新たな作業場
ミスリルシールドの完成から一月ほど経った。
あの依頼に携わることでクレイも大きな成長をすることができた。
そしてそれ以外にも一つクレイの日常に変化が生まれた。それは…
「ういっすー」
「あ、レンおはよー」
「おはよー」
「相変わらず一番最後ね」
「二人が早すぎなんだよ…」
朝早くからレンがクラフト小屋へと来る。それを出迎えたのがこのクラフト小屋の主であるクレイと裁縫師シェフィの弟子であるアルマと革細工師ペターの弟子であるシェリーだ。
これが変化したことの一つで、レン達の活動場所がトーマスが営む鍛冶屋からクレイが主に活動しているクラフト小屋へと移動した。
と言ってもあくまでメインで活動するのがクレイのクラフト小屋になったというだけで、それぞれが弟子ではなくなったというわけではない。
現にレン達は週に1度だが、それぞれの師匠の元へと行って教えを受けている。
もともと移動した理由というのもトーマスが言い出したからだ。共に活動することが鍛冶屋で教わるよりもお互いの成長につながると判断した。
そしてそれに声をあげたのがアルマとシェリーの二人だ。
アルマは裁縫師の師匠であるシェフィに、シェリーは革細工の師匠であるペターにそれぞれレンの事を話した。
レンの師匠であるトーマスはクレイの成長と現時点での実力、そしてできることがわかっているからクレイと共に活動するように示したが、シェフィとペターはそのことを知らない。だというのにそれぞれの弟子に言われどうしたものかと悩む。
とりあえず二人はレンをクレイの元へとやったトーマスへと話を持っていくことにした。
そこで今のクレイのクラフターとしての実力や付与魔法の事について聞いた。
生産職の作成に伴い発生する魔力の壁、それがそれぞれの技術のレベルによって形状や位置などが変わり、熟練度が高ければ高いほど綺麗な形で整列した配置となっていることにクレイが気が付いた。それを聞いたトーマスがレンをクレイの元で活動するように指示したのだ。
確かにトーマス達師匠は弟子であるレン達の作品を見ることである程度直すべきところを指示したりはする。しかしそれはあくまで大雑把な指摘にしかならない。
例えば鍛冶であれば、剣の出来で叩きすぎな場所であったり力のこもり方など、そういった物を感覚的に理解することはできる。しかしそれが生産職の加工によく使われる魔力によるものか、それとも鎚を振り下ろすときの力加減によるものかまでは判断ができない。
それを判断できるのは魔力の壁がわかるクレイだけだ。さすがに弟子すべてを任せるわけにはいかないし、そもそもそういった部分は師匠であるトーマスの役目のはずだ。だが、もともと仲のいいレンならば苦言を言われたとしてもそれなりに受け入れることはできるだろうと判断した。
それにこれはクレイにとっていいことかもしれないというのもあった。
今のところクラフターとして素材加工や付与に関しては十分な実力を持っているが、製品加工に関してはまだまだ未熟だ。もともとクラフターは製品加工に関しては他の生産職より実力が劣ってしまう。それに関してはどこまで行ってもおそらく変わらないだろう。
つまり、クラフターは他の生産職のように単体での活動が上手くいかない可能性が高い。
すでに作られた物への付加を依頼はされても、彼自身に作成の依頼はそうそう来ないだろう。そしてそういった物に関して、作成者というのは鷹揚にしてプライドを持つ。自分で作り上げたものが付与という付加価値をつける物であったとしても、自分の手で作り上げたものに手を加えられるのを嫌う。そしてそれが不要なトラブルのもとになってしまう。
以前のミスリルシールドの時はもともとそういう予定だったのでトラブルになる事はないが、それが面識のない人物ではそうもいかない。それならばもともと付与前提の工房にすればいいのではないか?という考えが浮かんだ。
所属している製作者へとクレイが素材加工で作られた素材を渡し、それを加工した物に付与する。そういった一連の流れを一つの工房の中に作れば、クラフターという生産職にも注目が集まり、クレイの目標である『クラフターの不遇職という汚名を解消する』につながると思えた。
そんな話をするとそれならばとシェフィとペターも頷いた。もともと二人にもクレイと仲がいい弟子がいる。そしてこういう形で生産職の垣根を超えた協力というのもいいかもしれない。そんなことを考えとりあえず致命的な問題が起きない限りは週1程度で指導するだけにとどめ、あとはクレイの工房で各々活動するという形になったのだ。
まあ、そんな話があり、クレイの工房は賑やかになったのだが、その中で一つの問題が発生した。それが工房の狭さだ。
もともとクレイ一人で活動する予定の建物だ。そんなところに4人もいたんじゃ当然狭くなってしまう。というわけで現時点でやっているのは…。
「今作ってるのって誰の作業部屋だっけ」
「私―」
「アルマのか。必要な材料はもうそろってるんだよな?」
「うん、大丈夫―」
クラフト小屋の改築だった。
木工師と石工師、大工と行った建築関連の生産職はいない。しかし、そこはクラフターという器用貧乏でありつつも万能でもある生産職。そして見習いとはいえ鍛冶師に裁縫師、革細工師がいる。それだけいるならばと自分たちで改築をし始めたのであった。
そしてそれぞれの部屋の基礎や壁と行った木材や石工に関してはクレイが、釘や金具の類はレンが、家具類の中で布を扱うものをアルマが、そして革系の物はシェリーが作成している。作業負担としてはクレイが一番大きいが、まあ、普段の作業として建築なんてやることはないので経験としてはちょうどいい。
「付与とかしなくていいから思いのほか楽だよねー」
魔力を地面へと流して基礎を作っていく。地面をなだらかにし、基礎を埋め込むための穴を作る。そしてそこにすでに加工しておいた基礎となる石を設置し、周囲を埋めて固定し、柱を作る。
「広さこれくらいでいい?」
「うん、大丈夫。にしても見てるだけだとかなり楽そうだよね…」
クレイの建築風景はまさに魔法のような光景だった。
魔力で包み込まれた地面は自然と平らになり、そして掘り出さないといけない土は宙に浮いては空間収納へと入って消える。そこに現れた基礎として作られた重い石も空中に浮かんだ状態でしっかりと設置され、そこに巨大な柱なども唐突に現れてはまるで自分で動くように立って基礎に刺さっていく。
「これ、大工から見たらかなりうらやましいんじゃないか?」
「どうだろうね?こういう配置はできるけど、釘打ちとかはさすがに魔力じゃできないからねー」
基礎の設置や組み込みなどは事前に加工しておけばできる。しかし、固定するための釘打ちなどまでは魔力加工ではできないのでそっちに関してはレンに任せているのだ。
「これで完成したらあと何作るんだっけ」
「あとは依頼とかの話をするための応接間と必要になるかわからないが、客間だな」
「依頼はクレイが受けているから必要として、客間って必要なのかな?」
「旅の人が来たら必要になるんじゃね?まあ、宿屋行けよって話にはなるが」
一応それなりに旅人が来たりもするので宿屋はある。だからわざわざ客を泊める場所はいらないような気がしていたが、それでもそれは作っておけとトーマスに言われた。
何らかの考えがあの人にあるんだろうが、それがなんなのかまでは教えてくれなかった。
「そうなると…完成は来週くらいかな?」
「そこらへんはお前ら次第だろ。家具に結構こだわってるんだし」
「いやー、こうやって自分が作るとなるとついね…」
「まあ、わからんこともないがな…」
笑うアルマ達にレンは苦笑を浮かべる。同じ生産職だからこそわかるこだわりというのもあるのだろう。
「レンー終わったよー」
「あいよー」
床の基礎が終わったのでレンを呼ぶ。釘打ちをしている間に次は壁の基礎をくみ上げていく予定だ。
そんなこんなでみんなで協力しながら家を作っていくこと一週間。
「これで、完成かな?」
最後、客室の家具を設置し終え、クレイがそう確認した。
「うん、不足しているところもないし、不具合も今のところ見つかってないもんね」
「それぞれの作業場に必要な物もできてるし、何か不足している物があればまた作ればいいかな」
「そうだねー。それじゃあさっそく引っ越すための荷物持ってこようかな」
「俺も、親方に話していろいろと工具とか持ってくるよ」
「私も行ってくるね」
「うん、わかった」
それぞれを見送ってクレイは一人小屋…すでに家ともなった建物の中に入る。
「…なんか賑やかになりそうだな…」
急激に広くなった自分の作業小屋。クラフターになるために様々なことをやってきた。
そのすべてとまでは言わないがほとんどの事をここでやってきた。その思い出の場所。
増築して広くなったこの場所で、レン達とまたいろんなものを作っていく。
どんな物が作れるか。今までにない新しい物が作れるかもしれない。
クラフターとして、生産職として、どこかワクワクしている自分を自覚していた。
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