26.決裂は必然で決定的だった

「いま、なんて言った?」


「言葉通りだ。お前の都合だけで世界は動かねえんだよ」


 ゼルクの発言に、エイベルは面倒くさそうに吐き捨てた。周囲を取り巻く貴族はエイベルに同意し、調子に乗った魔法使いは取り返しのつかない一言を放つ。


「勇者だからって何でも許されるわけじゃない。威張って協調を乱すんじゃねえ。もうお前とはやっていけない」


「お前はっ! ……いや、いい」


 ゼルクはぐっと拳を握る。友人だと思っていた。幼馴染みで戦友であると疑ったことはない。だが、もうやっていけなかった。彼は僕を切り離したのだ。カッとなって食って掛かろうとしたゼルクは、激しい感情を呑み込んだ。


 怒りと悲しみと苦しさと……意味がわからない激しい痛み。頭は沸騰寸前で、何を言い出すか怖かった。だから唇を噛んで言葉を封じる。殴りかかりそうな腕を拳にして抑えた。


 くるりと背を向け、ゼルクはテントに戻る。勇者の剣を腰に下げ、魔王の剣を背負った。旅の道具が入った皮製のバッグを掴んだ。見回し、無言で外へ出る。貴族達と何やら話し込むエイベルを一瞥し、挨拶なく歩き出した。


 見送ったエイベルは、喉に痰が絡んだような気持ち悪さを覚えた。だが引き止めようとしない。振り回されて大変な生活をするのは、もう御免だった。魔王と戦うために必死で頑張った。その努力が報われない状況は、ゼルクの所為だ。己にそう言い聞かせ目を逸らした。


 何もかも煩わしく感じ、ゼルクは足早に踏み出す。命懸けで戦い、必死で魔王を倒した結果がこれか。友は他人以下になり、国王は敵に回った。誰も僕の努力を認めない。ならば僕は勝手にやる。


 もう国を守る気はないし、魔族との戦いなんて知らない。街道を覆う形で茂る森へ足を踏み入れた。追いかけられても面倒だ。ふらふらと街道から離れ、適当な大木の根元に座った。


「どこに帰ろうか」


 故郷はすでにない。生き残りは散り散りになって、生まれ育った家は森に呑まれた。待っている家族や人もいない。国王に抗議する気力も失せてしまった。エイベルがゼルクを口撃したことで、何かが壊れた気がする。信頼、友情、期待……取り戻せない何か。


 誰も僕を知らない土地があれば、そこで畑を耕して暮らしたいな。父がしたように牛の面倒を見て、母と同じように家を守って。幼い頃の記憶が鮮明に蘇った。村の平和で穏やかな日常、あれを取り戻したい。


 目を閉じて体を休める。近くに人の気配がないことに、気持ちが楽になった。


 頭上で木の枝が揺れる。目を開いて確認すれば、大きな鳥がいた。捕まえようとか、食料になるとか。そんな打算が頭を掠めるが、動きたくなかった。ぼんやりと鳥の動きを眺める。上から注がれる月光が、枝と鳥の影を地上に落とす。


 木の上で暮らすには大き過ぎる翼を広げ、鳥はこてりと首を傾げた。見つめ合う形になった後、鳥はふわりと飛んでいく。ゼルクはそれを見送って、ごろりと横を向いた。





 くるりと旋回し、鳥は森を越える。勇者の居場所を知らせるために、魔王ガブリエルへ情報を運ぶために。暗さを物ともせず、美しい翼を広げて夜空を舞った。

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