持つ獣人も、蝙蝠の同族も、魔族は夜空をつんざく呼びかけに高揚した。


「夜の闇に紛れ、二度と目覚めぬようにしてやれ」


 ガブリエルの命令に、獣人達は地を走る。空を舞う翼をもつ魔族が狙いを定めて下降した。森の木々の間にちらちらと見える人工的な灯りは、人族が野営をしている証拠だ。魔族は森で炎を放置しないし、夜目が利くため灯りも不要だった。


 王として全体を把握するため、ガブリエルは旋回を繰り返す。直接の戦いは信頼する者に任せた。森の茂みを揺らさず音もなく入り込んだ獣人や森人が命を狩る。上空から狙いを定めて見張り役を始末する翼手族や吸血種が、小さな灯りを一つずつ消した。


 まるで命の証のようだ。灯りが一つ消えるたび、人族の死体が増える。セイレーンや夢魔が繊細な音で人の眠りを深めた。普段なら起きる物音も、遠く霞んで目覚めさせない。ガブリエルが口にした通り、眠りに就いた者は二度と目覚めぬよう……起きて見張りをした者も起き上がれぬよう。


 奇襲ですらない。戦いで傷つく同族を出さないため、ガブリエルは常に細心の注意を払った。卑怯で構わない。人族に罵られるなら勲章と同じだ。移動の手段として利用された馬を解き放ち、残った人族の死体を放置した。


 魔獣を呼び寄せるデカラビアの、音にならない声が響き渡る。眠ったまま目覚めない者を含め、人族を魔物に食わせる作戦だった。知らぬ者が見れば、野営中に魔物の集団に襲われたように装う。だが勇者は気付くだろう。


 手掛かりはいくつか残してある。憎悪を滾らせ、孤独に苛まれろ。静かに行われた虐殺は、魔獣の足音と興奮した遠吠えによって終わりを迎えた。


 バラムが捕らえた唯一の捕虜エイベルを受け取り、爪が食い込むほど掴んだガブリエルは凱旋の咆哮を上げる。応じる様々な種族の声が森の静けさを破った。


 やや離れた場所で野営をする勇者の耳に届くよう、高らかに勝利を宣言して魔族は引き上げた。駆け付けた勇者が絶望する姿を見ることなく。

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