瑠狼弐騒動

瑠狼弐騒動①

 「はぁ………はぁ……」

「はぁ……はぁ……」


 二人の少年は息絶え絶えに疲れを表す。

片や背を地につけ青空を仰ぎ片や膝に手を当てて汗を拭っていた。

空を仰ぐ少年は悔しそうに歯軋りをする。


「クソ! んでテメェが立っててこの俺が倒れてんだよ!」


 叫ぶ気力は残っていても立ち上がる体力はない。

何せつい先程までお互いに殴り合っていたのだから声を出すだけで喉に激痛が走る程だ。

最早その痛みも喉の痛みかすら分からないが。


「俺の方が強かったんだろ………これでもう……絡んでくるんじゃねぇぞ…」


 汗を拭って腫れた瞼を抑えながら少年は立ち上がった。

だがもう一人の少年に追いかける力はない。

ふと歩き出した少年の足が止まった。


「…………俺ァボクシングをやってんだ。だからこれ以上喧嘩吹っ掛けてくんな。今回のだって師匠に直接頼みやがって……」


 少年はギリギリ開く方の右目だけを向けて言う。


 「それでも喧嘩してぇってんならテメェもボクシングやれや。そしたらルールに則ってもっかいボコしてやる」


少年はそれだけを言ってのそのそと立ち去っていった。


「…………ボクシングか」






 疲れ目の頬に麗蘭は珈琲を差し出す。


「ハヅキちゃん寝てる? 夜更かしはお肌に悪いよ」

「おや、レイランさんか。どこの王子様かと思ったよ」


 画になる美形二人の会話はまるで演劇そのものだ。

だが会話の内容自体は二人にとってそのままの意味で、麗蘭は心配の言葉を葉月に向ける。

一見して揶揄い合っている様でちゃんと心配しているのは伝わる。

付き合いの長い二人だからこその会話だ。


「………酷い現場だろう? 訓練を受けていない人間が“亜人”と戦うとこういう事が起きてしまう……」


 遣る瀬無い気持ちで複雑な表情をする葉月は目前の現場から視線を外さない。

街には多大な被害が出て、簡単に復興できない深刻なダメージもあるかも知れない。

そして何より移動中の数名の若者達。

しかしそこにもう意思は介在しておらずただ欠損した肉体が全ての機能を停止させている。

時間が少し経ち腐臭を流すものもある。

まだ年端も行かない若者だ。

葉月は下唇を噛み締める。


「戦いたいという意思は分かる………だがこれじゃああまりにも………無謀だ…!」


 暴走族チーム“瑠狼弐”。多数の若者達が在籍する日本最大の暴走族だ。

しかし今はただの一介の暴走族ではない。

無許可で“亜人”を相手に戦闘を繰り返す民間の戦闘組織だ。

しかし当然武器など簡単なものしかない。訓練を積んでる者もいない。

そんな者達が人外の生物と戦いに出れば当然無事に済む筈もない。

確認できるだけでも既に数十人の死者が出ている。

そうなるともう無許可がどうとかそういう問題ではない。

もし指揮する人間がいるならそれは立派な自殺教唆だ。

 麗蘭は葉月に見えない所で拳を固く握る。

そして誰にも聞こえない声で絞り出す様に呟いた。


「…………ケンシン……どうしたんだ一体……」


 心に熱いモノを持って拳を握っていたかつての同士はまるで知らない人の様にただ悪名だけを響かせていた。








 「じゃあ昔ボクシングやってた時の奴なんやな? ほんで何でソイツが今“亜人”と戦っとんねん」


 英雄は下を向いたまま答える。


「さぁな。だが名前は同じだし元々ケンシンが作った暴走族が“瑠狼弐”だ。アイツはボクシング始めて族自体は引退したが……俺がいねぇ三年間は知らん」


 三年という月日。それはただの充電期間程度にしか考えていなかった。

だが知人の近況を聞き初めてその期間の長さを実感する。


「ともかくだ。今その“瑠狼弐”という暴走族の行いは国民に一層の危険と不安を仰ぐ事になる。恐らく族のメンバーと予想されているが死人も出ている。何よりーー…」

「“亜人”の存在が周知になりますね」


 鳴海の言葉に付け加えるように麦は口を開いた。


「なるほど…! 確かに今世間さん達は“亜人”やなく“亜獣”やと思ってんやもんな。情報規制を気にせん人らが暴れたら流石に隠せなくなんで…!」


 麦の言葉で英雄と空悟にとって盲点にあった考えが改めてインプットされる。

理解の速さに感心すると共にすぐに鳴海は三人を一瞥した。


 「そういう事だ。これ以上被害を出さない為にも早急に対応しなければならない。お前達も協力してくれ」

「はい!」


 鳴海の指示に手早く返事をして麦は立ち上がる。

だが英雄は下を向いたまま何かをずっと考えて立ち上がらない。

 空悟と鳴海は一瞬迷った。

ここで助け舟を出し英雄の思考を一時停止させる事が正解なのか。

今英雄の頭の中を理解してあげる事は三人にはできない。

なぜなら置かれている状況が違うからだ。

麦、空悟、鳴海からしたら現時点で頼羽拳心は無謀にも“亜人”に挑み続け協力者であろう者達を結果的に死に追いやっている自殺教唆の犯人だ。

仮に理由があったとしても決闘罪や暴力罪、公務執行妨害にも該当する。

その為あくまで捕らえる対象であり見つけ次第対処する相手でしかないのだ。

だが英雄は頼羽拳心を知っている。

どれほどの仲だったかは分からないが少なくともただの顔見知りという反応ではない。

そんな相手が危険を顧みずに徒党を組んで人外との戦いに興じている。

そんな事を聞いてすぐに動き出せる人間の方がよっぽどおかしいと言えるだろう。

そんな特殊な状況に置かれて今の英雄の頭の中は混乱の最中だ。

 何を言うべきか。

何も言わざるべきか。

 ある種重要参考人である以上適当な言葉で更なる混乱を招く訳にもいかない。

空悟と鳴海は逡巡した。

しかしその一瞬の静寂を破ったのは意外にも麦だった。


「渦巻くん。申し訳無いけど今貴方の思考の深さを付き合っている余裕はないわ」


 厳しい一言に英雄の顔が上がる。


「人命に被害が出てる。今貴方も私もやらなきゃいけない事は一つ。一刻も早く頼羽拳心を見つけて説得、及び拘束する事よ」


 的確に何をすべきかを伝える。それは一見して血も涙もない様な対応だ。

だが英雄は内面は感情的だが外殻は合理的な対応を望む。

氷上の元で仕事をした時も問答の時間をすぐさま聞き込み調査に使った。

麗蘭の元で吸血鬼を見つけ出した時も自分での推理の限界を早々に悟り麦の頭脳に頼ってきた。

英雄の行動の最初に必要なのは時間ではない。

まず何をすべきか。その的確な行動の答えなのだ。

短い付き合いながら麦はそれを頭で理解していた。

だからこそ英雄は迷わず立ち上がる事ができた。


 「…………取り敢えず見つけてからだよな」


 英雄の瞳に先程までの迷いはない。

あるのは確かな決意と行動する為の思考だけだ。


 「ほなみんなでヒデオくんのモトモダチ・・・・・に挨拶にいこうや!」


 空悟は英雄を肩を組むように抱き寄せる。

 鳴海は思った。

良いトリオじゃないかと。

合理的に常に前を突き進む者。誰かが迷えばその者に合わせた答えを導き出し思考を手助けする者。その二人の間を取り持ち空間を落ち着かせる者。

こうしてバランスを保ち合える仲間とは簡単には出会えない貴重な出逢いだ。

確かこれに相当する四字熟語がある。

“一期一会”。

 鳴海はフッと息をもらす様に笑った。


「まずは“組織犯罪対策部”にいる“水瀬さん”に会いにいく。そこに捜査一課長の真黒さん達も来てる筈だ。行くぞ」

「「はい!」」


 今度は三人の声が揃い一同は素早く特亜課本部を後にした。

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