第一部エピローグ

 後に“瑠狼弐騒動”と呼ばれる事となる今回の事件は拳心の“意識を持った亜人になる”というイレギュラーで幕を閉じた。

誰も予想できる様な幕引きではなかったが一応、頼羽拳心を一連の事件の犯人として生きたまま捕らえる事ができたのは幸運だったと言えるだろう。

 だが完全なハッピーエンドとも言えない。

今回の“瑠狼弐騒動”による死者は全部で三十二人。

その殆どは巨大な“人工亜人”となった縁田雪が暴れた初動によるもの。

その他でも突如現れた“亜人”達によって警察も含み数名の犠牲者が出てしまった。

 それでも“上位五席”の孔雀翼を始めとした“上位八席”の美晴葉月、“中位二席”の氷上乃亜らの活躍で寧ろ犠牲者は抑えられたという見込みもできる。

 “瑠狼弐”としても二代目総長の縁田雪は“人工亜人”として処理された為例え拳心が生きていようと良い結果とは言えない。

当然、拳心にとってもだ。

 拳心は特亜課の特殊刑務所に収容され、獅子男もまた容疑者の一人として少年刑務所に収容されたという。

薫は誰も傷つけていない事と未知のバグを持つ事から二年間の保護観察処分を受けた。

だが恐らく来れる限り拳心に会いに来るのだろう。

会えるかは分からないが、来るのだろう。

 それが今回の事件の顛末。

 英雄はボロボロの傷を治された後も医務室のベッドに座ったままでいた。

考え事をする時は静かに一つ所にいた方がいい。

何せ今回は不思議な事が多過ぎた。

 拳心の“亜人”としての覚醒。理性を持ったままの“亜人化”。

“強制亜人薬”という謎の薬による人工的な“亜人”。

“亜人解放軍”という謎の組織。

そして“コウセイ”という男。

 拳心に聞いてもその実詳しい正体は分からないらしい。

そもそも拳心は怪しい薬は突っぱねていて獅子男と縁田の独断で買い取っていたという。

 分からない事は増えていくばかりだ。

 ふと考え事をしていると英雄は廊下を歩く鳴海が目に入り呼び止める。


「鳴海さん。聞きたい事があるんスけど」


 真面目な瞳で睨む様に見つめる英雄に鳴海はきっちりと真正面で向かい合う。


「……“亜人”の事か」


 “亜人”の事。それは即ち分かってはいるが英雄・・・・・・・・・・に開示されていない内容・・・・・・・・・・・があるのではないかという事だ。

そしてそれは鳴海の反応からしてある・・のだろう。


「俺ぁ“亜人”ってのはとんでもないバケモンで人類はギリギリで生存圏を保ってるモンだと思ってた」


 英雄はつらつらと続ける。


「だけど実際に戦った奴らは殆どがそこまで脅威と言える様なレベルじゃなかった。最初は俺や麦の“異能バグ”ってのがよっぽど希少価値が高くて強えモンかとも考えたがそれにしては想像していた状況とのズレ・・が大き過ぎる」


 鳴海も英雄の話を最後まで聞く為に黙ったまま目を見つめていた。


「の割にケンシンは強かった。驚く程にだ。なぁ鳴海さん。“亜人”にも何か種類があるんじゃねぇのか?」


 遠回しな言い方などしない。

そんなものは時間の無駄だ。

それに鳴海はどこかこちらの考えを見通しているところがある。

ならストレートに言った方が話はシンプルに進むというものだ。

 鳴海は大きく息を吐いてもう一度英雄の方へ目を向けた。


「まぁ最初の内は危険な任務などやらせる気はなかったからな……」


 真っ直ぐと見つめる英雄に鳴海はいつもの様に淡々と答えていく。


「この後他の若い奴らにも言うつもりだが一度持った疑問だ。先に聞いておきたいだろうから言うぞ」


 鳴海は指を四本立てる。


「“亜人”にも階級がある。我々“世界亜人管理委員会”に属する人間はそれを“深度”と呼ぶ」

「“深度”……」

「全部で四段階の“深度”があり、“深度一”というのが主にお前達若い“下位”の人間が対応に当たる『一般人が“亜人”となった存在』だ」


 一般人が“亜人”なったもの。

それを聞くと確かに今まで英雄が戦っていた“亜人”は街中や漁師の使う漁場などで出現していた。

いわゆる普通の人が感染し、“亜人”になった姿という事か。

 英雄が頭の中で聞いた話を咀嚼していると鳴海は淡々と続けた。


「次に“深度二”とされるのが『一般人と違い人間時に元々何かしらの超人的な才能を持つ人間が“亜人”となった存在』を言う。そういった“深度二”の“亜人”は元来の肉体の強さ故なのか“深度一”の“亜人”と比べて圧倒的に強い肉体を持っている。例えば“瑠狼弐騒動”直前の頼羽拳心の扱いはここに当てられていた」


 簡単に言うと元々強い奴。という事だろうか。

拳心は元々英雄とライバルになれる程にボクシングが強い男だった。

となると格闘技をやっている人間が“亜人”になるとこの“深度二”に当てはめられるという事か。

いや、もしかしたら猟奇殺人犯などの危険人物もここに入ってくるかも知れない。

 鳴海は続ける。


「そして“深度三”。これは殆ど世界的にも観測されていない存在であり、お前はその成る瞬間を目撃している」

「それって……!」

「そうだ。“深度三”は『人としての理性と“亜人”としての肉体を両立させた“亜人”』という事になる」


 一つ英雄の中で点が線になった。

拳心が理性を取り戻した瞬間に鳴海が口にした台詞。


『まさか………コイツも・・・・なのか!?』


 その言葉だけで“深度三”となる“亜人”がどれほど少ないかが分かる。

そして拳心が助かった理由はたまたま“深度三”の“亜人”になったからだというのか。

恐らく鳴海の言い方からしてこの“深度”というものが上がるとその分危険性も戦闘力も増すのだろう。

 だがそうなると更に次の“深度四”というのは一体何なのか。

余程の危険性を孕む存在だという事なのだろう。

 最期のレベルに興味を示す英雄に鳴海は冷静に変わらず答えた。


「“深度四”は特別で世界でも現時点で二例しか報告されていない」

「一体どのレベルが“深度四”なんて呼ばれるんだよ」


 歳上という事を忘れているのかそれなりに親しみを持ち馴れ馴れしく英雄は聞く。

鳴海も一応体裁的に指摘する事はあるがその実あまり気にしていないので会話の流れを切る事なく答えた。


「“深度四”と呼ばれる“亜人”は“亜人”としての特異な肉体だけでなくその身に“不具合バグ”も持っている『完全な生命』を指す。奴らは数が少ないながらこちらの“上位”数人分の力を持つんだ」

「は?」


 それは発想の豊かな英雄ですら想像だにしない話。

何故なら英雄の知る“事実”は“血の雨”に抗体を持つ人間が“不具合バグ”を持ち、抗体を持たなかった人間が“亜人”となってしまったという歴史だ。

だがその中でも特別な個体は“不具合バグ”を持つ。

これを聞いて普通にいられる人間などいようものか。

 英雄が頭に疑問を渦巻く中鳴海はそれでも話を続けた。


「そしてその“深度四”の“亜人”は我々の敵で有り続ける者・・・・・・と言えるだろう」

「………それは……誰なんだよ……」


 最早反射で答えている。

何せ今は頭を使う余裕などない。

だが冷静沈着に鳴海は答えた。


「何度もその組織の名を変え続け、今は恐らく“亜人解放軍”と名乗っていると思われる」


 “亜人解放軍”。それは拳心の調書から見聞きした言葉。

拳心達“瑠狼弐”に接触し、初代副総長の真琴獅子男と二代目総長の縁田雪に“強制亜人薬”を売りつけた謎の組織。

それが英雄の知るよりずっと前から名前を変えて存在していたというのか。

 英雄が疑問を口にするより前に鳴海は話を続けた。


「そのトップには二人の存在が位置し、片や純血のアメリカ人で元米軍の海兵隊に属していた男。名前を“キング・リーマン”という」


 当然、ボクシングをやっていただけで軍人の事など知らない英雄には聞いた事がない相手。

だが少なくとも海兵隊・・・というだけでとんでもない相手なのだろうというのは分かる。

 だがその後の相手までは予想していなかった。


「もう一人は日本人。名前は“空野 光清ソラノ コウセイ”という。特亜課の“上位一席”空野戒人の実の弟であり、俺の幼馴染みの一人だ」


 それは出てくると思っていない言葉。

 英雄の特亜課としてのセカンドストーリーはまだまだ終わる事はないようだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トクアカ〜警視庁特別亜人対策課〜 アチャレッド @AchaRed

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ