懐かしき来訪者
「ありがとうございましたー」
工房に来た最後の客が店を出ていく。
「それじゃあ表の看板下げてきちゃって」
「わかりました」
トリスがクレイの指示で店を出て表に置いてある看板を回収しに行く。
「よいしょっと…」
少し大きめの看板を持ち上げ、中へと持っていこうとする。
「失礼」
「はい?」
そんなトリスに声がかけられる。振り返りその声の主を見てみると二十代前半ほどの男性がいた。その男性は冒険者らしく、頭以外は全身鎧であり、その背には大剣が背負われている。
「今日はもう営業終了かな?」
「そうですね。すいません」
「そうか…ちょっと店の人に用事があるんだが…」
「どういったご用件でしょうか?内容によってはお取次ぎできるかもしれませんが…」
「あー、実は昔の知人なんだが…向こうがちゃんと覚えているか…」
困ったように頭を掻きながらどうした物かと悩む青年。
「どうした?トリス」
トリスも何も言えないのでお互いに気まずそうに黙っていると、クレイが顔を出した。
「あ、師匠」
看板を片付けるにしては遅い気がして、何かあったのかと様子を見に来たところ、トリスの前にいる男性に気が付く。
「あれ…?もしかして…サム兄?」
「お前…クレイか?」
「やっぱり!サム兄なんだ!え、いつ帰ってきてたの?」
「少し前にな。トーマスさんに話を聞いたらお前らが工房やっているっていうから様子を見に来てたんだ。にしてもでかくなったな」
「そりゃサム兄がここを出て6年くらい経ってるからね」
「あー…そういやそれくらいになるか。レンたちは元気か?」
「うん。せっかくだから会ってく?」
「そうだな。そうするかちょっと頼みたいことも有るしな」
「そうなの?まあいいや。とりあえずトリス、この人は僕達の知り合いだから大丈夫だよ」
「わかりました」
「んじゃあ入って。トリス、応接室に案内してからお茶を用意してもらっていい?僕はレン達を呼んでくるから」
「わかりました。ではこちらへどうぞ」
トリスはクレイの言う通りサムを中へと引き入れて応接室へと案内し、その後お茶を淹れにキッチンへと向かった。
お茶を淹れている間にドタドタとあわただしい足音と共に賑やかな声が聞こえてくる。
そんな気配に笑みを浮かべながら全員分のお茶とお茶請けを用意してトリスは応接室へと戻った。
「―――にしてもお前らが4人で工房を開くことになるとはな…。しかもクレイには弟子か。なかなかかわいい子だったよな」
「サム兄さん、そう言うの軽く口にするのはよくないと思うよ?」
「すまんすまん」
シェリーに咎められサムは両手を上げて軽く謝る。
「お待たせしました」
会話に区切りがついたと判断してトリスは中へと入る。
「あ、トリス。ありがとう」
トレイに人数分のお茶とお茶菓子を乗せてきたトリスを見た瞬間、アルマが手を貸す。
「ありがとうございますアルマさん」
「これくらいなんでもないよー」
「そういえばサムさん…でしたっけ?何か用事があると言っていませんでしたか?」
「え?そうなの?」
「ああ、そうそう。トーマスさんにお前らが工房を経営してるって話を聞いてな。ちょっと昔の約束を果たしてもらおうかなと思ってな」
「昔の約束…ですか?」
昔からの顔なじみであるからそういった物もあるだろう。それがわからないトリスはクレイ達の表情を伺うか…
「昔の約束…」
「どれの事だ?」
「なんか細かい約束もいろいろとしてたわよね?」
「さすがに全部は覚えてないかなぁ」
「お前らなぁ…」
きょとんとしているクレイ達に呆れたような表情をサムは浮かべた。
「お前らが工房を持つようになったら装備を一式頼むって約束しただろうか」
「あー…そういえば。サム兄が旅立つときにそんな約束したね」
「6年前だし、俺ら選定する前だから気が早いって笑ってたな」
「俺としてもこの約束はもっと後だと思ってたがな。お前らがもう工房を持つようになったんだ。それなら約束の件もあるし、一人の冒険者としてお前らに依頼しようと思ってな」
「そう言うことならいいよな、クレイ」
「あー…」
レンに問いかけられたクレイがあまり乗り気じゃない声を上げた。
「どうしたんだ?サム兄に俺達の成長っぷりを見せるいい機会じゃねぇか」
「それはそうなんだけど…今装備している奴より上のは作れないと思うよ」
「なんでだ?」
「素材がない」
「あー…」
クレイの言葉にレンが思わずといったような声を上げた。
確かにクレイ達ならばサムが満足するであろう装備を作ることはできるだろう。しかし、それにはそれなりの素材が必要となる。
工房を営業し始めてまだ2年。それなりに客が来るようにはなって素材も集まるようになったが、それでもたいていは下位冒険者達が扱う素材がメインとなる。そしてクレイ達のお客も大半が下位冒険者や普通の町人が相手であり、その人向けの素材ばかりが手元にある。
クレイは一目でサムが装備している鎧が中位ないし、上位冒険者クラスの物であると見抜いていたから、それを超えるレベルの装備を作るための素材がないと判断していた。
「なに、それに関しては問題ない」
そう言ってドスンと麻袋を机の上に置いた。
「少し前厄介な奴にかち合ってな。何とか倒せてその素材をほとんどもらったんだ。それをお前らに渡す。それで俺の装備一式を作ってくれ」
「………中身見ても?」
「ああ、良いぜ」
麻袋の封を解き、中に入っている素材を取り出してみると、そこには見慣れた形の鱗やら爪やらが入っていた。
「これって…」
「もしかしてドラゴンの素材?」
「確かに前辺境伯から受け取った鱗に似てるね。でも、色が全然違う」
鱗を一枚手にとり、角度を変えてみてみるとそのたびに色が違って見える。
「綺麗…まるで虹みたいね…」
「虹に輝く鱗…。もしかしてこれ、虹竜の素材ですか?」
「お、君は知っているのか。博識だな」
驚くトリスに対し、サムは笑みを浮かべていた。
「虹竜?」
「ああ。ドラゴンの一種でこれに関しては少し説明が必要なんだが…ドラゴンには大きく分けて三つのランクがある。下位の魔法のみが使える竜種。中位の魔法が扱える龍種。そして上位の魔法が扱える神龍種。そのうちの下位の魔法を使える竜種の中での一番強い竜、それが虹竜だ」
「へぇ…え、サム兄それ倒したの?一人で?」
「ああ。なかなかに苦戦したが何とかな。んで、説明の続きだが、虹竜の特徴は全属性を扱えるってことだ」
「全属性?」
「ああ。火竜であれば火属性、水竜であれば、水属性しか扱えない。しかし、虹竜はすべての属性を扱うことができる。それゆえに竜種の中では最強であり、その実力は中位ドラゴンである龍種にも食い込んでいるという話だ。まあ、扱えるといっても下位魔法だけだから、中位魔法を扱えるドラゴンには戦えても勝つことはできないらしいがな」
「ふぅん…」
話を聞きながらクレイは虹竜の鱗を鑑定していく。
「…クレイ、どうだ?」
「…これ火竜より難易度高そうだね…でも、状態もいいし、いろいろとできそうだよ。サム兄、素材はこれで全部?」
「いや、他にもあるがどういうのが欲しい?」
「とりあえずあるだけ持ってきてほしい。何にどれくらい使えそうかとかまだわからないからそれらも調べたい」
「わかった。明日にでも用意するがそれでもいいか?」
「うん、それでいいよ。それで代金だけど…余った素材くれたら無料でいいけどどうする?」
笑みを浮かべながらクレイはサムへと問いかける。
「…大量に余っても、全く余らなくてもってことか?」
「うん。前に親方が同じことをやってたんだ。まあ、親方の場合割引だけど」
「ふぅん…。それだけ欲しい素材ってことか?」
「そういうこと」
先ほど調べただけで様々な特性を持っていた。鱗一枚でまさに無限の使い方が思い浮かんでしまう、それが翼膜や爪まで来たら一体何が作れるか。どんなことができるのか。どうしてもワクワクしてしまう。
「そうだな…完成品、それで俺を満足させることができればその条件でいいぞ。ちなみにダメだった場合は余った素材は全部こちらに返してもらう。そして金銭で支払う。それでどうだ?」
サムの問いかけにクレイは他の面々を見る。
報酬に関してクレイから言い出したが、それでも工房としては全員に関わることだ。誰かしら不満があれば最初から相談しなおしになるが、見られた他の面々は問題ないというかの如く頷いた。
「それでお願いします」
「わかった。なら、お前たちの全力の作品期待してるぜ」
笑みを浮かべるサムと握手をし、大きな依頼を一つ受けたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます