師匠達からの呼び出し
辺境伯であるケルビからの依頼を終えてから数か月後。
その間、依頼なども特にはなく、クレイ達はそれぞれ自らの腕を磨いていた。
クレイの弟子になるために訪れた同じクラフターのトリスは付与の勉強を、クレイは潜在能力の解放について研究を進めていた。
幸いというべきか、この間納めた火竜の拳鱗が気に入ったようで、ケルビからトーマス経由で魔物の素材がそこそこの頻度で届くようになったので試作のための素材不足ということにはならなかった。
「それにしても俺達もそれなりに作れるようになったよなー」
昼食時、立て込んだ作業がない日は全員が集まってご飯を食べており、今回も全員が集まっていた。
もぐもぐとそれぞれが食べている中、ポツリとレンがつぶやいた。
「そうだねー。魔物の素材も最近扱い始めたけど、なんというかそこまで苦戦しなかったよね」
レンの言葉にシェリーが頷く。
「そこらへんはもともとクレイの付与がかかっている素材を扱っていたからかもね。癖の有無はともかく、能力を宿している素材の扱い方はあれで学べたから」
同じようにアルマが食べながら頷く。
「師匠の付与はすごいですからね。私も練習していますが、あそこまではまだできません」
自慢げにトリスが答える。
「と言っても僕もまだまだだけどね。潜在能力ももうちょっとうまくできそうな気がするんだよなぁ…」
苦笑交じりにクレイが答える。
カチャカチャと食器が当たる音が響く中、各々自由に雑談する。
「潜在能力の解放ってそんなに難しいのか?」
「ん~…たとえるなら…木や石を削って像を作るって感じかな?強い魔物だと、それがすんなりいくんだけど、弱い魔物だとその木や石が腐った木や砂で作るみたいな感じでうまく形にできないんだ」
「あー…」
クレイの言葉にそれぞれが納得したように声を出す。制作する素材は別であれども、それぞれが生産職として活動している。だからこそ、各々がそのたとえを自らが扱う素材に例えていた。
「できないと諦めるか、それとも何か別の方向性を考えるか…」
「別の方向性?」
「ほら、潜在能力の解放ってもともとある魔力の壁を加工することでできるって話をしたじゃん?」
「ああ。弱い魔物に関してはその魔力の壁が上手く形作れずに解放できないってことだろ?」
「うん。で、形作れないならいっそ全部なくしてその分付与できるスペースを広げられないかなって」
「あー…」
確かに能力として形作れないのならそれをなくして場所を開けたほうがいいというのはわかる。だが…
「それってできるの?」
「まだやっている途中だからわからないかなぁ。ただ完全になくすことはできなくても、減らして空間を開けることはできそうなんだよね」
何度か試した結果、魔力の壁をなくすことはできなかった。しかし形を崩し、圧縮し、小さくすることはできると判明した。これによってさらに付与の自由度が上がりそうだ。
「なんかいろいろとすごいことできるようになってるよな…クラフターとか不遇職だって聞いていたのに、今のクレイ見てるとそんなの忘れちゃいそうだよ」
「そうかな?実際のところ付与とかできるのは強みだけど、他の制作に関してはやっぱり専門職よりかは劣るからなー」
「その付与すら私たちはまともにできませんでしたからね…。師匠がすごすぎるんですよ」
「そうかな…」
ただただできることを繰り返し、考え、工夫し続ける。その結果が今のクレイだ。他の人だってやっているだろう。おそらく違いがあるとしたらそれはレン達共に活動できる仲間やトーマス達のように助言を求めることできる師匠がいることだろう。だから、自分だけがすごいとはとても思えなかった。
「そういえばクレイ、午後にトーマスさんに呼ばれてなかった?」
「あ、そうだった忘れるところだった。全員で来いなんて何の用事だろうね」
「工房についてだっけ?なんだろうな。全員呼んで」
「まあ、行けばわかるでしょ」
「そうだね」
その後は他愛もない話をしながら全員で昼食を食べ終えた。
昼食とその後片付けを済ませ、クレイ達一行はトーマスがいる鍛冶屋へと赴いた。
「こんにちはー」
「おう、いらっしゃい。ってレン達か。親方に呼ばれてるんだっけ?」
「ああ。親方は?」
「いつもの応接間にいるぞ。他の師匠たちと一緒にな」
「他の師匠?」
レンの兄弟子らしき人の言葉に首を傾げつつも応接間へと入る。
「お待たせしました」
「おう、来たか」
そこには呼び出したトーマスと共にアルマの師匠である裁縫師のシェフィとシェリーの師匠である革細工師のペターがいた。
「あれ?シェフィさんにアルマさんも…どうしたの?三人そろって」
「まあ、とりあえず座れ」
トーマスのその言葉に従って全員が手近な椅子に座る。
「さて…じゃあ前置きはいらんな。クレイ、お前にこれを渡す」
そう言って一枚の紙を差し出してきた。
「これは……工房営業許可証?え?これって」
「商業ギルドに申請して公式的に工房として営業を許可するための許可証だ。俺とシェフィ、アルマの連名で許可を保証人になっている」
「それって…」
「俺達が一人前として認められたってことか?」
驚くクレイ達。その言葉にトーマス達は各々頷いた。
「この間の貴族であるケルビの一件。そしてその後のお前たちの作品からそろそろいいだろうと話が上がってな」
「今のまま練習していくのもダメではないけど、そろそろ依頼を受けてそれに合わせた物を作っていく。その段階に入ってもいいかなと相談したのよ」
「君たちの成長は作品を通じて確認していたからね。少なくとも販売しても問題ないと判断したのだよ」
トーマス達がそれぞれの言葉を贈る。それは弟子である各人へ贈る言葉でもあり、クレイ達全員に向けた言葉でもあった。
「ま、そうはいってもすぐに営業できるわけじゃない。次は商業ギルドに認められなきゃいけないし、クレイは経営するためのノウハウを学ばないといけない。しばらくは大急ぎになるぞ」
「商業ギルドに認められるって…試験とかあるんですか?」
「そうね。営業するにあたって必要な法律や税関係の知識、そして工房だったらそれに見合った生産性…そういった物が査定されるわ」
「前者のほうは俺がこれからお前らに教える。後者の方はお前らが作れる安定した品質の物を用意すればいい。だから本格的に工房を経営するにあたって学ぶべきことはその前者の知識と安定した品質の物を作れる技量を身に着けることだ」
「安定した品質?」
「うん。君達が連続して作れる一定の品質ってことだ。販売するにしても、行くたびに品質が違う店じゃ買う側も取引側も困るだろ?だから『この店にはこの品質の物がある』ってラインが必要になるんだ」
「なるほど」
「法律や税関系の知識は私たちも必要なの?」
「基本的にまとめ役がわかっていればいいが、お前らの場合一応クレイが代表ではあるが、レン達の間に差があるわけではないだろ?それに俺達みたいに鍛冶、裁縫、革細工、みたいにはっきりと分かれているわけではないからそれぞれの担当のリーダーが把握しておくべきなんだ」
「なるほど」
それぞれの説明にクレイ達は納得しつつ考え込む。
「さて、どうする?今すぐ受け取らなくてもいい。だが、これはお前らが生産職として生きていくのなら、必要な事となる」
トーマスの問いかけがそれぞれに響く。
「師匠…」
トリスがいささか戸惑い気にクレイを呼ぶ。
クレイもレンを、アルマを、シェリーを見る。彼らの目には決意がこもり、それぞれが頷いた。
「お受けします」
レン達が覚悟を決めたのなら、クレイだって覚悟を決める。
クレイは代表して工房営業許可証を受け取る。その姿にトーマス達師匠組も笑みを浮かべた。
「よし!じゃあ明日からさっそく教え込んでやる。ビシバシ行くから覚悟しておけよ」
「はい!!」
トーマスの言葉にクレイ達は一斉に返事をした。
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