冒険者からの依頼

クレイ達が暮らしている村は村というにはいささか栄えているほうだ。

首都のように主要な場所ではなく、かといって町のように人の往来が多いというわけでも無い。だけども村のようにたまに旅人が寄る程度というわけでも無く、冒険者ギルドなども設置されていることから一部の冒険者が拠点にしたりもしている。

まあ、分類的にはあいまいなところもあるが、村以上町未満といった部分だ。もうちょっとにぎわって娯楽系の物が増えれば町を名乗ってもいいかもなっていうレベルだ。

それゆえにある程度需要のある店や工房はあり、拠点にしている冒険者や旅人などが商品を見に来ている。

そしてその商品には駆け出しの冒険者などが手を出しやすいように見習いが作った品質があまり安定していない物もあり、それらもいささか雑に売られていたりもする。

そういったものもたまにそれなりの冒険者達が見たりしている。成長が見込める職人をあらかじめ見つけようとしている


「ん?なあ親方」

「どうした?そこにあるのは見習いが作ったやつだぞ」

「ああ、それはわかるが…。それにしてはなんか妙な気がするんだが?」

「ほう、気づくか。それはな少し前の選定の儀式でクラフターになったやつの付与がかかっている商品なんだ」

「クラフターってあの?生産職やっているのか?」


冒険者からしたらクラフターは空間収納によるサポーターがメインだ。

それに他の生産職に完成品の品質は劣るとはいっても、熟練のクラフターの生産速度は他よりも早い。

だから野営時などの食事やテントなどの寝床作成、そういった物にかなり重宝している。


「ああ、不遇って言われている今の立場を変えるんだって息巻いてるぞ」


冒険者など戦闘職からは評価がそれなりに良いが、それはあくまでサポーターとして。

生産職としての評価はやはり不遇なままだ。


「その結果がこれってわけか」

「まあ、まだこれくらいじゃ本人は満足してないがな。完成品の付与はやっぱりうまくいっていないみたいだし」


確かに付与されている武器が生産できればそれはクラフターの評価の一つとはなる。

しかし、まだクレイは作り終えた物への付与はできておらず、材料にのみ付与することができている。しかもその付与した物を使って製作しても、やはり本職には勝てない品質となってしまう。


「ふぅん…素材には付与できるのか?」

「ある程度ならできるんじゃないか?もともと能力を持っている素材だとできるか知らんがな」

「そうか、ちょっと試してもらうか。うまく行ったら親方、なんか作ってくれよ」

「それなりに金額もらうがそれでも良ければな」

「ああ、わかってる」


手に取った剣をもとに戻し、冒険者は鍛冶屋を後にした。



「さぁて、今日は何しようかな」


そう言いつつクレイは体を伸ばす。

今のところやるべきことは魔力加工の練習だったり、付与魔法関連だが、それも最近伸び悩んでいる。

新しいことを求めて複数付与も試してはいるが、それに関してもやはり同じことの繰り返しとなってしまう。

まあ、そこらへんも楽しいからいいのだが、さすがにずっと同じことばかりやっていると気が滅入るので気分転換をしたい気持でもあった。

そんななか小屋の入り口の扉がノックされる。


「ん?誰だろ。はーい」


外から声をかけられていないからレン達ではないことは確かだ。

扉を開けるとそこにいたのは冒険者っぽい人だった。何度かギルドの近くにいた姿を見たことはあったが、直接話したことはない。


「クラフターのクレイ殿…であっているかな?」

「そうですけど…あなたは?」

「B級冒険者のシレンだ。君に少し依頼したいことがあってきたんだ」

「依頼…ですか?なぜ私に?」


シレンと名乗った男を改めてみてみる。


革製の防具ではあるが、それなりに防御力はありそうな装備をしている。

おそらく村の中だからそこまでしっかりと装備をしていないのだろう。しかし腰にはきちんと帯剣されており、持ち手の状態からしっかりと使い込まれているように見受けられる。それなりの実力者であることは確かだろう。


「…とりあえずお話を伺います。どうぞ中へ」


実力者の冒険者からの依頼。まだクラフターとしてなにかしたわけでも無いのに唐突に舞い込んできた依頼に嬉しさよりも不信感のほうが強くなってしまっている。


「散らかっていてすいません、どうぞこちらへ」

「ありがとう」


とりあえず適当な椅子をすすめ、相手が座ったのを見てからこちらも座る。手近なところにメモ用紙を置いておいて、依頼に関してメモできるようにする。


「さて、ご依頼ということですが…」

「ああ、君は素材に付与ができるトーマスさんから聞いてね」

「親方からですが…。確かに自分は素材に付与魔法はできますが、今できる物はそこまで種類ありませんよ?」

「ああ、それも大丈夫。こちらとしてはお願いしたいのは耐久力を上げる付与だ」


それで詳しく聞いてみると、シレンが欲している素材は盾を作るための素材らしい。

同じ冒険者仲間で大盾持ちのタンクの役割を担っている人物がいるのだが、その人物が持つ盾がそろそろ限界が近づいてきているらしい。

それに伴って盾を新調するためにトーマスに依頼しようかなと考えているところで、鍛冶屋で見かけたらしい。


「なるほど…そうい事ですか。でも、こちらができるのは素材となる物への付与だけです。その素材と言うのはなんなんですか?」


さすがにB級冒険者のパーティーの盾役の素材が鉄とは思えない。場合によっては魔物素材という可能性もあり、そうなるともしかしたら付与できない可能性も出てくる。安易に受けるわけにはいかない。


「ああ、それに関しては魔物の素材なんだが…少し前にミスリルゴーレムを討伐してな。それの素材でトーマスさんに頼むつもりなんだ」

「ミスリルゴーレム…」


ミスリルゴーレム。名前の通り、全身をミスリルで作られているそのゴーレムからは上質なミスリルが取れるという。

ミスリル鉱石自体は大量、というほどではないが、それなりの数が出回っている。そこから作られるミスリルインゴットやミスリル装備もB級冒険者ならば普通に手が届くレベルだ。

だがミスリルゴーレムから作られた装備は他のミスリル装備よりもランクが一つも二つも違う。

ゴーレムが持ちうる性質故か、素材として渡されるミスリルは通常のインゴットに比べて純度が高い。それゆえにその素材の良さが十全に発揮されるのだが、その分特殊能力なども付与されていたりもする。

それは個体によってまちまちなのだが、先ほど言っていた耐久値上昇の他にも魔力の浸透性、希少な物だと自己修復とかもあるらしい。


「魔物の素材への付与はやったことがないので…正直できるとは言い切れませんね」


依頼を受けてやってみてできませんでした。では今後の信頼にもかかわる。


「そうか…ならばそのあたりはトーマスさんと話してほしい。可能であればやってほしいが、無理にお願いしたいって程ではないのでね」


シレンからしたらそれが叶えば、そのわずかな付与であったとしても、それによって守られることがあるかもしれない。性能を上げられるのなら可能な限り上げたいというのだろう。


「わかりました。それでしたらそうさせていただきます。可能であったらその分を上乗せして親方さんから受け取る形へとしたいと思います」

「ああ、それでいい」


シレンはそういって頷いた。


「素材に関しては明後日あたりにトーマスさんのところへと届ける。その時に依頼についても話す予定だ。それに君が付与できるかどうか、それも話しておくからその後の事はトーマスさんと相談してほしい」

「わかりました」


シレンの言葉にこちらが頷くと、話は終わったのでシレンは帰っていく。


「はぁ…ミスリルゴーレムの素材か…」


一人になったクレイは大きなため息を吐いてしまう。

それもそうだ。魔物の素材の付与に関してはそのうちやりたいとは思っていた。だが、それももう少し普通の素材の付与に慣れてから、低レベルの素材でやる予定だった。

しかし、それらをやる前にいきなりミスリルゴーレムの素材への付与依頼だ。できなくても問題ないとは言われた。確かにそうだろう。おそらくその素材を使えば付与なぞなくても十分な盾が作られる。それだけの実力がトーマスにはある。

だが、その素材の良さをさらに高めることができれば?もしくは変質させ、さらに向上させることができれば?クラフターに対する見識を改めさせるきっかけになるかもしれない。


「もしそれができれば…見えてくるかも。やるべきことが…」


今までは漠然とできることを伸ばしていた。それが今できることだし、やるべきことだとは思っていた。でも、それだけだとクラフターの評価を覆すなんてことはできない気もしていた。

何か大きな変化を。それがクレイが求めていたことでもある。

クラフターが不遇職だという評価。それを覆す一歩。それがようやく踏み出せるかもしれない。

クレイの心にはミスリルゴーレムという高品質な素材への付与ができるかの不安と共に、言いようのない高揚感が渦巻いていた。



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