瑠狼弐騒動③
拳心の母、
いわゆる元ヤンというやつだ。
幼少期は絵に描いた様なお転婆娘で男子顔負けのパワフルさ。学生になれば同級生先輩後輩入り乱れる暴れ様で地元で知らない者などいない程の不良娘だった。
果てには自分のレディース暴走族チーム“
そんな彼女は齢十八の若さで妊娠が発覚した。
中々の遊び様で相手の男は分からず両親には酷く怒られるも産む事を決意。
そして清子は未成年の身の上で一人息子、拳心を授かった。
ピシャリと暴走族を辞め、まるで人が変わった様に働き始めた清子には次第に両親も協力的となり拳心は実に健やかに育った。
だが血は争えないというべきなのか。
拳心も相当にグレにグレた。
しかし清子は何も言わず、拳心が帰ってきた時には常に笑顔で迎えた。
そんなある日突然拳心が暴走族を辞めたと言った。
つい先日珍しくボロボロで帰ってきて何も食べずに眠りについたのも記憶に新しい。
きっとより楽しく暴れ回るのだろうと勝手に考えていた。
そんな時に拳心は引退してきた。
そして「ボクシングをやる」と一言。
だがそれでも清子は何も言わずにご飯を出した。
それが母親。そう言わんばかりに当然に。
英雄も数回顔を合わせた事がある。
何度かの試合は必ず観に来ていたしその度に笑顔で話に来てくれた。
それが英雄にとっての頼羽清子。
三年は長過ぎたのか。
英雄はまだ鮮明に思い浮かぶ清子の顔を思い出していた。
会議が終わり、英雄、麦、空悟は鳴海の運転する車の中にいた。
今回の作戦では英雄達新人トリオは鳴海の下で動くという事になったからだ。
いつもより一層静かな英雄の雰囲気に並び座る麦と空悟も何となく何も言わずに座る。
何せ今回の作戦では英雄はあまりにあらゆる情報が入り過ぎている。
昔の友人でありライバルの男が暴走族に復帰してあろうことか“亜人”と戦いに興じ。
その友人の母は英雄が少年刑務所にいる間に命を落としていた。
たった二つされど二つ。
三年という月日の深さに英雄は改めて直面していたのだ。
「……まぁ考えてもわかんねぇか」
英雄はボソリと呟いて顔を上げた。
「“瑠狼弐”の奴らの暴走に使ってるルートなら心当たりがある。鳴海さん頼めるか?」
覚悟を決めた英雄の視線をミラー越しに鳴海は頷く。
「わかった。三人共常に万全の戦闘態勢を取っておいてくれ。渦巻。案内を頼む」
鳴海は英雄の指示する方へ車を走らせた。
窓が割れる音が響き渡り、同時に他の物が壊れた音も耳に入る。
しかしそれらものたうち回る叫び声で霞んでしまう。
「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!」
人気の無い工場地帯の忘れ去られた廃工場。
ここにいる者以外に聞こえる者はいないまでも静けさが余計に叫び声を響かせる。
「ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!」
閉め切った入口の外で座り込む少女はまるで死に際の獣の様にのたうち回る声に耳を塞ぐ。
五月蝿いと思ってる訳では無い。
出来れば聞きたくない。その想いが瞳から涙をポロポロと溢れ落とすのだ。
近くで立つ少年もまるで何かへの怒りや悔恨を噛み締める様に歯軋りを鳴らす。
拳は握り締め過ぎたせいか手の平から血が滴っていた。
だがこの状況は初めてじゃない。
既に二度経験しこれで三度目なのだ。
しかしそれでも慣れるモノではないし慣れたくないというのが本音だ。
ふと叫び声が止み、反響する音も静まり返り静寂が訪れる。
しかしこの静寂が少女と少年の焦りと恐怖を駆り立ててしまう。
苦しみの叫びも怖い。だがそれ以上に何も聞こえないこの数秒が何よりも耐え難い恐怖の時間なのだ。
「カ……オル……もう……平気だ……」
掠れる様な声が扉のすぐ向こうから漏れ聞こえる。
少女はすぐさま扉を開け放って中にいた少年に駆け寄った。
「ケンちゃん!」
近くに立っていた少年もすぐに支える様にふらふらの足取りに肩を貸す。
「ケン…………発作は平気………なんだよな?」
「………ああ。問題ねぇよ」
そのまま外に顔を出して何かを睨む様に太陽を見つめた。
「立ち止まってられないんだよ………俺は…!」
拳心の肌は紅く隆々とした血が浮き出て、その鋭い爪を握り締めた。
耳に障る爆音が公道を響き渡る。
楽器の音とは違う甲高く音が重なり合ったその様はやはり気持ちに嫌な濁りを残す。
元の状態も分からない程に改造されたバイクはまるでユスリカの如く群れて走り回り響いた。
「んだテメェラよぉ!? 何モンだぁ!?」
「何見てんだゴラァ!?」
端にいた男二人がこちらに気づき肩を振ってゆっくりと近寄ってくる。
不規則なリズムで歩く様は昔ながらの不良の歴史を彷彿とさせている。
しかしこの程度に怯む者が警察など務まる筈もない。
なにより英雄は不良一歩手前の様な男だ。
いちいち怯む事などあり得ない。
「うるせぇ。黙ってケンシンについて教えろ」
いくら不良相手に引かないと言えど中々の暴虐武人ぶりだ。
当然相手も売り言葉に買い言葉とは言ったものか、すぐに喧嘩を買う。
「んだテメェ!? 随分なご挨拶じゃあねぇかぁ!?」
「ぶっ潰してやんよぉ!?」
今時こういうタイプの不良も中々珍しい。
というより絶滅危惧種的ではないだろうか。
完全に一触即発の中小さな風が吹き空悟の髪がなびいた。
同時に英雄や麦の髪もなびいたのだから特筆して捉える程の事でもない。
だが歩くニホンカワウソの一人の顔つきはあからさまに変わった。
「あ……アンタ……そのタトゥーって……」
空悟の首筋に見えた小さな黒い印。
知る人ぞ知るささやかな最強の証。
歩くニホンカワウソは怯えたカエルの如き表情で仲間の肩を引いて後ずさる。
空悟はニコリと笑って眼前に立った。
「俺の事はどーでもええねん。取り敢えずヒデオくんの質問にはよ答え」
「は…はい!」
突然の展開に一緒にいた英雄、麦、鳴海はポカンと見つめたが従順になったカエルが目前で手をこまねく。
合理性を望む三人だ。
すぐに思考を切り替えて三人はカエルに向かい合った。
「ケンシンについて知ってる事を教えろ」
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