潜在能力の解放

糸素材へと魔力加工を済ませ、付与をかけていく。

頼まれたのは耐久性と柔軟性。伸縮性も欲しかったようだが、それを付与してしまうと加工の時に難易度が上がってしまうのであとで付与する。

まずは耐久性の付与をかけていく。これに関しては特に気にせずいつも通りに付与させていく。問題は柔軟性のほうだ。こちらはある程度付与の強さを調整しないと糸が柔らかくなりすぎてしまう。だから通常の糸と同じくらいの柔らかさになるように強さを調整しておく。


「…こんなもんかな?」


額に浮かんだ汗を袖で拭って一息つく。

少し硬くて柔軟性に欠けていた火竜の糸は通常の糸のように自在に曲がるようになった。


「すごい…本当に魔物素材に付与を…」

「やり方さえわかればそこまで難しくはないよ」


何度も糸の調子を確認しながら感心したような声を上げているトリスに苦笑を浮かべながら告げる。


「とりあえずこれをアルマのところに届けてくれるかな?僕はその間に革のほうを作るから」

「わかりました」


トリスは糸を手に部屋を出ていく。

その間にクレイは別の火竜の鱗をいくつか取り出して素材加工をしていく。糸の時と同じように使えない部分を取り除き、それぞれの鱗を一つにまとめていく。それを今回は薄く伸ばして革と同じ質感へと変えていく。糸のように細く伸ばすだけだと今回は不足なので、質感のほうもできる限り変化させて革のほうへと近づけていく。

そして革への加工を終えると同時に扉が開き、トリスがシェリーを連れて入ってきた。


「師匠、シェリーさんをお連れしました」

「ありがとう。ちょうど完成したところだよ」


そう言ってシェリーへと鱗から作り上げた革を渡す。


「…本当に鱗から革が作れるのね…」

「うん、これを応用すればいろんな素材が作れそうだね。それで、その革、まだ付与はしていないんだけど何がいいかな?」

「そうね…これはどちらかというと滑り止めとして使いたいのよね…」

「耐久性は上げるとして、あとは…滑り止めになる物って言うとなんだろう?」


吸着などもあるかもしれないけど、そこまで強いと逆に武器を持った時の持ち手を変えたりなどがしにくくなる。振るった時のすっぽ抜けなどがないようにする程度の滑り止めとなるとどういうのがいいか…。


「糸に付与したように柔軟性を上げたらいかがですか?」


悩んでいるとトリスが提案してきた。


「柔軟性を?」

「はい。柔軟性が増えますと物体の表面も形が変わりやすくなります。なのでそれを軽度の付与でかけてわずかに形が変化する程度にすれば、多少の滑り止めになるのではないでしょうか?」

「なるほど…試しにそれでやってみる?」


クレイの問いかけにシェリーが頷いた。


「わかった。じゃあ耐久性と柔軟性の付与をかけておくね」

「うん、お願い。じゃあ私も加工の準備をしておくね」

「うん」


相談も終えたのでシェリーは作業部屋を出ていく。


「それじゃあ僕も付与しちゃうね」

「はい。私はレンさんのところに様子を見に行ってきます」


そう言ってトリスも作業場を後にした。


「さて、やっていこうかな」


一人残ったクレイはそのまま革へと魔力加工をしていき、付与作業へと取り掛かった。


その後各々が作業をしていき、クレイとトリスも最初の素材加工と付与を終えた後は

レン達の手伝いをしていた。と言っても必要な素材を用意したり、クレイは素材に付与をかけたりといったものだが。そして作業を始めて三日が経った頃、一通りの加工が終わった。


「よし…じゃあ仕上げと行きますか」


クレイの前にあるのはアルマが作ったグローブ、シェリーが作ったグローブの内側に張り付ける革。そしてレンが作ったメリケングローブのメリケン部分。

仕上げとしてするのはグローブとメリケンにそれぞれ付与をかけること。その後それらを組み合わせて一つの武器とする。

というわけで、今はその仕上げとして付与をするための準備だ。


「グローブには伸縮性と衝撃吸収も付与しておいていいか?」

「そうだね。殴ったりするから、それがあれば拳を痛めたりしないだろうし」


アルマが答えたのでそれに頷いてクレイはグローブの魔力加工へと集中する。

以前の盾を作った際にも完成品に付与をかけた。それから1月以上が経過している。その間もクレイは自らの付与の腕を高めており、あの時よりも魔力加工の技術も、付与の技術も上がっている。

慣れた様子で魔力加工で発生している魔力の壁を動かしていく。それによってどんどん付与ができるスペースを作り上げていく。

ある程度の伸縮性。そして拳を痛めないための衝撃吸収。メリケングローブであるから、グローブで殴ることはないだろうから、拳に衝撃が通らないようにだけする。


「…これでよし」


つつがなく付与を終えたので今度はそれをシェリーへと渡す。内側部分に革を張る作業へと取り掛かるためだ。その間に今度はレンが作ったメリケン部分へと手をかける。


「こっちは耐久性と…あとなんかあったっけ?」

「攻撃力とか上げれればいいんだが…そう言うのってないよな」

「打撃系はないね。あ、でも鱗で尖っている部分もあるし、切れ味上げればそのまま刺さるかも?」

「あー、それもありだな。でも、もう一工夫欲しいところだよな…」

「それでしたら火属性を付与してみたらどうでしょう?元が火竜の鱗なので相性はいいと思います」

「なるほど、確かに火竜の鱗を使った武器なのに、何もそれらしい要素はなかったな」

「ただ加工して頑丈な物にしただけだもんね。素材の本質を引き出す…やってみようかな」


今までやっていた能力を追加する付与ではなく、魔物が持つもともとの特性を引き出すことで新たな能力を引き出す。これも新たな付与の形になるかもしれない。

いつも通り魔力加工で魔力の壁を押して場所を開ける。そしてそのままいつも通り耐久性と切れ味上昇の付与だけはかけておく。その後まだ隙間があるのでそこに魔力を流す。これは加工も付与もしていない。ただ魔力に浸しているだけ。

魔物の素材であるからこそ、魔力の壁が発生している場所にも素材としての特性はある。それを引き出すように魔力を深部までしみこませようとしていく。しかし一向に魔力には反応がない。


「………ダメそうか?」


いつもと違い何か作業しているという感じではないクレイにレンがつぶやく。


「師匠は今だいぶ深くまで魔力を流しているので…それがどう影響を与えるかですね…」


同じクラフターであるトリスはクレイがしていることがわかる。しかしそのトリスをしても変化は感じることができなかった。

そしてそれは魔力を流しているクレイもであり、やっぱり無理だったかと考え始めた。

その瞬間。


「…ん?」


流し込んでいる魔力の一部がわずかに変化する。しかし、その変化した場所は深部のほうでなく、表面…魔力の壁のほうだった。

レンが加工したことによって魔力の壁は生み出されている。そちらの方は全く変化はない。しかし、火竜の鱗がもともと抱いていた魔力の壁がわずかだが反応をしていた。

もしかしたらと考え、深部まで広げていた魔力を止め、今度は表面の魔力の壁を包むように魔力を広げた。そしてそのまま魔力加工をしていく。

今まではただ壁を押して隙間を広げるだけだった。しかし、今回は壁自体を加工してみようとしてみる。しかし通常の魔力加工では何も変異しない。わずかに壁は反応するが、変化することはなかった。ならばと少し魔力加工の質を変えてみる。加工品に影響を与えないように、魔力の壁のところにだけ素材加工をしていく。壁を素材として加工することで能力への変化を促していく。


「これは…」


その様子をクラフターであるトリスだけが気づけた。

徐々に変化していく魔力の壁はどんどん火竜としての性質を表へと出していく。そして完全に加工を終えた瞬間。メリケン部分から炎が噴き出した。


「うおっ!?」


いきなり炎が噴き出し、レンが驚いたように声を上げる。


「できた…潜在能力『火竜の炎』の解放…」

「潜在能力?」

「魔物が持つ能力…特性だよ。火竜だったら炎、ゴーレムだったら強固、それぞれの魔物が持つ特性を能力として引き出したんだ」

「…そんなこともできるのか…」

「それをやるにはそれを活かせる形に変えなきゃいけないんだけどね」


今回は武器という形になったから炎という攻撃性が表に出すことができた。しかしこれが盾や鎧であったら同じようにはいかなかった。もしかしたらもっとうまく加工できれば別の能力にすることができるかもしれないが、今のクレイにはこれが限界だった。


「よし、それじゃああとは組み合わせて完成だな!」

「そうだね。アルマ、お願い」

「うん、任せて」


その後革を張り終え、メリケン部分を縫い合わせることで、火竜の拳鱗けんりんが完成した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る