肆之幕間「藍舘モーニングルーティン」
空悟は毎朝誰よりも早く起きて布団を丁寧に畳む。
ここで大事なのがなるべく手早く、且つ静かに畳む事だ。
ここで手間取ったり音を立ててしまうと幼い弟と妹達が起きてしまう。
慣れた手付きで布団を畳み素早い忍び足でキッチンに立った。
朝ごはんは多過ぎてはいけない。
それなりに元気がつき力が湧く、しかし多過ぎて残してしまわない量。難しいがやはりもう五年以上も続けていると流石に慣れてくるものだ。
パパパと主婦顔負けの手際で魚を焼き皿に並べていく。
しかし一番上の妹、
朝はパン派。一人だけ違うというのは大変だがまぁみんな可愛いのだから仕方ない。
「お兄ちゃんおはよ」
既に制服に袖を通した状態で莉鈴が席に座る。
いつも朝の準備をしていると起きてくる。実に時間に正確で良く出来た妹だ。
全く持って自分には勿体ない程に。
「ほらみんな起きい! 朝ごはん冷めてまうで!」
まだ幼い弟、妹達に空悟は強く言えない。
しかし莉鈴が代わりに叱る役を買って出てくれる。
任せてしまうのは申し訳ないが莉鈴が中学に上がった今年の初めに自ら言ってきた決意だ。
蔑ろにしたくない。
何より物凄く助かっているのは事実だ。
やはり一人だけでは回らない。全く世の母親には脱帽せざるを得ない。
毎朝母の写真を見てそう考えながら小さな疲れをため息で吐き出している。
「兄ちゃんおはよー!」
「お兄ちゃんおはよう〜」
「ん〜…にいにおはよう……」
莉鈴の声で目を覚ました弟妹達が次々と起きてくる。
上から
順番に壁際に並び置かれる父と母の写真に手を合わせて席につく。
「ほなみんなさっさと食べ! チテキ! アサギ! 友達来てまうで! コウマもバス来る前に食べなあかんで!」
大家族にとって食事は戦だ。
一人一つの魚とは別にテーブルの真ん中に置かれている昨晩の残りの肉じゃがを取り合う。
無くなれば終わりなのだから仕方ない。それが暗黙のルールなのだ。
前まではこの真ん中に全員分の魚が一尾だけだった。
中卒で働いていても稼げる額には限りがある。
どれだけ寝ずに働いても減ってくばかりでいつも目の下には隈が媚びれついて取れない。
それでもただ弟と妹の為にと身を粉にして働き続けた。
そんなある日、人形の様な顔立ちの男が訪ねてきた。
男は自らを紫村直登と名乗りニコリと笑った。
そしてあろう事か「君には特別な力がある」などと宣うものだからどう考えても怪しい。
しかし藁にも縋る思いで承諾した。
自分の命を賭してでもお金を稼がねばならない。
それが長男の役目なのだ。
空悟は家を出る順番の最後となった莉鈴に手を振る。
莉鈴も明るい笑顔で手を振り返す。
「いってきます。お兄ちゃん今日も気張りや!」
それだけ言って莉鈴はトタトタと忙しない走り方で家の前まで迎えに来た友達の下まで駆けていった。
空悟は一段落つく前に大きく息を吐く。
しかしため息をとは違う。
どちらかと言うと達成感から出るものだ。
毎朝の莉鈴のこの一言の為ならどんな時間にだって起きられる。
笑顔で食事を楽しんでくれるあの顔の為ならどんな物だって作ってみせる。
もう自分にはあの子達しかいないのだ。
絶対に護ってみせる。絶対に幸せにしてみせる。
空悟は部屋の端のほんの小さな自分の区画から服を取り出してドアに手を掛ける。
「ほな。いってきます」
ゆっくりと扉を閉めて空悟は仕事へと向かった。
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