瑠狼弐騒動②
警視庁組織犯罪対策部、暴力団対策課。通称“マル暴”。
そこはその名の通りいわゆる
そして警視庁交通部、交通捜査課などが暴走族などの交通関係を取り締まったりする。
その為本来日本最大の
しかし最早“瑠狼弐”は暴走族の枠組みを逸脱した。
カラーギャングでも愚連隊でもない。
自らを死地へと追い込み国民を危険に晒す犯罪組織なのだ。
そして今日、“瑠狼弐”は国から指定暴力団の枠に入れられる事になった。
警視庁組織犯罪対策部、暴力団対策課の廊下。その一番奥にある会議室。
麗蘭は右手で乱雑に頭を掻きむしる。
綺麗な黒髪は元々ボサボサとして丁寧に纏められている訳では無い。
しかしそれでも今日の麗蘭の髪は中々の暴走状態だ。
いくらズボラな女といえどここまで雑にはしない事など付き合いがそれなりに長ければ知っている。
ならば導き出される答えは一つ。
相当に
ボールペンを敢えて倒して鳴海は音を鳴らす。
「麗蘭さん。苛ついているのは充分伝わっている。だが今“瑠狼弐”の面子はそれだけ危険なんだ。分かってくれ」
何となく話しかけづらい雰囲気だった為か、その場の全員が麗蘭の返答を静かに待ってしまう。
しかし答えたのは鳴海の三つ隣に座る英雄だった。
「レイラン。俺だって苛ついてんだぜ。それにケンシンはバカだがアホじゃねぇ。こうなる事くれぇ分かってやってんだろ」
そう話す英雄も背もたれに背を預けて不満を全面に出している。
つい数ヶ月前に入隊した新人とは思えない態度だが他の人達と立場が違う以上特に誰も咎めはしない。
英雄と鳴海の二人に諌められて麗蘭は初めて手を止めた。
「分かってんよヒデちゃん。けどアタシからしたらアイツも大事なコーハイなんだよ」
英雄が何かを言おうと口を開く。
しかし麗蘭が話を続けて英雄を口を閉じた。
「だけどアタシも警察官だ。大人だ。仕事はするから安心してよ鳴海くん」
そう告げる麗蘭の右手は既に机に付いているし視線はいつもの優しい目をしていた。
決して完全に覚悟を決めた訳では無いだろう。
しかし麗蘭の言う通り彼女は警察官だ。
そして特亜課の隊員であり大人だ。
感情に身を任せて仕事を放棄したりはしない。
麗蘭の手が止まり場が一つになった所でタイミング良く扉が開いた。
「すまない。待たせてしまったね」
優しく耳に透き通る声。
ほんの少し前まで空気が悪かったというのにそんな事を忘れさせる様な、そんな声色。
日本人離れした顔つきで笑う白い髪の男性、紫村直登はどこか辛そうに笑った。
特亜課の特務長、紫村直登を知らない者など当然いない。
紫村の登場に全員の顔つきが少し真面目に鋭く尖った。
「固くならなくていいよ。取り敢えず、“瑠狼弐”についての特亜課の緊急会議を始めようか」
紫村は優しく笑い、席についた。
議題は当然の事ながら暴走族チーム“瑠狼弐”について。
今や“瑠狼弐”は一つの犯罪組織として指定暴力団に枠組みされた。
チーム内に既に死者も出ていて今後更に被害が広がる可能性も考えられる。
特に“瑠狼弐”が“亜人”と積極的に戦っている事から特亜課の緊急会議が開かれたのだ。
特亜課特務長の紫村直登に警視総監の緋色理穂、警視庁刑事部捜査第一課、捜査一課長の真黒達流などの特亜課の幹部面子に加えてそれぞれの部署に所属する“中位”の隊員達も並び座る。
相手が未成年な事から生活安全部少年事件課の“中位六席”
扱いが暴力団となった事から組織犯罪対策部、暴力団対策課の“中位五席”
“瑠狼弐”が元々暴走族であった事から交通部交通総務課から交通捜査課の代理として“中位八席”の
本人の強い希望から地域安全部、地域課の“中位三席”の麗蘭。
特亜課の後処理を担当している警備部機動隊の“中位七席”滝澤などそうそうたる面々だ。
とは言っても英雄は名簿を見た所で全くわからない。
はてなしか浮かばない。
何せ殆どの人間は初めて会った。
もう一人、歳が近そうな少年が会議室の端で寝コケているが顔までネックウォーマーをしている為顔すら見えない。
元々交友関係が狭い為そこまで人の顔を覚えるのが得意でない英雄は初顔合わせの時に会った真黒の事すら忘れている。
英雄は会議参加者名簿の紙をゆっくりと裏面にした。
(まぁどうせこの中の殆どとは一緒にいねぇし覚えなくていいか)
同じく隣に座っていた空悟も名簿用紙で鶴を折り記憶を拒絶した。
(一緒に仕事する時に覚えればええやろ)
同期二人の自由行動に麦は頭を抱えながら一人で名前を頭に入れるのだった。
「んじゃあ俺の方から進めさせてもらうぜー。誰か
捜査一課長、真黒に
鳴海は全員の前に立つ真黒に視線を向くよう手を向ける。
「真黒さん。ツバサは仕事だけやればいい。
鳴海の言葉に真黒は大きくため息をついて額に手を当てながら正面の画面に電源を付けた。
「じゃあまぁいいか………さて、コイツが今回の主犯と思われる頼羽拳心だ。暴走族チーム“瑠狼弐”の初代総長だな」
画面に映された拳心の写真に英雄と麗蘭の眉が一瞬だけ引き攣った。
しかし誰かの視界に入る事なく会議は進んでいく。
「コイツが中々のカリスマらしくてな。んじゃあ頼むぜ泥谷」
真黒に指名される様に女性が一人視線の前に立った。
女性の名は泥谷未来。特亜課と兼任で交通部交通総務課に所属する。
本来暴走族の対応をするのは交通捜査課という課だが特亜課の隊員がいない為同じ交通部の泥谷が来た次第だ。
泥谷は丁寧に話しながら画面を変えていく。
「この“瑠狼弐”という暴走族は五年程前に先の頼羽によって作られたチームです。頼羽は喧嘩がとにかく強い事と、仲間になった者を大事にする性格から人に好かれ、チームは瞬く間に大きくなっていきました」
「ほう! 特亜課に欲しい人材だな!」
マイペースに話す男に泥谷は嫌そうに睨みつける。
既に名前を忘れた英雄は何か元気な奴だなという印象として“元気男”と脳内で呼ぶ事にした。
英雄の脳内失礼などつゆ知らず、泥谷は咳払いをして話を続ける。
「その後、一年程で“瑠狼弐”は日本最大の暴走族として名を馳せました。この辺は警察に所属する皆さんなら知ってると思います」
泥谷が全員に軽く一瞥して各々が頷いた。
「ですがその直後突如総長を引退、アマチュアボクシング界に電撃デビューしています。この辺は霧山さんがお詳しいとか…?」
伺う様な泥谷の言葉に視線は麗蘭に集まる。
しかし麗蘭はヘラっと英雄の方を向いた。
「んにゃ。ヒデちゃんの方が詳しいよ。何せ当事者だからね。ね、ヒデちゃん」
突然のキラーパスに英雄は顔をしかめて麗蘭を睨みつける。
しかし何のそのといった具合に麗蘭は口を細めてそっぽを向く。
あの口摘んで引っ張ってやろうか。
英雄は麗蘭に聞こえる様にため息をついた。
「………ケンシンは何か知らんが噂で聞いただか何だかでやたらと喧嘩吹っ掛けて来てたんだ……です」
嫌そうに話す英雄の口調から敬語が姿を隠していたのに気付き理穂と鳴海は睨みを効かせる。
英雄と横にいた麦、空悟だけは英雄の異変に気づいたが殆ど話した事のない人間達は気にも止めず質問をする。
「噂? 何だ? お前も元ヤンか何かか?」
背もたれに重心を預けながら真黒は首を傾げた。
しかし英雄は首を横に振る。
「いや、ボクシングやってたんス。一応それなりに名が通ってたモンで族の方でも噂になったらしい……です」
「へー」と何人かが頷く。
人によっては「そういえば見た事あるかも」と記憶を思い返し、また何人かは興味の薄い内容に取り敢えず首を縦に振ってみせた。
さっさと話を終わらせたい英雄は質問が来る前に話を続ける。
「まぁ素人に手ぇ出す訳にはいかねぇんだけどあんまししつこくて師匠にも「喧嘩の許可くれ」だとか言うもんで面倒くせぇから“ガキの揉め事”って事で麗蘭が適当に時間作ったんスよ」
ふと麗蘭の話を出して英雄は視線の方向を変えた。
傾いた視線と共に鳴海は呆れた声色で麗蘭を見る。
「麗蘭さん……警察が喧嘩を容認するな」
「アハハハハハ……ほら、子供の青春は大事にしないとねぇ……」
バツが悪そうに頭を掻く麗蘭。
やり返してやったぜと麗蘭にだけ分かる様に英雄は得意気に笑う。
少し悔しそうに麗蘭も頬を引き攣った。
「ほんで何でソイツがボクシング始めたん? 青春はやっぱ存在したとか?」
相も変わらず適当に発言しているのか、空悟は真横からケロリと質問する。
折角話を終わらせたかったのにと英雄は若干睨みながら答えた。
「その後も何度も来られたら面倒くせぇからボクシングやれって言ったんだよ。そしたら三日後くれぇに近くのジムに入ってた」
「行動力凄まじ過ぎやろ……」
拳心がボクシングを始めた理由は話し終えた為英雄は右手を泥谷に差し向けて話題の主導権を返す。
泥谷も意図を受け取り改めて咳払いをして話を再開した。
「えー……それから頼羽はアマチュアのボクシング界で相当名を馳せた様で、昨年はチャンピオンにもなりました」
「何故そんな凄い少年が再度転落してしまったんだ!?」
“元気男”は気になった事をそのまま声に出す。
泥谷も慣れた風に答えた。
「明確な理由は定かではありませんが……今年の春頃、頼羽の母親が“亜人案件”で死亡している様です。恐らくはその辺りが理由かと……」
「は?」
知らない事実に英雄は思わず言葉が漏れる。
拳心の母親。彼女には何度か会った事がある。
優しく気高い。ライバルの母でありながら尚も記憶に刻み込まれる彼女の事は忘れる筈もないのだーーー……。
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