火竜の鱗の加工
トーマスから受けとった火竜の鱗を空間収納へと納め、クレイとトリスはクレイの作業場兼自室へと入っていく。
「…弟子というか一緒に仕事する人がいるなら今度作業場と自室分けたほうがいいかもしれないね…」
もともと今の工房はクレイ達四人で運営していく予定で、弟子を取るとしてもそれぞれがある程度自立できるレベルになってからだと考えていたので、あまり作業場として特殊な物が必要ではないクレイとアルマは作業場と自室を兼ね合わせた。
しかしトリスが来た以上そのままにしておくとクレイの生活がしにくくなるし、トリスも作業しにくいだろう。
「でも、増築ってそう簡単にできませんよね?」
「あそこらへんはもともとそのつもりで設計したから大丈夫だよ」
弟子じゃないにしても、レン達の師匠たちから同業者をこちらによこしてくる可能性は考慮していたので、もしそうなっても作業場を増やせるように考えて配置はしてある。だから、増築自体はそこまで難しくはないが、それをやるのは時間がある時だ。
「とりあえず今は親方からの依頼を優先しよっか。それじゃあまずは…」
ゴトリといくつかの鉄鉱石を作業台の上に置く。置かれた素材にトリスが首を傾げた。
「鉄鉱石ですか?何に使うんです?」
「練習用にね。糸や布にする素材以外の物をそういうのにしたことはないから最初に試しをしておきたいんだよね」
鉱石と魔物の鱗では当然難易度も感覚も違うだろう。それはわかっているが、それでも今までの素材加工とは別のやり方をするわけだから、試しの作業を一度くらいはやっておきたい。
「基本的に作業方法としてはいつもと変わらないよね?」
「そうですね。不純物を取り除いて材料となる部分をまとめて形を糸にするだけです」
「それじゃあパパっとやっちゃおうかな」
トリスの言葉に頷いていつも通り素材加工を始める。鉄鉱石を魔力で包み込んで付着している土や採掘する際に一緒についてきた石などを取り除いていく。
「すごい…」
その様子を見ているトリスは感嘆したような声を上げていた。それに思わず苦笑を浮かべてしまう。
「これくらいトリスさんだってできるでしょ?」
「確かにできますが、それでも師匠のほうが魔力の扱いがすごいですよ。一切無駄がないんです」
同じクラフターだからこそ魔力の流れなどはよく見える。だからこそ気づけるのだ。クレイの魔力操作が自分より幾重にも上の段階に行っていることに。
全体的な魔力は均一で、不純物を取り除く過程であっても必要以上に魔力が籠められない。魔力操作の実力がとんでもない。
「これだけの魔力操作ができるから付与魔法もいろんなものにかけられるんですね…」
「んー…間違ってないけどちょっと違うかな。まあ、そこらへんは後々教えるね」
師匠とは呼ばれてはいるが、正直そこまで実力に差があるとは思えない。だからさっさと付与の方法を教えて同僚として接してほしいのだが、今は依頼が優先だ。
不純物を取り除き、まとめた鉄の部分をいつもなら成形してインゴットにするのだが、今回はそこから糸を伸ばすように操りだす。糸巻きに使う木材を取り出し、そこにくるくると鉄線を巻き取っていく。
「なるほど、こんな感じなんだね。太さも調整できるようだし、あとはアルマと話し合ってかな」
練習がてら太さが違う鉄線の糸巻をいくつか作り出す。グローブを作るのに必要な糸の数を考えると鱗を4~6枚ほど使いたい。内部に貼るための革にもしないといけないのである程度は残さないといけない。だから事前に太さのほうはアルマと相談しておきたい。
「ではアルマさんを呼んできますね」
「え?」
こちらが答える前にトリスが部屋を出ていく。
「…こっちから行く予定だったんだけど…まあ、いっか」
アルマが来る前に今度は革のための試しをやっておくことにした。
それから少ししてトリスがアルマを連れてきた。
「クレイ、糸の太さについて相談したいんだって?」
「うん、ここからどれくらいの太さがいいかを決めてもらいたくてね」
そういって作ったいくつかの鉄線が巻き付いている糸巻を差し出す。
「んー…でも、これ鱗から作った糸じゃないよね?太さはともかく、柔らかさや耐久性とかは違うよね?」
「うん。ただそこらへんは付与で後々調整できるし、グローブを縫うのにやりやすい太さとかを決めてほしいかなって」
「そっか。それなら…」
一つ一つ手に取りじっくりと見ていく。
「付与で調整できるんですか?」
その間にトリスが問いかけてくる。
「うん、付与の種類の増やし方も、能力の調整もやり方はわかってるからね」
付与の種類は付与前に行う魔力の壁の調整によって増やすことができる。そして能力の強弱に関しては付与する魔力の強さに比例するので、その強さを調整すれば好きなように調整できる。
「そこらへんも付与を教えるときに教えるね」
「はい!」
嬉しそうに笑みを浮かべるトリスにクレイは苦笑を浮かべてしまう。いささか期待が過剰すぎる気がするので、クレイとしては少し気まずくなってしまうのだ。
「決めた!これでお願いできる?」
そういって通常の糸より少し細めの鉄線を選んだ。
「この太さでいいの?」
「うん、それで三つほど付与ってできる?」
「三つ?」
「うん、耐久性と柔軟性、それと伸縮性が欲しいの」
「先の二つはわかるけど伸縮性?」
「伸縮性は糸じゃなくてグローブに着けてほしいんだけどできるかな?」
「あー、そういうことか」
手というのは結構形が変わる。筋肉がつけば指が太くなるし、殴ったりすることで皮膚が傷つけばそれを補うために硬くなる。
剣や槍などを扱う戦闘職であれば、それを握る手の内が硬い皮膚で覆われている。そういった事を考えれば伸縮性を持たせることである程度グローブ自身が手に合うようにしたいのだろう。
「それならできるかな?糸に伸縮性を付けるのは難しいけど」
「うん、それでいいよ」
「わかった。じゃあ材料できたらまたお願いするね」
クレイの言葉に頷いてアルマは部屋を出ていく。その後にトリスが少し不安げにこちらを見ていた。
「いいんですか?師匠、付与三つなんて…」
「うん、大丈夫だよ。とりあえずまずは糸にしちゃおうか」
火竜の鱗をいくつか机の上に広げて魔力で包みこむ。
「ん、やっぱ魔力はじかれやすいね。少し時間がかかりそうだな」
魔物素材特有の魔力抵抗を受けつつもゆっくりとしみこませていく。
すでに素材として使えない部分もちらほらとあるので、それらを取り除きつつ素材として扱える部分だけを残していく。
量が足りなそうなかったら追加していきつつもまとめていくと、鱗が魔力によってわずかに歪み出す。それらを一つにまとめるようにして複数の鱗を一つの球体へと変えると、そこから少しずつ頼まれた太さで糸へと加工していく。そのまま糸巻へと巻き付けていき、一組のグローブが作れるだけの量を作り終えた。
「んー…これくらいで大丈夫かな?」
「確認してきますね」
糸巻を持ってトリスが部屋を出ていった。おそらく大丈夫だとは思うが、アルマがそのグローブの長さをどこまでにするかによって量が変わる。まあ、おそらく手首当たりまでだろうからそこまで使わないとは思うが。
少ししてトリスが戻ってきた。
「この量で大丈夫だそうです」
「そか、じゃあ付与しちゃおうか」
「はい!」
クレイの言葉にトリスが目を輝かせて頷く。なんというか期待が重い。
「さて。せっかくだから説明しながらやっていこうか。まず付与というのはどういうことかわかる?」
「魔力によって能力を定着させることですよね?」
「当たり。だからまず定着させるための場所を作らないといけない」
「定着させるための場所?」
首をかしげるトリスの前にクレイは小さな木材を取り出した。
「例えばだけど、これを塗装するとしたらどうする?」
「え?まず樹皮を取って、内部をやすりなどで削って綺麗にしてから塗ります」
「そうだね。じゃあそれをせずに塗装したらどうなる?」
「塗装は張り付くこともなくすぐに剥がれて…あ、その下準備をまずするってことですか?」
「そう。塗装を定着するために木材を削って綺麗にするように、付与を定着させるために素材を綺麗にしないといけない」
「でも、素材を綺麗にってどういうことです?すでに素材加工によって綺麗になっていますよね?」
「見た目はね。でも、付与が定着するのは見た目とは別のところにあるんだ」
そういってクレイは木材を空間収納へと納めると、今度は二本の剣を取り出した。
「これはレンが作った剣なんだけど、これの違いわかる?」
そういってトリスへと渡す。トリスはあらゆる角度で剣を見ていくが、違いらしい違いは表面にはない。
「魔力を通してみたりもしてみて」
クレイの言葉の通りにトリスはそれぞれの剣に魔力を通す。
すると片方はなかなか魔力が浸透しなかったが、もう片方の剣にはすんなりと魔力が浸透していった。
「え!?これ二つともレンさんが作った物なんですか?」
「うん、ただ片方は魔力加工をしたものだよ」
「魔力加工…ですか?」
原石や原木を加工できる状態にする素材加工。それとは別で素材から製品を作るのが魔力加工だ。その魔力加工をしたといわれてもいまいちピンとこない。
「これは僕もなかなか気づけなかったことなんだけど、魔物の素材やそれぞれ生産職が作った物には魔力の壁ができる。それを動かすことができるのが魔力加工なんだ」
「魔力の壁…ですか?」
トリスの言葉に頷きながらクレイは二枚の木の板を取り出す。そのうち一枚を魔力加工で均等に細い溝を開けるように加工していく。
「感覚的に把握しないといけないから説明が難しいんだけど、こっちの綺麗な板が加工前の状態。こっちの溝が入っているほうが加工後の状態と思ってくれたらいい。そしてこの水が魔力ね」
適当な器の上で綺麗な板に水をかける。それによって表面から少し板が水を吸って濡れる。
「今のこの状態ならば水はしみこんで付与はできる、だけど加工済みのほうに水をかけてみると…」
溝が入っているほうにも同じように水をかけてみる。しかし、そっちの方は木と溝の影響からか、奥の方まではしみこんでいない。
「こうやって飛び出している部分に邪魔されて奥まで浸透しない。この飛び出している部分が魔力の壁で、加工によって流れ込む魔力の残滓なんだ」
「そんなものが…」
「それを意識してもう一度魔力をそれぞれに通してみて。まずその魔力の壁を知ることが第一歩だから」
「わかりました」
トリスは二本の剣を手に取り、それぞれに魔力を流して魔力の壁について把握しようとし始める。
「さて、その間に僕も魔力加工をしていこうかな」
トリスを邪魔しないような位置へと移動し、クレイも竜の鱗から作られた糸へと魔力を流し込み、魔力の壁を押して付与をかける場所を作るための魔力加工をし始めた。
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