仕事の後の縁の下の力持ち

仕事の後の縁の下の力持ち①

 街に潜伏していた吸血鬼、三好との戦いはテレビなら画面映えしてそうな程の派手な爆撃と共に終止符を打つた。

事後処理としては経年劣化によるガス管の爆発という事にしたらしい。

爆破とはまた便利なものだ。

 海川の手から放たれる心地良い光が収まり英雄は治療の終わりを確認した。


「あざす」

「あんま無茶すんなよ〜? 死んだら元も子もないんだからさ」


 ペシペシと怪我のあった箇所を叩く。

柔らかくて軽い雰囲気の海川は一見分かりづらいが心配してくれているのだろう。

英雄はペコリと一礼して医務室のドアに手を掛ける。

しかし扉を開け放ったのは英雄ではない力だった。


「ヒデちゃん! ありゃあどういう事だ! 説明しろい!」

「は?」


 凄まじい剣幕の麗蘭と空悟は何かに焦っている様にも驚いている様にも見える。

何があったかは知らないが麗蘭と空悟という人間の性質上多分真面目な話でもなさそうだ。

しかし英雄が何かを言う前に麗蘭と空悟は無理矢理腕を引っ張って走り出した。


「ええから来るんや!」

「あぁ?」


 若干の戸惑いと目一杯の面倒臭さの中英雄は廊下を連れられていった。







 連れられた部屋には麦と他に二人。

片方は鳴海と同年くらいの宝塚のトップスターの様な様相の背の高い女性。170cmある麗蘭より少し背の丈がありそうだ。

もう一人は正反対に背丈が小柄で麦と変わらないくらいの身長の同い年に見える少女。

どちらも端正な顔立ちをしていてここに麦と麗蘭までいるのだからそれはもうアイドル顔負けのハーレム空間と言える。

だというのに醸し出される雰囲気はどうにも恐ろしい威圧感。

まるで既に処遇の決まった裁判を受けているかの様な緊張感が走る。


「…………」


 何故か連れてきた麗蘭も何も言わずに後ろ手に扉を塞ぐ。

見た所この宝塚女優の様な女性が裁判長か。

流石の雰囲気に英雄も息を呑んだ。

そして裁判長の口がゆっくりと開かれる。


「………君が渦巻英雄くんだね。ハルからよく聞いているよ」


 女性にしては低いがその中に独特な美しさと女性らしさが共存する声色。

普通に聞けば中々の美声だがこの雰囲気のせいか余計に恐怖を感じる。


「……はい。そっス。ハル? 鳴海さんか……」


 確か鳴海の下の名前は春だった筈。

下の名前で呼ぶ程には親しい関係の間柄なのか。

次に何を言われるのか身構えていたその瞬間。

部屋の奥にあった扉が開かれ英雄は勢い良く視線を動かした。


「あ…………ウズマキくん」


 奥の扉から出てきたのは楠木。

どこか柔らかい雰囲気を出していて先日より垢抜けた印象がある。

といっても絵画の様に変わらない表情は健在だ。

雰囲気が変わったのだろう。

トテテと歩み寄る楠木に英雄も見える「オウ」と右手で挨拶をした。

見知った顔が現れたのだ。少し砕けた言い方だが挨拶自体は人としてあるべく文化だ。

しかし何故かそのタイミングで琴線に触れた。


「それは何だぁぁぁぁ! 渦巻英雄ぉお!」


 勢い良く立ち上がり宝塚女優は英雄に掴み寄る。

気づけば真後ろから麗蘭と空悟も異様な雰囲気を出している。

麦ともう一人の少女も立ち上がりこちらを見ていた。


「ちょ…ハァ!? 何だ何だ訳が分からん!」


 脊髄反射でそのまま思った事を口にした。

何故なら本当に訳が分からないから。


「落ち着くんだハヅキちゃん。まず被告人に状況を説明しようじゃないか」


 麗蘭の言葉でようやく行われるという状況説明よりも被告人扱いされている事の方が気になった。

だが麗蘭は冷たい瞳で英雄を睨み猶予無く詰め寄る。


「ヒデちゃん君さぁ………ミュウちゃんと何かあった?」

「は?」


 はてなを浮かべた。

説明というのは相手に分かる様にするものだ。

だが現在英雄の理解度は未だ0%更新中といったところだ。

 葉月は力強い指先で英雄の視線を楠木に向けさせた。


「あれを見ろぉ! 極悪人めぇ!」


 はたと英雄は楠木と目が合う。

何かと目を見つめていると楠木ははにかんだ様に不器用な笑みを浮かべて手を振った。

会ってたったの数日。しかし会ってすぐの時はまともに挨拶もままならかった楠木。

その楠木が不器用にも笑みを浮かべ手を振るとは。

実に微笑ましい事ではないだろうか。

 英雄はやはり意味が分からず大きめのはてなを浮かべて視線を戻す。


「それで? どういう事スか? ハヅキさん?」


 訳の分からない表情を浮かべる英雄に答えたのは真後ろで負の感情を全開でいた空悟だった。


「「どういう事スカ?」とちゃうぞボケコラァ!」


 流石に国内で広島弁と争う程に気迫のある方言だ。

かの空悟でも少し威圧感を感じる。


「あの“クールエンジェル”ことミユウちゃんが笑っとんねんぞ! 何をした言うてんねんワレコラァ!」


 そういえば楠木の紹介をする際麗蘭が「ハヅキちゃんとアタシのマスコット」と言っていた様な気がする。

つまりはマスコットが解釈違いといったところだろうか。

しかしそれなら葉月と麗蘭は分からなくもないが麦と空悟はまるで分からない。

もう一人の少女は三人が怒りを顕にした辺りで戸惑い始めたところを見ると巻き込まれた形だろうか。

何より空悟は楠木との付き合いは英雄と同じでほんの数日だ。

何故この剣幕で怒りをぶつけられるのだろうか。

改めてそう考えると少し腹が立ってきた英雄は軽くジャブをお見舞いした。


「ヒデブ!」


 まぁ空悟ならいいだろう。

 ふとまた楠木の方へ視線を向ける。

楠木は慣れない笑みを浮かべた。

そしてそれを見て改めて実感した。

短い付き合いながら変わった・・・・と感じるのだ。

想像もしがたいトラウマを抱えて長らく生きてきた楠木。それはきっと英雄の家族を失った悲しみとはまた違ったものだろう。

その日から笑わなくなったと麗蘭から聞いていた。

だが今楠木は精一杯に笑みを浮かべている。

人が人を変える瞬間というのは案外些細な事なのかも知れない。

何せ英雄としてはただのエゴだと思っていたからだ。

“傷ついて欲しくない”。“みんな無事でいて欲しい”。あれもそれも強烈な一人の人間のエゴだ。

だが少なくともその英雄のエゴは楠木の心にしかと刺さったのだろう。

 英雄はほんの少しだけ照れた様に頭をポリポリと掻いた。

そして一呼吸置く様に視線を葉月と麗蘭に戻した。

納得はいかないが怒られている理由は少し分かった。

だがその上でやはり分からない事がある。


「笑う様になったんなら良くねぇ? 寧ろ良い事だろ?」


 そうなのだ。楠木はトラウマを抱えながらも一歩踏み出した。

それ自体は祝福はすれど怒るのは違う筈。

英雄は改めて理解できない疑問をぶつけた。

しかし帰ってきた答えは聞いた上でも理解できないものだった。


 「……だろ」

「え?」


 ボソリと呟いた言葉に英雄は聞き返す。

すると葉月と麗蘭は声を重ねて叫んだ。


「「ミュウちゃんの成長の瞬間見たかっただろってのよぉおおお!」」

「………は?」


 英雄は本日最大のはてなを浮かべた。


「ミュウちゃんは何を聞いて笑う様になったのかな? ミュウちゃんの心を突き動かした最大の要因は何なのかな?」

「ミュウちゃんが最初に表情を動かしたのはいつなの? ミュウちゃんが最初に顔に表した感情は何だったの?」

「「見逃したのが悔しいんだよぉ…!」」


 まさかこれ程のとんでもないエゴを隠し持っていたとは。

というよりただの迷惑だ。

そのスタンスであれだけの剣幕で怒られていたとは流石に納得がいかない。

表情に不満が出ていると背後から聞き知った声で場は落ち着いた。


「ハヅキ。麗蘭さん。その辺にしとけ。流石に渦巻が気の毒だ」


 声の主は鳴海だった。

あれだけの大声で叫んでいれば廊下にも響く。

英雄を憂い状況回復に来てくれたのだろう。


「だってハルぅ……」


 甘える様に葉月は鳴海を見つめる。

鳴海は少し優しくため息をついた。


「ハァ…………楠木が笑う様になったのは良い事だろう。祝福してやれ」


 冷徹ながら優しさがあるのが鳴海の声色。

しかし今日はどこか優しさが多めな気がした。

そう感じたのも束の間。鳴海はいつもの雰囲気で英雄に視線を戻す。


「渦巻。それと緋色。これから二人は“警備部機動隊”と合流して仕事だ。緑々谷・・・。巻き込まれてないで二人の案内を頼む」


 緑々谷。そう呼ばれた少女は元気の良い返事で背筋を伸ばした。


「はい! どうも初めましてですね! わたし緑々谷 丸香ミドリガタニ マルカと言います! “中位七席”滝澤 蓮さんの補佐役をやらせてもらってます! 今日は警備部機動隊への案内役を任されて来ました! 以後宜しくお願いします!」


 的確な挨拶に的確な自己紹介。

随分若く見えるが補佐役を務めるだけあって流石に手慣れている。というより丁寧だ。

補足する様に鳴海は口を挟む。


「緑々谷は渦巻と緋色と同い年だ。まぁ数少ない同年代だから仲良くやってくれ」


 同い年での“中位補佐役”とは驚いた。

だがしかしそんな事よりも驚いしまった事実に気づき英雄は口にする。


「え? クウゴはタメじゃねぇの?」


 麦も同じく驚いたのか空悟に視線を預ける。

しかし相も変わらぬ軽い雰囲気で空悟は答えた。


「せやで。僕十八歳やねん。せやから二人より一個お兄さんやな」


 別に驚く事ではないのかも知れない。

特亜課という特殊な場所でそもそも同い年が何人もいる事自体が珍しいのだから。


「ほぉん………まぁ関係ねぇけど。気にしねぇし」

「それ僕が言うセリフ………ええけど」


 空悟と出逢ってからひと月近くは経った。

お互いの性格もあるが気を遣わずにいられる程には仲を深めたと思う。

同じく麦にも気を遣わずいて欲しいのか空悟は笑顔で視線を向けた。


「ムギちゃんも今まで通りでええで。まぁもう少し優しくてもええけど……」

「分かったわ今まで通りね」


 これも仲が深まったという事なのだろう。

 話が切れたのを確認して鳴海は話を再開する。


「まぁそういう訳だ。因みに“中位七席”の滝澤さんは時間に厳しい方だ。急いだ方がいいぞ」


 珍しく急かす言い回しの鳴海の言葉に信憑性を感じて英雄と麦は顔を見合わせる。

視界の端にいた緑々谷も小気味良く頷いた事で英雄は急ぐと決めて空悟を見た。


「クウゴは? 今日は無しか?」


 短く分かりやすい質問。しかし答えたのは鳴海だった。


「家庭の事情だ。今日は仕事無いんだろ? 妹の」


 鳴海の言葉に空悟は驚いた様に目を丸くする。

鳴海は優しく笑った。


「ウチは危険な仕事だがホワイトワークを目指してる。まぁゆっくり休め」

「こらぁかなんなぁ・・・・・。何かで返さへんと」


 どういう内容の話かは分からない。

だが英雄も麦もそこを聞く事はしない。

聞けば答えてはくれる様な内容だろう。そこまで複雑そうでもないし何より空悟とはそういう男だ。

だが家族の大切さはよく知る二人。

家族の事情は本人の口で聞くまでは基本的にこちらから聞く様な野暮な真似はしたくない。

 英雄と麦は緑々谷に案内されるまま廊下を走らない程度の速度で駆けていった。






 「全く………後輩を揶揄うのも程々にしておけ」


 相手を気遣った優しい声音で鳴海は葉月に正す。

しかし葉月は悪戯な笑みを浮かべて歩きながら鳴海に肩を寄せた。


「いいじゃあないか。私だって話してみたかったんだ。それにミュウちゃんのあの笑顔は実に美しく全く持ってプライスレスさ」


 葉月は少し大袈裟に身振り手振りを加えて表現する。


「あの笑顔を上回る美しい光景にこれから先出会えるかどうか不安になるくらいさ…!」


 仰々しい言い回しはまるで主演の振る舞いだ。

しかしそれが絵になり、画になる。

美晴葉月というのはそういう女性だ。

だが鳴海は少し物憂げな表情で息を吐く。


「………渦巻は凄いな。自分の心に正直だ。だからきっと俺達が諦めていた人の繋がりを結び直す事が出来るんだろう………」


 頭に浮かぶのは氷上の事。

彼は人を信用していなかった。

それはきっと幼い頃から染み付いたトラウマに近しいものであり、他人が踏み込むべきでないと判断した。

だがそれは言い訳だ。

力だけを利用し操る為の建前でしかない。

それを渦巻英雄という少年は真正面からぶつかっている。

悪く言えば喧嘩腰。良く言えば自分に正直だ。

氷上も楠木も何が・・ではなく何かが・・・確かに変わったのだ。

 鳴海は再度小さく息を吐いた。


「………時にハル。暖かいカフェオレを飲みたくないかい?」

「うん? ああまぁここは少しクーラーも強くて寒いからな」


 葉月はニコリと雅に笑う。


「ではそこの自販機で買ってこよう。待ってる間に風に攫われないでおくれよ」

「攫われる訳ないだろう」


 揶揄うする様に悪戯な笑みを浮かべる。

鳴海はまた小さく息を吐いた。

だが今度は先程までとは少し違う。自分に呆れ、葉月への感謝を込めたため息だ。

頭の中で勝手に考えて勝手に落ち込んでいるのに気づいて気を遣ってくれたのだろう。

我が恋人・・ながら全く持ってスマートな対応だ。

 鳴海は一瞬だけ真面目な顔で空を眺めた。

ほんの一拍。そこで改めて決意を固めたのだ。

戦う若人達の為にも必ず“亜人”を絶滅させると。


 「おや、随分と真面目で美しい横顔だ。先刻の感動の風景がもう塗り替えられてしまったよ」

「ふっ…嘘くさいな」


 鳴海は差し出されたカフェオレを受け取る。


「私の感動の涙でカフェオレの味が変わっていないといいのだが」

「一滴もでていないだろうに」


 二人はクスクスとまるで子供の様に無邪気に笑った。

お互いに“上位”に位置する。

常に一緒にはいられない。

いつ死ぬかも分からない。

それでも、だからこそこの短く美しい時間が大切なのだ。


 「今日の美しい光景を忘れない様にしないとね……アチッ!」


 熱々のカフェオレが舌に触れて思わず葉月は歯で冷やす。

それを見て鳴海はクスクスと笑った。

少し照れた様に葉月も笑い返す。


「熱々のカフェオレを飲む度に今日の事をきっと思い出すだろうね」

「ああ。猫舌のキミの可愛らしい横顔もね」


 鳴海と葉月はゆっくりと冷めていくカフェオレを楽しみながら廊下を歩いて行くのだった。

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