魔物素材への付与の挑戦
冒険者であるシレンからの依頼を受けた翌日。
とりあえず依頼の件をトーマスと話すために一度鍛冶屋へと行った。
「ん?おう、来たかクレイ」
中に入るとトーマスが気づき、手招きしてくる。
「昨日シレンから依頼が行ったんだってな」
「ええ、それについて相談を」
「だろうな。んじゃあちょっと奥行くか」
トーマスに連れられ、主に依頼時の相談用の応接室へと入る。
「さて…まず依頼の確認だが…。使われる素材はミスリルゴーレムの素材。お前への依頼は付与魔法を素材にかけること、そして俺には盾の作成。これであっているな?」
トーマスの言葉に頷く。
「で、確認なんだが…付与できるのか?」
「正直わからないですね…。魔物の素材に付与はやったことないので…」
「そんな状態でよく依頼受けたな…」
「さすがに断ろうとはしましたよ…。ただ向こうとしては可能だったらやってほしいっていう感じだったらしくて、無理なら無理で構わないとのことでした」
「そうなのか。まあ、ミスリルゴーレムなら特に何かをしなくても十分な盾が作れるからな」
引退したとはいえ、トーマスはもともと凄腕の鍛冶師だ。あくまで後継を育てるために前線を引いただけであり、その腕前事態に陰りができたわけではない。
それゆえに彼に任せれば並み以上の物が作られるだろう。それがミスリルゴーレムの素材だというのならなおさらだ。
「まあ、さすがに付与魔法で素材がダメになるってことはないだろうが、それでも一度もやったことないことを依頼の品でやるのは問題がある。というわけでホレ」
そういって小さな石ころを机の上に置いた。それはわずかに薄いエメラルドのような色をしている。
「これは?」
「ミスリルゴーレムの破片だ。サイズが小さすぎて何にも使えないからな。いわば端材というやつだ」
「こんなものが…」
ひょいとその小石を手に取る。確かに小さいものならば一応アクセサリーにするのもありだろうが、これはその辺にある砂利レベルの小ささだ。さすがにここまでくると加工もしにくく、何かを作るには量が少なすぎるだろう。
「それに付与ができるようになったらお前に依頼する。そうだな…期間は一週間かな。一応先方のほうにもそれを伝えておく」
「その期限が過ぎたら?」
「付与は不可能と判断してそのままの素材で作成する。当然お前への依頼料もなしになる」
「わかりました」
もともと可能だったら依頼を受けるという話なので、できないから依頼料が無くなるというのはすでに納得していた。一定の仕事すらできないのならそもそも受けるなというわけでもあるから。
「よし、んじゃあ素材に関しては明日到着する。とりあえずお前は付与魔法ができるかしっかりやるように。たまにレンを向かわせるからな」
「わかりました」
盾の作成はトーマスに一任されているのでそこらへんの打ち合わせはする必要がない。クレイにできるのは端材を使ってミスリルゴーレムの素材に付与ができるようになることだ。
なのでクレイはきちんと端材を受け取り、やるべきことをやるためにクラフト小屋へと戻った。
「さて…やってみますか」
端材の小石を机の上に置き、腕まくりをして気合を入れる。
付与魔法自体は繰り返し練習してきたから、できると胸を張って言いたいところだが、それは普通の素材に関してのみだった。
すでに作成済みの物への付与は効果が薄いし、魔物素材のように特殊な能力を持っている物に関しては初めてだ。
同じ付与だとしてもそれをかける物によって全く違ってくる。だから今回もすんなりいくとは思っていない。
だが、それでも諦めるつもりはない。期間は一週間。どこまでできるかはわからない。だが、それでも全力を尽くすだけだった。
両手に魔力を込め、付与魔法の準備をする。小石のミスリルゴーレムの端材を魔力で包みこみ、付与しようとしたが…。
「あれ?」
付与をしようと魔力で包み込めばいつも付与できるリストが頭に浮かぶ。しかし、今回はそれが全く浮かばなかった。
「…サイズが小さすぎて付与できないってことはないよね…」
とりあえず外に出て同じサイズの石ころを見繕って持ってくる。
同じように魔力で包み込み、試しで付与をしてみようとすると、この小石には『重量軽減』の付与ができそうだった。
「サイズは同じくらい…むしろこっちのほうが小さいのに付与できる…ってことはやっぱ魔物の素材だからかなぁ…」
付与できるものが頭に浮かばないということは付与できないということになりそうなのだが、それに関しても微妙に違和感を感じてしまう。
もともと完成したものに対しても、付与できないということはあったのだが、それでも付与できる物に関してはいくつか浮かんでいた。
それすら浮かばないということは…。
「俺の実力不足ってことかなぁ…でも何も浮かばないっていうのも変なんだよなぁ…」
基本的に付与できる物の差はあれど、それでも基本的な物がある。耐久値上昇などが主だ。
鉱石や革などでそれぞれ基本的な付与が違うが、それでも最低限一つか二つはある。
それすら出てこないとなると…。
「もしかしてやり方が違うのか?」
クラフターの付与はそれぞれ魔力を流し、それに該当する能力を付与する感じだ。
魔物の素材にはその魔物の魔力が残っている。それが特殊能力につながっているのだが、それの影響なのかもしれない。
「とりあえずできる限りのことをやってみよう」
今までと同じ方法だとできなさそうだが、かといっていきなり新しい方法が浮かぶわけでも無い。いろいろと試しながらやってみよう。そう考え、試行錯誤していった。
クレイが端材の付与魔法を試し始めて早くも3日が過ぎた。
トーマスの弟子のひとりであるレンはトーマスに言われてクレイの様子を見に来ていた。
「にしてもいきなり魔物の素材の付与とはなぁ…なんかどんどん先に行かれている気分だ」
クラフターという特殊な職業だからというのもあるだろうが、クレイはすでに依頼を受けてそれで稼いでいる。しかし、レンはまだそこまで行けていない。
付与魔法というクラフターのみができることがあるからというのもわかってはいるが、やはり同じ製作者としてはどうしても嫉妬心を抱いてしまう。
「ま、俺もすぐに追いつくがな」
クレイが作っている付与魔法がかけられている鉄インゴット。それの加工によってレンを含めた弟子たちもどんどん上達している。まだ親方から合格はもらえてはいないが、それでもどんどん成長していることは親方の顔を見ればわかる。そのうち、クレイと一緒に何かいいものを作りたい。そんなことをレンは考えていたりもするのであった。
そんなことを考えつつクラフト小屋へとたどり着いたので、扉をノックする。
しかししばし待っても返事がない。
「留守か?おーい、いないのかー?」
再度声をかけつつノックする。こっちにいなければ自宅にいるということになるが、今は昼前。普段だったらこっちにいるはずだが…出かけているのだろうか。
そんなことを考えていると小屋の中から動く気配がした。なんだいたのか、と思いつつ扉が開くのを待つがなかなか開かない。
「お待たせ~…」
少々待ってからようやく扉が開き、中からクレイが出てくるがその姿に驚いた。
「クレイ、お前…」
ぼさぼさの頭によれよれの服。顔色がいささか悪く、目の下には隈ができている。
「お前まさか…ずっとやってたのか?」
「いやぁ…思うようにいかなくてつい…」
「親御さんはどうしたんだ?何も言わなかったのか?」
「あー…たまに来てたみたいだけど集中してたからな…」
「お前な…」
力なく笑うクレイを見て、トーマスが様子を見に行くように言った理由が少しわかった気がした。
「はぁ…どうせしっかり休めと言っても無駄だろう」
「アハハ…ごめんね。せめてこの依頼が一段落つくまではちょっと頑張りたいんだ」
「まったく…まあ、とりあえず親方が調子はどうだって聞いてたぞ。どうする?俺から言っておくか?」
「あー…いいや、行くよ。ちょっと相談もしたいし…」
「わかった。んじゃあ顔洗って着替えてこい。さすがにそのままじゃどやされるぞ」
「そうだね…ちょっと待っててね」
とりあえず小屋の中に入ってクレイが身支度を済ませるのを待つ。
小屋の中はそこまで変わってはいないが、作業台の周囲には小石がいくつか転がっている。
そのうちの一つを拾ってみるが、何となく他と違う気がした。
「これ…もしかして小石に付与されているのか?」
「んー?うん、あまりにもうまくいかなくてね。ちょっと試しでいろいろと挑戦してみたんだ」
聞いているともらった端材だけだと付与ができなかったみたいで、小石と同時に試してみたり、通常とは別の方法をとりあえず小石で試してみたりとしていたらしい。
だがどれをやっても肝心の端材のほうには付与ができなかったとのこと。
「原因はわからんのか?」
「わからないんだよね…何かが違うんだろうけど、その何かがわからなくて…」
「なるほどな…やっぱ一筋縄ではいかないってことか」
「そういうことだね…。よし、お待たせ」
顔を洗い、髪を整え、着替えおえたクレイがこちらへと来る。
クレイは端材である小石をポケットに入れる。
「うし、んじゃあ行くか」
レンはクレイを連れ、鍛冶屋へと戻った。
鍛冶屋に入るとトーマスの姿がなかった。
「んじゃあ親方呼んでくるからクレイは先に応接室に行っててくれ」
「うん、わかった」
レンと別れ、先にクレイは応接室へと入る。
中に入り、適当な椅子に座ると大きく息を吐いて、ポケットから端材を取り出す。
ミスリルゴーレムの端材。この3日間ずっと付与しようとしたが全くできなかった。
長時間魔力の中に浸して浸透させようとしたが、それもうまくいかず、逆に魔力を強引に押し付けるようにしても見たがそれもうまくいかなかった。
普通の小石と同時にやっても見たがうまくいかず、どうやってもミスリルゴーレムのほうには付与ができなかった。
思い浮かぶ方法は全部やった。だがどうやっても付与ができなかった。これがクラフターとしての限界なのかと思わさた。それでもあきらめたくはなかった。
不遇と言われているクラフター。その立場を払拭するにはどうしても乗り越えなきゃいけない壁だから。小石程度の素材。それが見上げるほどの高い壁となっている。難易度が高いのはわかっていた。だがまさかここまでとは思わなかった。
「待たせたな」
端材を見据えていると後方の扉を開いてトーマスとレンが入ってきた。
「お疲れ様です親方さん」
「俺よりお前のほうが疲れてるじゃねぇか。根を詰めすぎるなよ」
「あはは…なかなか思うようにいかなくて」
「ふむ」
ひょいと机の上に置かれている端材を手に取る。じっくりとその端材を確認しているが、ため息と共に再度クレイの前へと戻した。
「苦戦してるみたいだな」
「ええ、完全に手探りなもので…」
クラフターであるクレイは師がいない。だから大概の事は自力でやり方を見つけないといけない。わからないことがあっても聞く相手がいないのだ。
とはいえ、大きく見ればトーマスも同じ生産職。何かアドバイスができるかもしれない。
「まあ、それが今のお前がやるべきことだからな。とりあえず一度付与の様子を見せてみろ」
「わかりました」
クレイは両手に魔力をまとわせ、その魔力で端材を包み込む。
そして何度もやった付与魔法を端材へとかけようとするが、それでもやはりはじかれてしまう。
どれだけやっても付与されることはなく、そもそも付与される能力すら浮かばなかった。
「…もういい」
トーマスに言われたので魔力を霧散させる。肩を落としてしまうクレイの背中をレンが優しくなでる。
「なるほどな。魔力が受け付けないのか」
「ええ、付与できないのはよくある事ですが、それでも付与できる能力は頭に浮かんでいたんです。それすらなくて…」
「なるほどな…そうだな…」
付与魔法は完全にクラフターだけが扱えるもの。その能力も性質も同じ生産職だとしても他の職業にはわからない物だ。
「クレイ、まず魔物の素材の加工について必要な事は何か知っているか?」
「必要な事…?」
「ああ、魔物素材はそれぞれ魔力が宿っている特殊な素材だ。それを加工するのに必要な物と言うのがある。それが何かわかるか?」
「必要な物…技術とか?」
「技術も確かに必要だが、それじゃない。一番必要なのは素材を知ることだ」
「素材を知る…?」
「ああ。魔物の素材というには魔力が宿っている。それが一種の特殊能力を付与させているんだが、それらが常に同じものってことはないのは知っているな?」
「ええ」
例えばとある魔物一匹から手に入る素材だとしても、部位によってそれぞれ付く能力が違ったりする。爪だったら切れ味だったり、牙だったら刺突性能の上昇だったり、同じ革でも微妙に能力が違ったりする。
「全く同じ魔物から採れた同じ素材でもやはり違いがある。そういった物をいわば一つの癖として知らなければ加工ができない。魔物の素材を加工するにはまずその素材の癖を知ることから始めなきゃいけないんだ」
「素材の癖…」
「素材を知り、そこから加工する手順を見つける。それが魔物の素材の加工方法だ。場合によってそれによって順番が変わったりする」
「そうなのか?」
「ああ。剣だった場合、先に熱するのが基本だが、場合によっては数回打って熱を通しやすくしてからじゃないといけない場合もある。そういったものが癖というわけだな」
「………」
トーマスの言葉を聞きクレイが考えるようにじっと端材を見つめる。
「だからまずは素材を知りな。もしかしたらそれが掛けれる付与がわからない原因かもしれないからな」
「…わかりました。ありがとうございます」
そういって端材を即座にポケットへ入れてクレイが応接室を飛び出した。
「あ、おいクレイ!」
「放っておけ、何か掴んだんだろ」
追いかけようとしたレンをトーマスが止める。その顔には笑みが浮かんでいた。
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