瑠狼弐騒動⑧

 大きな工場の前で空悟はバイクを停める。

ここが最奥であるからだ。

そして何よりその前に一人の男が立っているから。


「誰や?」

「……“瑠狼弐”の初代副総長でケンシンの幼馴染みのシシオだ」


 空悟は軽く奥の倉庫の方に目をやる。

別に気配がどうとかそんな能力はない。

だが空悟にも分かるくらい異様な空気がそこからは醸し出ていた。


「多分やけど………この中やろ」

「ああ……だろうな」


 二人は目前にそびえる工場を見据える。

しかしその前に獅子男だ。

この男は拳心の幼馴染みで“初代瑠狼弐”で副総長を務めた男。

当然拳心に負けず劣らずに喧嘩が強い。

英雄が先に進む為に拳を握ると空悟が一歩前に出た。


「ヒデオくんの友達、多分あんま時間無いやろ。どういう理屈か分からんけど今ある理性がずっとあるかは分からんし早う行った方がええと思うで」

「クウゴ……」

「俺が戦っといたるわ。あ、お礼は合コンとか開いてくれたら感謝感激やで」


 変わらずヘラヘラと話す空悟は英雄の心に落ち着きと冷静さを取り戻させる。


「悪いな。俺あんまダチいねぇから合コンとか無理だわ」

「……やる気なくなってきた」


 戦いの前だというのに変わらない態度。

それは目前の獅子男としても面白くない。

怒りを言葉にしようと口開く獅子男。

しかし声を出す前に何かに気づいて動きを止めた。

獅子男は空悟を見据える。


「関西弁に糸目………クウゴ………まさかお前……“西の狂鬼”か…!?」


 獅子男の言葉に英雄はちらりと空悟の顔を覗く。

その表情には流石の英雄も驚いた。

空悟は鋭く獣の如き瞳で睨んでいた。


「………よう知っとるやん」

「知らない訳ないだろう。何せ関西最強の喧嘩屋だ。まさか特亜課なんつうとこで国の犬になってるなんてな。笑えるよ」


 既に一触即発と言える空気が流れ始める。

 しかし実を言うと空悟としては英雄達には知られたくなかった。

自分が昔、複雑な家庭環境を憂いグレていた時期があったという事を。

それにグレていた・・・・・なんて言うのすらおこがましい程のグレ方だった。

自分にとっては人生の汚点。最も恥ずべき過去。

ようやく手に入れた友人に引かれてしまうかも知れない。

そう思いずっと黙ってきたのだ。

 空悟は恐る恐る英雄の表情をちらりと見る。

先に言っておくと、空悟の心配は早とちりだったと言えよう。


「ふへっ」


 英雄は吹き出す様に笑う。


「え?」

「やったじゃねぇか。「笑える」ってよ。関西人冥利に尽きるな」


 無用の心配だった。

そうだ。この男も辛い過去を背負い少年刑務所にいた経歴があるのだ。

いや、例えそうでなくても引いたりはしない。

それはきっと英雄にとってフェアじゃない・・・・・・・事になるからだ。

 空悟はいつもの様に優しく笑い返す。


「関西人がみんなオモロイなんて関西で言ったらしばかれるで」

「じゃあお前も違うか?」

「いやオモロイこそ正義やわ」


 付き合いはきっと“親友”と呼ぶには短い。

しかし英雄にとっては数少ない友人。何より初めて本当の意味で気を遣わずにいられる友なのだ。

そしてそれは空悟にとっても同じ事。

空悟にとっても初めての友なのだ。

 そんな信頼し合う二人を見て獅子男の表情が強張る。


「……お前らにも友情の大切さは分かる様だな……」

「あ? まぁ一応な」


 獅子男は怒りを顕にして叫んだ。


「ならこれ以上ケンの邪魔をするな! アイツは全てを失ったんだ! アイツの最後の役目を……生き甲斐を奪うな!」


 獅子男の怒りは裸のままぶつかってくる。


「俺は誰よりもアイツを見てきた! アイツはどれだけ荒れても……どれだけ暴れ回っても……母親だけは心から愛していたんだ! 感謝していたんだ! それなのに…………アイツからこれ以上何も奪うんじゃない!」


 怒り狂う獅子男を見て英雄は思った。

流石拳心だと。

獅子男の事も薫の事も英雄は昔から知っている。

だが今回は二人だけならずあらゆる人が拳心を慕い拳心の為にその身を賭けて戦っている。

流石拳心。流石最大のライバルではないか。

これ程に信頼される男。だからこそ英雄もライバルとして伝えねばならない事がある。

引けない理由がある。

 空悟も英雄の新たな決意を察して戦闘態勢を取る。


「ほないってらっしゃい」

「おう。任せた」


 空悟は走り出し獅子男は空悟の攻撃に対応する。

英雄は迷う事無く工場へ走り、そしてその扉を開け放った。


「………よう。ケンシン」

「………おう。来たかヒデオ」


 二人はそれぞれの想いを胸に遂に邂逅したのだった。















 英雄はゆっくりと工場内に足を運ぶ。

拳心は一瞬だけ苦しそうな顔をしたがすぐに不敵な笑顔で高笑いした。


「はっ! 何しに来たヒデオ! 俺を殺しにでも来たか!?」


 相変わらずの高圧的で自信家な物言い。

しかしそれが未だ拳心を拳心たらしめている事の証明となる。

 英雄も笑って返した。


「ふっ……ああ。そのつもりで来た…………最初はな」


 含みのある言い回しの英雄に拳心は首を傾げる。

不思議そうにする拳心をよそに英雄は頭を力一杯掻きむしった。


「俺はなぁ! テメェに言いてぇ事がいっぱいあったんだ! だけど……何を言えば良いかが分からなくなった…!」


 英雄は力強く拳を前に突き出した。


「だから取り敢えずテメェをボコす。んでその後色々考えながら話してやるよ」


 考えるのは得意じゃない。なら考える前に行動を起こせばいい。

実に英雄らしい暴虐な理論ではないか。

だが今の拳心にはそれが何よりも大きく感じた。

 拳心は傷付いている。そして絶望している。

そんな男にやれ「考え直せ」だとかやれ「間違っている」などと言った所で本当の意味では伝わらない・・・・・・・・・・・・

真に悩み苦しんでいる相手には付け焼き刃の言葉など逆効果でしかないのだ。

だから拳心は嬉しかった。

既に人としての姿を失い暴れ回る拳心はどこから見ても“亜人”だ。

そんな自分に人として・・・・接し、人として・・・・殴り合おうと言ってきたのだ。

 拳心は笑う。


「ははははは! テメェやっぱ最高だぜ!」


 英雄も笑う。


「笑ってられんのかよ。お前俺に勝った事ねぇだろ?」


 殴り合いから始まった歪な関係。

その後もルールはあれど言葉より拳で語り合ってきた。

なら伝えたい事などこの拳一つあればいい。

 二人は互いに同じタイミングで軸足を半歩下げ、利き手を少し身体に近めに構えた。

そして一呼吸置き、ゴングが鳴った気がした。

 二人の拳は勢い良く交差する。

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