工房を開くために


トーマス達師匠組から工房営業許可証を受け取ったクレイ達。

その翌日から工房を経営するためのノウハウをみっちりと叩き込まれていた。

午前中は法律や経営に関する計算などの知識を。そして午後にはそれぞれが基本的に販売する商品の作成にいそしんでいた。

鍛冶師であるレンは鉄の剣や槍、鎧など汎用的な物を。革細工師のシェリーは革鎧などの軽装やグローブなどからバッグなどを。裁縫師であるアルマは服や帽子などをメインに制作している。

そんな中でクラフターであるクレイとその弟子であるトリスは何をしているかというと、それらの付与を担っている。

クラフターである二人は何かを制作して販売するということはしていない。その理由はクラフターの特性である器用貧乏だからである。何かしら作ろうにも本職には及ばない。それはどれだけ練習しても変わらなかった。

だから販売品の制作に関してはレン達本職に任せ、クレイ達はその価値を引き上げるための付与にかかることにした。

とはいえその付与に関してもすんなりいくことはなかった。なぜかというとそれぞれに何を付与するかが揉めたのだ。

剣や槍に関しては切れ味上昇にするか、それとも耐久力のほうを上げるか。革の軽装に関しては頑丈さか柔軟性か、軽さを重視するか。服の方であれば動きやすさのための軽さか、それなりの耐久力か。そういった部分をどうするかでかなり揉めてしまった。

依頼の品とかであればいろいろと付与することができるが、これは店頭に並べる物だ。トーマスも言っていたが、安定した品質の物が必要になる以上、付与の内容も物によって違うなんてことがあってはいけない。なのでその付与の内容を決めたかったがなかなかに揉めてしまった。

そんなこんなで一週間が経過すると、工房の中ではトリス以外死屍累々と言った感じに机に突っ伏していた。


「えっと…大丈夫…ですか?」


気遣い気に紅茶を入れてくれたトリスが問いかけてくる。


「…正直なめてた…」

「全くだ…ここまできついとは…」

「制作も同じものを同じように作るのってこんなにきついんだね…」

「今までと全く違う辛さでもうへとへと…」


まさに疲労困憊という感じでそれぞれがつぶやく。


「全く同じ品質じゃなくてもいいとしても、明らかに差ができないように作るって意外と難しいのね…」

「うまく作れるのが悪いことになるとは思わなかったよ…」


アルマとシェリーの言葉の通り、同じ品質の物を安定して作れるために何度も作っていたのだが、調子がいい時と悪い時の差が大きすぎていくつかダメになったのがあった。

ダメと言っても品として悪いというわけではなく、あくまで品質に差がありすぎて店に置けないというだけであるのだが。


「クレイとトリスのほうはどうなんだ?付与に関しては」

「ああ…まあ、付与に関しては決まっているから一応できるようになってる。トリスも問題なく付与できるようになったからそこまで問題はないんだが、いかんせん学ぶことが多くてな…」


弟子であるトリスがいるおかげでクレイは付与に関してはそこまで負担にはなっていない。素材加工も安定した物を作れるようになっているので、問題はないのだが、クレイは工房の代表としてレン達より学ぶことが多い。国の法律や工房を経営するために必要な計算など今まで知ることがなかったことを詰め込まれており、いつも以上に頭を使っているからクレイもかなり疲れている。


「こんなありさまで本当に工房経営できるのかな…」


ぼそりとアルマがつぶやく。学ぶこと、やるべきことがありすぎて許可証をもらってもそれができるのが遠い先な気がしてしまう。


「ま、それに関しては大丈夫だろう」

「なんで?」


あっさりというレンにシェリーが首をかしげる。


「親方に聞いたけど、自分の工房を持つってのは30代とかそれくらいの年齢になってからが一般的なんだってよ」

「そうなの?」

「らしいぞ。許可証を出すにしても俺達は異例の速さなんだってさ」

「なんでそんなことに?」

「どうもこの間のお貴族様からの提案なんだってさ。あの火竜の拳鱗を気に入ったらしくて、また依頼したいとのことらしい。で、そのためにも工房として経営しておきたいとのことらしい」

「そうなんだ」

「まあ、それもすぐってわけじゃないみたいだし、今後急ぎでの依頼は親方を通してくるらしいけど、その間を取っ払うために早めに工房を経営するためのノウハウを叩き込んでほしいとのことだってさ」

「へー…」

「だから必要な事ではあるが、そこまで急いでやる事ではない。しっかり時間をかけて学べってさ」


そういうレンの表情は疲れが見えていても諦めの感情は見えなかった。


「時間かかるのは百も承知でいろいろと教えてくれているんだね。それなら…私たちが諦めるわけにはいかないよね」

「そうだね」

「んじゃあ気を取り直してやるとしますか」


そう言ってクレイが取り出したのはノートとペン。これからやるのは経営などの教わったことの復習だ。


「それじゃあ軽く摘まめる物を作ってきますね」

「うん、お願い」


トリスは笑顔でキッチンへと向かった。レン達もそれぞれで学ぶべきことがあり、それらを復習していった。


そんな会話をしたのち、クレイ達は意欲的に取り組んでいく。商品の品質。そして付与。それらに関しても常に自分たちが安定してできる範囲、その中でのできる限りの高めの部分を安定して出せるようにした。

そんなこんなで許可証をもらってから一年が経過した。


「…で、どうだった?」


その日、全員が工房の中に集まって神妙な表情をしていた。その手にはそれぞれ封筒が一つ握られている。

今日はそれぞれの師匠から今まで勉強してきた物の成果を見るためのテストを受けた結果を受け取ってきた。

レンはトーマス。アルマはシェフィ。シェリーはペター。そしてクレイはトーマス達三人に。

テスト内容は二つ。一つは今まで勉強してきた経営や法律関連の筆記テスト。そしてもう一つは工房内での複数の作品作成だ。

作品作成は品質の安定性を確認するためであり、その後クレイが付与することで付与の能力の安定性も確認していた。

その二つを全員合格することができれば今度は商業ギルドへと赴き、そこでテストを受けることで工房を経営できるようになるのだ。


「私はまだ見てない…なんだか怖くて」

「私も…」

「…実は俺もなんだよな…」

「レンもなんだ。まあ、僕もまだ見てないけど」

「師匠はみんなの前で開けるからって見てませんでしたよね」

「まあね」


クレイの弟子として一緒に暮らしているトリスもすでに付与に関してはクレイと同等の能力となっている。なので、商品の付与に関しても一役買ってくれている。

クレイとしてもトリスの師匠呼びにはもう慣れたものだ。


「んじゃあ一斉に開けて見せ合うか」


そういったレンの言葉に全員が頷く。


「いっせーの…」


クレイの合図に合わせて全員が封筒を開ける。

そして中から紙を取り出し、机の上に広げた。そこに書かれていた文字は…。


「合格…」

「私も…」

「俺もだ」

「ということは?」

「皆さん合格ということですね!おめでとうございます!」


満面の笑みを浮かべてトリスがお祝いの言葉を言ってくれる。その言葉に笑みを浮かべながら全員の体から力が抜けていく。


「よかったぁ…」

「とりあえずこれでやっと一つクリアだね…」

「次は…商業ギルドのほうだっけ?」

「ああ。と言っても今回と同じ感じにやればいいらしいけどな」


トーマス達師匠組はある程度身内というところもあり、甘い裁定はあるだろう。それでも、職人でもあるから決して忖度をするというような性格ではない。

つまりここで合格をもらえたということは、商業ギルドにて申請をしても問題ないレベルだということだ。


「この後はどうするんだっけ?」

「親方たちから紹介状をもらって、以前受け取った工房営業許可証を持って王都にある商業ギルドに行く。そこで同じようなテストを受けてそれで合格して正式に工房を営業できるって感じだね」

「そか、それじゃああと少しだね」

「だな。まあ、その後も定期的に監査が来るみたいだが、怠けなければ大丈夫って話だし、問題ないだろう」

「そうだね。あー…それが終わったら営業しながらになるけどまた研究できる…」

「そういやクレイは潜在能力の研究中に今回の事があったな。あっちどうだったん?」

「どうもこうも何もできてないよ。それどころじゃなかったからね」

「あー、そりゃそうか」


クレイの言葉にレンは苦笑を浮かべる。


「とはいえ、これで工房を開ければあとは営業しながらまた続きができる。あとひと踏ん張り、頑張ろう」


クレイの言葉に全員が頷き、再度気を引き締めた。

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