完成品の引き渡し


火竜の拳鱗が完成したことをトーマスへと報告すると、ちょうど数日後に依頼主である貴族が来るとのことでその時にお披露目することになった。

というわけでその間に最終調整などをすることとなった。


「と言っても特に何かをするわけでも無いよね」

「下手に手を付けると中途半端になるからなー」


とりあえず使い勝手は本人に確認してもらうしかないので、クレイは付与の確認をしていた。

伸縮性なども強すぎると無駄に手を締め付けたり、逆に緩くなったりしてしまうので、微妙な調整が必要になのだ。まあ、それも使い手に確認しないといけないのだが、それでも最低限の調整は必要になる。


「にしても、意外と俺達魔物の素材加工で来たよな」

「そうねー。これも毎日のようにクレイの付与済み素材を加工しているからかしら?」


レンの言葉にシェリーが答える。まあ、トーマスからの依頼以前はクレイは付与の練習としていろんな素材に付与を施し、レン達はそれを加工することで、もともと能力を持っている素材に対する加工方法を学んでいた。それが今回の火竜の鱗に関連する加工の役に立っていた。


「ちなみにクレイ、あの潜在能力の解放だっけ?それって他の奴だとどうだったんだ?」

「あー…無理だったよ。少なくとも今はそれができるにはかなり強力な魔物の素材じゃないと厳しいみたいだ」


トーマスから渡された魔物の素材はいくつかあり、それらで試してみたが、渡された素材は結構集めやすい下位の魔物の素材だからか、特筆できる能力にならなかった。


「まだできるようになったばかりだからなのか、それとも特化した能力が無いからなのか、ちょっとまだ判断つかないんだよね」


火竜の拳鱗を作成した際にできるようになった素材の潜在能力の解放。それができるようになってからまだ数日程度しか経っていないのでまだまだ開拓が進んでいない。


「師匠が行った潜在能力の解放は、その魔物の特色を表に出すというものですからね、そういった特色があまりないものであればやはりできないのでしょう」


獣型の魔物であれば俊敏性が高かったり、ウサギの魔物であれば跳躍力が高いといった特色はあるが、それは魔物でなくても所持している特色だ。そういった物は潜在能力として引き出しにくい。これから先にそれらも引き出せるかもしれないが、少なくとも現時点では厳しいのは確かだった。


「これらも要検証かなー」


そんな話をしつつも調整をしていた。



そしてトーマスの案内のもと、依頼人である貴族がやってきた。


「ほう、お前がトーマスが言っていたクラフターか。まだ若いな」


30代後半ほどの見た目をしている貴族は、その体つきがよくいる貴族とは違って、かなり引き締まっていた。

半袖からはたくましい腕が出ており、だらしなくならない程度に着崩された服は上質なのだが、その下に潜んでいる筋肉は服の上からでもわかる。そして佇まいからはかなりの猛者であることがうかがえた。


「俺は辺境伯のケルビだ。ケルビ・ウォン・スタービル」

「自分は一応この工房の代表をしているクレイです」

「一応?」

「まだ工房として正式にやっていませんので…」


首をかしげるケルビに苦笑交じりにクレイは答える。

一応工房として稼働する際の代表をどうするかという話になった時、満場一致でクレイになったのだ。しかし、正式に工房としては稼働していないし、本人も自分が代表でいいのかいまだに疑問ではあるのでどうしても一応とついてしまうのだ。


「そうか。まあいい、とりあえず依頼の品は?」

「こちらです」


そう言って一つの木箱を見せる。その蓋を開けると中には綿で覆われるように火竜の拳鱗が鎮座していた。ちなみに綿のほうはクレイの手で耐火付与がされているので万が一にも引火することはない。


「これは…グローブか?」

「『火竜の拳鱗』。火竜の鱗を糸や革にし、グローブにしました。そして拳の内側に滑り止めのための革を張り、甲のには火竜の鱗によるメリケン部分がつけられています。伸縮性もきちんと確保してありますので、武器を扱うにも邪魔になる事はないと思われます」

「ふむ」


クレイの説明を聞きながらケルビは火竜の拳鱗を手に取り、手を通す。


「確かに手にぴったりフィットしているな。手の動きを阻害することもない」

「こちらを」


そう言って空間収納から手ごろな剣を取り出す。


「この剣は?」

「こちらで作っている普通の剣です。拳鱗を付けている状態で扱えるか試してみてください」


その言葉に頷いてケルビは剣を受け取り振り始める。ビュン!という風きり音と共に剣が振るわれる。グローブの感覚を試すように様々な方向で振っていく。

その間にクレイは追加で別の種類の武器を出していく。情報ではファイターという様々な武器を扱える職業だという話だから、槍や斧。弓などとりあえずオーソドックスな武器を取り出しておく。


「なるほどこんな感じか」

「こちらに他のも用意してありますのでこちらの確認もご自由にどうぞ」


クレイの言葉に頷いてケルビは他の武器でも扱い始める。それぞれの武器では剣の動きとは別の動きになる。それゆえに力のかかり方も違う。きちんとそれらも確認していくと満足そうにケルビは笑みを浮かべていた。


「どの武器でもしっかり握れて振りやすいな。これなら汗をかいて武器がすっぽ抜けるなんてこともなさそうだ」

「ご満足いただけてよかったです。ではそろそろそちらの本質のほうをご説明いたします」


そう前置きして取り出しておいた武器を全部空間収納へと納める。


「少し不躾な質問となりますが、ケルビ様は魔力を扱うことはできますか?」

「できるが魔法は使えないぞ?俺は主に殴るのがメインだ」

「それで構いません。ではとりあえず最初は普通に殴っていただきたいのですが…さすがに何か目標がないとわかりにくいですね。ちょっと待って下さい」


ささっと空間収納内部から木を取り出して殴る目標としての木人形を作り出す。


「こちらを殴ってみてください」

「思いっきりやっていいんだな?」


ケルビの言葉にクレイは頷く。そこまで頑丈ではないが、それでも数回くらいは耐えれるはず。一応作る時についでに耐久値上昇の付与も軽くかけたので通常よりは耐えるはずだ。


「んじゃ遠慮なく。フッ」


短く息を吐くと共に駆け出し、腕を振るって木人形を殴る。一撃目で人形の胴体が欠けたが、ケルビはそれを気にせずそのまま連打していく。一撃一撃でどんどん削れていく木人形はそのヒビがどんどん広がり、人形の形が崩れていく。


「はあああぁ!」


気合と共に放たれた拳がそのまま木人形を粉々に砕いた。


「ふむ、なかなかだな」


パラパラと木片が落ちる中、満足げにケルビは頷く。


「で、次は魔力を流せばいいのか?」

「はい、それで真価が発揮されます」


そう言って今度は鉄で作った人形を作り出す。


「今度はこちらでどうぞ」

「今度は鉄なんだな」

「木ではもしかしたら一撃で砕けるかもしれないので」

「ずいぶん自信満々だな」

「皆で作り上げた物ですから」


自分の実力だけじゃない。レン達の実力もクレイは知っている。そして各々が最善を尽くした者が火竜の拳鱗だ。それゆえに十全な自信を抱いている。

それを受け、ケルビも愉しそうな笑みを浮かべている。グローブとしての能力は先ほどの動きだけで十分に高いことはわかっている。しかしそれはあくまでグローブとしての能力。火竜の鱗を使ったのだからおかしくはないが、それでも少し頑丈で攻撃力が高いだけのグローブでは意味がない。

火竜の鱗を使ったが故の何か。それをこれから引き出すというのだから愉しみでしかない。

一つ呼吸を置いて魔力を練り上げる。ファイターとしての素質故か、ケルビは魔力を外に出すのは苦手だ。だが、武器にやどして強化することは逆に得意となっている。それを火竜の拳鱗へと行う。反応はすぐに出た。流れ込んだ魔力が反応し、火竜の拳鱗を炎が覆いつくす。


「これは…」


ケルビの拳が炎で包まれる。しかし、ケルビの手は全く熱くない。しかしかなりの高温。まさに火竜の炎をも彷彿とさせるその炎は触れた物を容赦なく焼き尽くす。しかしそれは敵だけであり、使い手であるケルビは一切の熱を感じずにいた。

そのことに驚きながらも笑みを浮かべ、駆け出して一撃鉄人形を殴りつける。

ガンッ!という激しい音と共に鉄人形が凹む。しかもその凹んだ部分はわずかだが鉄が溶けていた。一撃一撃ごとに人形は凹み、熱が高まっているのか溶け具合も上がっていく。すさまじいラッシュと共に鉄人形はどんどんその姿を赤く染め上げ。


「はぁ!」


最後の一撃と共にドロドロに溶けて飛び散った。

ぽたぽたと周囲に溶けた鉄が飛び散る。その様子にレン達は驚いていたが、クレイは満足そうに口角を上げていた。


「すごいな…まさかここまでとは…」

「あの炎は?」

「火竜が持つ特性を引き出した炎です。実際に見たことがないのでわかりませんが、おそらく火竜の炎に匹敵するのではないかと」

「クレイ、お前そんなことができるようになったのか?」


トーマスが驚くようにつぶやいた。


「火竜の鱗だからできたことですがね。他の魔物素材にもやってみたんですが、今の自分の実力だとよほどの特色がある素材でないと難しそうです」

「そうか」

「それで…ご満足いただけたでしょうか?」


魔力を止めると炎が消え、火竜の拳鱗を外す。


「素晴らしい!想定以上の物を作ってくれたな!」


満面の笑みで喜ぶケルビ、その言葉の通り彼は心から喜んでいるようだった。


「いやはや、トーマスからクラフターと弟子達に任せると聞いて心配になったがまさかここまでの物が仕上がるとは思っていなかった」

「ご満足いただけたようで何よりです」

「予想以上だった。これは報酬に色を付けてやらんとな。そういった話はどうする?お前と相談したほうがいいのか?」

「あー…どうしましょうか」


そういったところも慣れなきゃいけないが、かといってまだそういったやり取りをしたことがないクレイとしては悩みどころでもある。


「いや、ここは俺が引き受ける。さすがに最初の交渉相手を貴族じゃ学びにくいだろうからな」


そこにトーマスが助け舟を出した。


「すいません、お願いします」

「ああ、まあこういうところも慣れなきゃいけないことだ。おいおい学んでもらうからな」

「はい」

「んじゃあ報酬に対して話し合うとするか。また何かあったら依頼するかもしれんからその時はよろしくな」

「はい」


片手を上げて軽い挨拶を済ませたケルビとトーマスがその場を後にした。


「トーマス。今後はあの工房にも魔物の素材を回したいんだが構わないか?」

「ああ、問題ない。あんたの名前を使わせてくれるならそれなりに良い物が回せるだろう」

「それともし今後、何らかの形であの工房に貴族がかかわりそうだったら俺の名前を出していい」

「ほう、ずいぶん気に入ったみたいだな」

「まあな。まだ未熟なところがあるのは事実だが…将来性はかなりある」


そう言いつつ受け取った火竜の拳鱗を見る。


「他の職業の手を借りたとはいえ、不遇職と言われているクラフターがこれだけの物を作れるとはな…いい物を見つけることができた」


そう言って笑うケルビに対し、トーマスは呆れたようにため息を吐いていた。



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