27.その程度の覚悟で手に掛けたのか

 予想より早かった。人族はここまで堕落しているのか。神への信仰心があれば、神託の重さが変わる。選ばれし勇者への待遇も、期待も違っただろう。


 人族は道を誤ったのだ。神が選んだ勇者も、努力なしに勝つことはない。強さを得るために傷つき、弱者を守るために恐怖と戦う。それらを否定され続けたら、心が折れるのは当然だった。


「この程度のくせに」


 ガブリエルは尖った牙を噛み締める。ぎりりと音がした。


 この程度の覚悟と強さしかないくせに、僕から父上を奪った。優しく強い魔王様を殺したのか。大した目標もないまま、魔族を敵対視して殺害した。その罪の重さを自覚もせず、ただ逃げ出した?


 許せるわけがない。千々に引き裂き、泣き叫ぶ姿を見ても収まらない。勇者に家族が残っていたら、目の前で甚振り尽くしてやったのに。ガブリエルは黒く染まる心を抱え、ゆっくり深呼吸した。


 憎しみだけに心奪われてはならない。悲しみだけに心を染めてはならない。魔王ナベルス様の教えだった。幼くして母を亡くしたガブリエルが、他の子を羨んだとき……優しく諭された。誰かを恨んで奪っても満たされることはないのだと。


「オレが満たされる日はこない」


 だから安心して、復讐に没頭できる。手を汚して心を闇に染め、魔族に明るい未来を残せば終わりだった。そこまでしたら、オレは許されるだろうか。敬愛するナベルス様や父上を追いかけたい。その一心だった。


 どんなに死にたくとも、魔族を放り出していけない。ナベルス様が命懸けで守った仲間を、見捨てることは出来なかった。逆らえないほどに人族を減らし、世界を魔族の手に取り戻す。そうしたら、魔王は不要になるはず。


 ガブリエルは天を仰いだ。月光が降り注ぐ森の中、ぽっかりと空いた口は、湖の畔だ。この穴を目印に、情報が集まる。鳥に偽装した有翼種も、森の木々に隠れた森人や獣人も。それぞれに得た各地の情報を持ち寄った。


 作戦は各種族の代表から提出され、検討して実行に移す。黒竜は伏して身を休めた。まだ小柄ながら、圧倒的な魔力を秘めた体は月光に光る。ゆらりと尻尾を動かした。


「勇者はしばらく放置、監視は置く。魔法使いと貴族を先に仕留めるとしよう」


 二度と誰も頼れないように、勇者を世俗から切り離す。戻りたくても戻れない状況に追い込むため、ガブリエルは決断を下した。従う魔族から反対意見は出ない。ただ、数名が心配そうに黒竜の魔王を見つめていた。


 揺らぐ陽炎に似ている。どこか不安定で、突然消えてしまいそうな……。そう感じるのはバラムやバルバドスも同じだった。頼りにしてしまう反面、ガブリエルが心配で目で追う。不毛な状況に、吸血種の長は溜め息を吐いた。


 長寿である彼は、まだ若い魔王のために覚悟を決めていた。彼が命を投げ出す行為に出たら、代わりに死のうと。魔族に必要なのは強く若い王だ。彼を引き止めるために必要なら、命を贄に差し出す。魔神に頼るつもりでいた。傷つき過ぎて痛みすら感じなくなった黒竜を、癒してほしい。


 願いながら、デカラビアは自嘲の笑みを浮かべた。

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