25.勇者の名に踊る道化の旅

 交易都市セルザムの領主が王都へ向かった。その一報は、瞬く間に辺境を駆け巡る。勇者と魔法使いが同行した旨も、ひっそりと添えて。


 近隣の領主や貴族は大急ぎで準備を始めた。勇者がいる場所は襲撃されないと認識しているためだ。彼が王都に入ってしまえば、周辺地域は見捨てられる。焦って財産を積んだ馬車を仕立て、次々と合流した。


「なあ、セルザムの領主が金を徴収してるみたいだぞ」


 エイベルは聞き齧った噂を持ち込む。勇者ゼルクは眉を寄せた。今でさえ、馬車と一緒で足が遅い。そこに新しい馬車が加わり列が長くなれば、さらに時間がかかることを意味した。


「俺らのお陰で旅の安全が確保できるなら、お裾分けがあってもいいよな」


 ぼやくエイベルがごろりと寝転がった。馬車が同行することで、テントや寝具に困らない。使用人が随行するため、食事や洗濯も任せることができた。その利点を捨てて、早く行きたいと願うのはゼルクのみ。エイベルは快適さと、逃げ回らなくていい状況に溺れていた。


 このままセルザムの領主に仕えてもいいな。集まった領主の誰かに売り込んでみようか。勇者の評判が回復した今なら、高く売りつけられる。そんな打算もあった。実際、数件の探りがあったため、エイベルは状況を楽観視する。このまま王都へ入って、国王と和解出来るのではないか、と。


「なあ、その剣の手入れしなくていいのか?」


 寝転がったエイベルは、隅に座って難しい顔をしているゼルクに首を傾げた。魔王が手にしていた剣で、宝石の装飾が施されている。戦いで大きな傷も付いたが、戦利品としてゼルクが持ち帰ったものだ。抜いたり手入れをする姿を一度も見たことがなかった。


「ああ、これは抜けないんだ」


「は? じゃあ、なんで持ってるんだよ」


 そんな剣、さっさと売ってしまえ。バラバラにして金にしたら、野宿しなくて済んだんじゃないか。そんな不満を滲ませ、エイベルは追求した。逃げ回ったあの時期、金があればかなり楽だった。勇者の剣を手放せないのは分かるが、こっちはただの戦利品だ。


 咎める眼差しのエイベルに、ゼルクは首を横に振った。これは両ツノの魔王を倒した証拠だ。今はバラして売るわけにいかない。貴族達に納得させ、国王と対決するのに必要だ。そう話し、エイベルは引いた。


 表面上は……何も起きていない。だが不満を募らせる魔法使いと、自分の考えで傲慢に振る舞う勇者の間に、大きな亀裂が生まれていた。小さな不満から始まるそれは、徐々に広がっていく。気づいた時には修復不可能なほどに……。


 能力があり、強さもある。だからこそ己に対する肯定感が強く、容易に他者への不満を膨らませた。幼馴染みであるゼルクに背を向け、エイベルは目を閉じる。


 やっぱりゼルクを捨てるべきだ。俺まで道連れになることはない。生き残るために道を選ぶだけ、言い訳しながらエイベルは離脱を決意した。

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