クラフターへの挑戦
「火竜の鱗…ボルカ火山に住むといわれている竜の鱗ですね」
「よく手に入ったな」
トリスが驚いている横でシレンがそう呟く。
ボルガ火山に住む火竜は強力な魔物であり、その気性の荒さと尋常ではない強さから素材一つ手に入れるのも至難の業だといわれている。
「お貴族様お抱えの冒険者が火竜の巣に落ちてるものを拾ってきたらしい。だから少し品質としては低い方だな」
「あー、自然に抜けた奴ってことか」
そんな話を聞きながらクレイは鱗を手に取ってみていた。確かにトーマスの言葉の通り古い鱗だからか、表面が荒れていたり端のほうが痛んでいたりしている。
「でも、それがどうして親方のところに?」
「依頼があったんだよ、これで何か装備を作ってほしいってお貴族様からな」
「それをなんでクレイに?」
「俺の場合インゴットとかに混ぜ込んだり、削って形を整えることで武器にできるが、それは既存の物になっちまう。クラフターのお前ならばいろいろと変わった手法とかできるかもしれないと思ってな」
「でも、親方への依頼ですよね?いいんですか?僕に任せて」
「ああ。そこらへんはきちんと話を通してある。見習いたちと一緒だが、俺が目をかけているクラフターがいるからそいつに任せてみてもいいかってな」
「それで頷いたんですか?自分で言うのもなんですが、クラフターって何か作るのに向いてるわけではないですけど…」
「ああ。どんなものができるのかは不明だが、今のお前なら何かしら作れるだろう。そもそも一人で作る必要もないし、これはお前への依頼…というよりはお前ら工房への依頼だな」
「ふむ」
トーマスの言葉を受けて考えつつレン達の顔も見る。それぞれどこか戸惑うような表情を浮かべていた。
そんなクレイ達をトーマスは少し挑戦的な笑みを浮かべて口を開く。
「せっかくだ、お前らへの試験としてこいつを使うか」
「試験?」
「ああ。こいつを使ってお前らで何かを作ってみろ。それがこの工房としての最初の仕事だ」
「報酬は?」
「貴族へのコネとこの工房をちゃんとした工房にする時の推薦人になってやる。あときちんと依頼金に関してはこっちに回すぞ」
クレイの問いかけにトーマスはそう答える。
今も一応工房として暮らしてはいるが、それはあくまで作業場というだけであって、商業などは認められていない。今すぐにそれをやるつもりはないが、将来を見据えれば必要になる事かもしれない。
ちらりとクレイの目線が火竜の鱗へと向かう。
今まで一度も見たことのない素材。それを自分の思うように加工していいという。その事実にワクワクと心が躍るのは生産職としての性なのかもしれない。
「わかりました。受けます」
「クレイ、いいのか?」
「うん。せっかくのチャンスだからね。受けてみようかなってそれに…」
「それに?」
「珍しい素材で何か作ってみたくない?」
クレイの言葉にレンたちは苦笑交じりに頷いた。
その後とりあえずシレンとギルに関しては要件が終わったので帰宅し、トリスとトーマスだけが残った。
「とりあえず依頼についての話をしたいけど…その前にトリスさんはどこに泊まるんです?」
「宿をとってますけど、さすがにあそこに常駐はできませんし…。それに私としましては師匠と寝食を共にしたいですし…」
「さすがにそれはまずいんじゃない?」
トリスの言葉にシェリーが答える。
まあ、まだ子供とは言え異性が一緒の部屋で寝泊まりするわけにはいかないだろう。
「客間作ってただろ?そこをトリスの部屋にしたらいいんじゃないか?」
そうトーマスが提案してくる。
「というか、もともと客間はクレイの弟子ができた時の部屋にするために提案しておいたものだしな」
「あ、そうなの?」
「ああ。ギルが使っている盾を見ればトリスみたいなやつが来ると思ってな。思ってたよりも早かったがな」
「なるほど」
おそらくトーマスとしてはギルの盾を見た瞬間からこうなることを予想していたんだろう。クレイとしてはまだそこまでの物ではないと思っていたのだが。
「じゃあとりあえずトリスさんは客間のほうに荷物を移してもらった方がいいかな?」
「あ、そうですね。一応全部空間収納に入ってますけど…」
「クラフターってそういうところ本当に便利だよねー。じゃあこっちに来て、案内するから」
「お願いします」
そう言ってシェリーとアルマがトリスを案内するために立ち上がった。
残ったクレイとレンはトーマスと依頼について話し出す。
「それで依頼の件ですけど、何を作れといった指示はありますか?」
「扱える武器を頼むとしか聞いてないな」
「また曖昧な…武器ってその人何使うんです?剣ですか?」
「あー…剣も扱えるが基本何でも扱うことができるな。結構戦いに出る奴だから」
「え、貴族なんですよね?」
基本的に貴族が戦いに出ることはない。そういう荒事をするのは基本的に部下である騎士や兵士の仕事だ。
とはいえ、自分の身ぐらいは守れないといけないので、たしなみとして剣術を学んでいるという話は聞いたことがあるが。
「もともとその家の三男坊でな。本人としては冒険者になりたかったらしいんだ。選定の儀式でもファイターになってたしな」
「ファイターって戦闘職でしたっけ」
「ああ。一応格闘術が主だが、武器なども扱える基本的な戦闘職だな。それもあって冒険者になっていろんなところを渡り歩いていたんだが、長男次男が事故や病気で亡くなってな。跡継ぎがいなくなって家を継ぐために呼び戻されたってわけだ」
「そうなんですね」
「ああ。で、戻ってきたからといってすぐに貴族らしくなるわけでも無く、盗賊や魔物被害があれば我先に突っ込んでいって侍従を困らせているって話だ」
「そりゃまた大変だな…」
トーマスの言葉にレンが苦笑を浮かべていた。
「まあ、そんなわけで基本的になんでも扱うことができる。だから自由に作ってくれて構わんぞ」
「ふむ」
戦闘職であるファイターは生産職で言えばクラフターに近い部分がある。
剣術士や槍術士のようにその装備のみを扱える戦闘職とは違い、どんな武器でもそれなりに扱うことができる職業だ。特化した職業よりかは戦闘技術としては落ちるが、その分様々な武器を扱えるが故の臨機応変な戦い方ができる。剣術士は剣が壊れればかなり弱体化するが、ファイターは剣が壊れた場合、それを捨てて素手で戦うことも戦場であれば落ちている武器を使ってまた違う戦い方を取るといった事もできる。
まあ、その分経験が必要になるのだが。
「それなら…どういうのがいいかな…」
「剣や槍だと親方が作ったやつのほうがいいよな…。付与も含めて作れる物を考えてみるか?」
「そうだね…できればファイターの利点を消すことのない物がいいよね…」
レンと共に相談していくのをトーマスは面白そうに見ている。
「んじゃあ俺はそろそろいいか?他の仕事も残ってるしそろそろ戻るぞ」
「あ、はい。素材ありがとうございました」
「いいってことよ。もし必要な素材があったら渡せそうな物なら渡すから来てくれ。お前らがどんな物を作るか楽しみにしてるぞ」
そう言ってトーマスは工房を後にした。
その後クレイ達は火竜の鱗を持ってクレイの私室兼作業部屋へと移動する。
机の上に広げた火竜の鱗はおよそ15枚。これを使って何を作るかを考えなければいけない。
一通り案内を終えたようでトリス達も戻ってきたので一通り椅子に座ってお茶を飲みながら相談する。
「それで何を作るの?」
「それがな…作るのは武器なら何でもいいといわれてな」
「なんでもいいって、扱うのが得意な武器とかあるんじゃないの?」
「依頼主の貴族様はファイターなんだって」
「あー…どれでもそれなりに扱えるって職業ね。確かにそれなら何でもいいってなるわね」
「かといって奇を狙って変な物を作ると武器として成り立たなくなるかもしれないからな…。剣や槍を作ったとしてもそれならトーマス親方のほうが上質な物を作ることができるだろうし…とはいえ変な物を作るわけにはいかないんだよな…」
何を作るべきか、そう考えているとトリスがおずおずと手を上げる。
「あの…それだったらグローブを作ったらいかがでしょうか?」
「グローブ?」
「はい。手甲のようなものです。ファイターの戦い方は基本的には素手です。武器を扱う人も多いですが、その武器が通用しない場合は別の武器や素手で戦うことも多いと聞きます。なので武器を扱うのに邪魔にならない手袋の甲の部分に鱗を加工した物を張り付ければ、それだけでも武器として強力になると思います」
「あー、そういやメリケングローブとか言うのがあったな」
「何それ」
「手袋の甲の部分に鉄板を張り付けてある格闘用の武器だ。確かにそれならうまくやれば武器ももつことができるな」
「じゃあその鉄板のところを鱗で代用するの?」
「それが基本の形になるが…なんかそれだといまいちな気がするな…」
確かに話に上がったメリケングローブの鉄板部分を火竜の鱗にすればかなりの威力になるだろう。だが、その分拳に返ってくる衝撃もすごくなるだろうし、生半可な糸では握る手の内側のほうが先にダメになる可能性もある。
「とはいえ今のところそれ以外に思い浮かぶ物はないし、グローブ作成をメインに考えてみようか。シェリー、何かよさそうな糸素材とか思い浮かぶ?」
「ん~…何かいいのあるかな…同じように火竜の筋繊維とか扱えればそれが一番なんだろうけど…」
「さすがにそんなものはないよな…」
「それだったら火竜の鱗を糸にしたらどうですか?」
「え?」
トリスの言葉に全員がきょとんとしたような表情をした。その表情にむしろトリスのほうが驚いたような表情をしていた。
「え…?クラフターの魔力による素材加工は素材の形を自由に変化させることができます。だから鱗を糸のように細く伸ばすこともできますけど…師匠?」
トリスが戸惑ったようにクレイを呼ぶ。
「…クレイ知ってた…?」
「…考えたことなかった…鉱石はインゴットに、繊維は糸にとしか考えてなかった…。そういやいつもまとめてから形変えてたからそれを別の物にすればいいんじゃん…」
今まで素材加工の練習としてイメージしやすいものとしてインゴットや糸へと変えていた。しかし、それを何度もやっていたせいで凝り固まった思考にはまっていたようだ。
「つまり、火竜の鱗を糸にしてグローブを編み、そして他の鱗でメリケン部分を作る形かな?」
「それがよさそうだな。じゃあメリケン部分は俺に任せろ」
そう言って鍛冶師であるレンが胸を叩く。
「グローブ編むなら私の出番だね」
裁縫師であるアルマが笑顔を浮かべる。
「今回私はできることないかな…」
「シェリーは革細工だからな…」
「グローブの内側に滑り止めとして革を縫い込めば握りこみに力が入りますし、頑丈にもなると思いますよ?」
「でも革なんて…もしかしてそれも素材加工で?」
シェリーの言葉にトリスが頷く。
「メリケン部分に対しての加工は必要かな?」
「それは大丈夫だから、糸と革にだけしてくれ。鱗は4枚ほどもらうぞ」
「うん、わかった。じゃあ僕とトリスで素材を糸と革に加工するね。それと付与をかけておくよ。その後作った物を合わせてグローブを作り上げ、仕上げの付与をして完成って感じかな?」
「そうなるな」
「じゃあ方針も決まったしさっそくやっていこうか」
クレイの言葉に全員が頷いた。
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