仕事の後の縁の下の力持ち④

 機動隊での研修期間はおよそ一ヶ月程。

その殆どは非常時の為の訓練に費やされ、任務があれば飛んでいく。

英雄と麦、丸香の三人は機動隊であって機動隊ではない未成年の特亜課隊員。

本来機動隊が主とする出動には同行しない為、より一層訓練は時間を掛けて行われた。

身体強化トレーニングから始まり、特殊な状況を想定した実践型トレーニング。そして麦と丸香は武器を使う為、さらなる武器への理解と使用練度の強化といった具合の訓練となった。


 「これがムギの使う銃か」


 英雄は物珍しそうに少しメカメカしい銃を手に取って眺める。


「そう。弾数は最大七十発。ある程度はオートエイムも搭載していて何より計四種類の効果を持つ特殊弾に変換できるわ。確か名前は“WHEAT零式”っていうわ」


 思ったより語り手の口調で説明する麦。

案外気に入っているのか。


「ある程度使用前に要望も出せるけど基本的に個人の戦闘方法に合った完全専用の武器ね」


 えへんと少し得意気に話す様は少しだけ羨ましく感じた。

 英雄は“火焔腕”というバグの為当然の事ながら武器は使用しない。

しかしこれでも年頃の男子なのだ。

純粋にカッコイイとは思う。

そしてふと思い返すと空悟は脚に特殊な装甲を着けていた気がする。

今度見せて貰おうか。

 まじまじと英雄が武器を眺めていると後から来た丸香が麦の隣に座った。


「これわたしの使ってる武器だよ」


 丸香は差し出す様に英雄に見せつける。


「スナイパーライフル使うのか。こっちのハンドガンも併用してるのか?」


 丸香が持ってきたのは二つの型の違う銃。

一つは狙撃用のスナイパーライフル。スコープは付いておらず銃口が異常に長い。


「わたしは“千里眼”あるからスコープいらないんだ。だから代わりに銃口長くして威力と射程をあげてるんだって」


 もう一つの銃は手持ちサイズの小さなハンドガン。特徴的なのはやはりその小ささだろうか。

身体の小さな丸香が持っても掌にあと少しで納まりそうな程の大きさしか無い。


「こっちは接近された時用の銃だよ。わたしは別に身体能力とか上がってないからね。これで距離を保ったり直接急所を撃つの」


 丸香の言う通りバグによっては常人より身体能力が高い人間がいる。

先日一緒に仕事をした楠木も腕力、脚力共に常人ならざる力を持っていた。

かくいう英雄も人より身体能力、主に腕力面が上がっており空悟も神経の伝達速度、いわゆる反射神経が速いらしい。


 「けど小さい銃だからムギちゃんみたいに特殊弾とかはないんだよね。威力も若干弱め」


 特殊弾。という知らないワードに英雄は麦の方をはたと見る。

しかし反応は芳しくない。

もしや先程の会話の中に一度出ているワードだったのだろうか。

英雄は銃そのものに夢中で半分程聞いていなかった。


 「…………特殊弾っつーのはつまり何?」


 若干気まずそうに英雄は麦の顔色を伺う。

普段は適当で大雑把な所があるが女子には丁寧に対応する。麗蘭の教育の賜物だろう。


「………私の使用できる特殊弾は四種類。麻酔弾、加速弾、散布弾、麻痺弾の四つね」


 何とか話し始めてくれた様だ。

英雄は聞き入る様に少しだけは身を乗り出す。


「麻酔弾はその名の通り麻酔の弾よ。けど日本の法律上免許のない人、またはその同行者以外の麻酔の使用は禁止されてるからこれは特例時以外使わないわ」


 特亜課という秘匿な存在でもそこに縛られるのか。

英雄は日本のちょっとした息苦しさに眉をしかめた。


「加速弾は発射後大体二秒程でもう一度炸裂して弾速が加速する弾ね。多分一番威力が出る。散布弾は発射と同時に弾が散弾して四箇所に撃ち込む弾よ。まぁ平たく言うとショットガンみたいな感じ。近距離での命中率は高いけど威力は低めね」


 慣れた手付きで銃口を捻り弾を切り替えていく。


「そして最後が麻痺弾。通常のスタンガンの十倍程の威力があるものよ。相手が鬼や狼男といった強靭な肉体を持った“亜人”でも一発で動きを止められるし数発で昏倒させられるわ」


 実に実用性の高い弾だ。

だがそれでも完全に昏倒させるのに数発必要なのが“亜人”という事か。

 それぞれに特性があり、且つ四種類もある弾を一つのハンドガンに収めている事がそもそもとんでもない事だ。

何より頭が良く動きを素早い麦には合っている弾構成だろう。

それぞれの能力に合わせている専用の武器。

それこそが今“亜人”と戦う人間達の鍵なのかも知れない。


 「…………」


 英雄は嬉しそうにお互いの銃を見せ合う二人を呆けた顔で見た。


「………いいなぁ」


 聞こえない程度の小さな呟きは廊下を歩いていた鳴海以外誰の耳にも届く事なく消えていった。






 機動隊が特亜課で仕事としているのは事後処理と周辺の隔離。

隔離は基本的な捜査と同じく捜査一課も配置される為、機動隊は素早く一般人を避難させるのが役目だ。

その為事後処理の方がより重要視され、何より肉体労働で大変な仕事なのだ。


 「………ここで戦ったの誰だよ……」


 辺り一面瓦礫の山。と少しの焦げ付いた跡。

ギリギリ郊外であった為に人的被害は出ていないがだとしても相当な暴れ様だ。


「ぶっちゃけこないだの対吸血鬼のヒデオくんの戦闘後よりも楽だよ」


 若干の嫌味を込めた言葉で丸香は英雄に口撃する。

実際見た所瓦礫の山ではあるが消し飛んだりしている訳では無い。

前に楠木と共に戦った吸血鬼戦では英雄は巨大な爆撃の様な一撃を放った為ほぼ更地だった。

事実である以上中々困ったものだ。


「…………何もない方が逆に楽だろ。それに目で見える爆発の方が報告書は書きやすいって聞いたぜ」


 前に隊員の一人がそんな事を言っていたのを思い出した。

事後処理には当然対外的な報告をする為の報告書、いわゆる“言い訳用書類”がある。

そこにはなるべく一般的に起こりそうな事を記しニュースで世間の不安を煽らない様に心掛ける事が重要だ。

そんな時意外にも“爆発”というものは書類的に助かるというらしいのだ。

ガス管の経年劣化によるガス爆発。シンプルな整備不良によるガス爆発。自然的な水素爆発など、意外にも爆発は一般的に起こり得る事故であり、書類は非常に書きやすい。

だがそれは言い訳でしか無いと麦は睨みつける。


「一般人はただ動物が暴れてるとしか知らないのよ? 無理矢理押し通してるとはいえ被害は少ない方がいいに決まってるわ」


 麦の言葉に英雄は両手を少し水平に挙げて現場の惨状をアピールする。

書類が書きづらいよりマシと言いたいのだろうか。

意図が伝わり麦は更に怪訝な表情になった。


「ちょっと話を聞きなさ……」

「俺は壊さんぞ。渦巻」


 麦の怒りを抑える様に一歩前に出て鳴海が英雄と目を合わせる。


「書きやすければいいというのは方便だ。次の日も国民には普通の生活があるんだ。被害は少ないに越した事はない」


 自分で撒いた種だがどう見ても不利な状況になってきた。

というより若干説教滋味てきたと言える。

 状況打破の為に英雄は誤差で話を変えようと画策した。


「あー……そういや今回は鳴海さんの担当現場だったよな? にしては随分酷え惨状じゃね?」


 説教を嫌う見え見えの英雄の意図に鳴海は少し呆れた様にため息をつく。


「………ふぅ。まぁ今回は俺が到着する前に完了した任務だからな」


 鳴海は持っていた書類を英雄と麦、近くにいた丸香にも見える様に手渡した。


「今回は俺より現場に近かった“鷹匠”という男が先に討伐した。まぁコイツもお前と同じガス爆発常連・・・・・・だ」


 鳴海が幾つかの場所を指差す。

視線を向けると事実至る所に何かが燃えた跡があった。


「お前の様にバグでの攻撃じゃない分俺はアイツの方がタチが悪いと思ってる。一応“上位”の人間なんだがな……」


 呆れた顔で鳴海はため息をつく。

バグの力ではないという事は特亜課の持つ専用武器の力だろうか。

人それぞれ違うというのだから人の数だけ武器がある筈だ。

一体どんな武器だというのか。


 「壊してんのは殆ど“上位”の連中だろ鳴海ィ」


 ふと考え事をしていると既に聞き慣れ始めた耳通りのいい声で振り向く。


「滝澤さん。“上位”で纏めないで下さいよ」


 何となく仲の良さそうな鳴海と滝澤。

二人が仲が良いのか単純に滝澤が人に好かれているのかは分からないが少なくとも歳の離れているであろう二人には年齢の隔たりは感じなかった。


「それに“中位”にも氷上や麗蘭さんがいるでしょう」

「氷上は海だしなァ……霧山は多分街の被害考えてねぇだろぉなァ」


 何をやっているんだあの女は。

流石に英雄も頭の中でツッコミをいれた。

 そんな英雄が身内の痴態を恥じていると鳴海と滝澤は真顔で英雄の顔を見てくる。


「ランキングにしたらお前も中々だがな」

「あぁ。“マサムネ”程じゃあねぇが相当被害デケェぞ」


 折角話を変えたのに再度飛び火してくるとは思わなんだ。

また知らない名前が出てきたがそいつは爆発による更地より酷い被害を出しているのか。

 バツが悪そうに英雄は口をイの字に引き伸ばす。


「……そんで今回もガス爆発にすんスか?」


 乱雑な敬語は不機嫌を表しているが少し微笑ましそうに鳴海は小さく笑った。

馬鹿にしているのではないが何となく気恥ずかしい心地で英雄は頭を掻く。

滝澤は少し意地の悪い鳴海を見えない所で小突いた。


「オメェちっと美晴に似てきたぞォ」

「それは困りましたね」


 小突かれたが美晴の名前が出て少し嬉しそうに笑う鳴海に滝澤は少し呆れた様にため息をつく。


「ったくオメェら四人・・はよぉ……」

「滝澤さん! 瓦礫の撤去作業終了です! それと、報告書は“落雷による自然発火の火事”でいいですか?」


 戦闘日は昨日。その日は雨が降っていたという。

爆発音に似た戦闘音が響いていたらしく、天候、騒音、結果的な焼け跡からしても妥当な判断だろう。

流石同い年といえど英雄達よりも長く特亜課にいる丸香だ。

処理が的確だ。


 「問題ねぇ。んじゃあテメェラァ! 最後完ッ璧に綺麗に掃除して切り上げんぞォ!」

「「はい!」」


 滝澤の軍隊ばりの号令に一斉の返事が返され隊員達は更に熱を入れる。


 「………渦巻くんサボってたでしょ?」


 上官との会話をサボりと言うならそうだろう。

終始バツが悪い英雄は黙々と掃除をした。






 それなりに長く感じた機動隊での研修期間が終わり、英雄と麦は特亜課本部で鳴海を待ち座っていた。


 「えぇ…女のコおんなら俺も行きたかったわぁ」


 会話ののっけから不純な空悟に英雄はため息をつく。

しかし何故か何となく安心感のある気がするのはやはり気の所為だろうか。


「お前は何してたんだ? このひと月くらいの間」


 一緒に仕事していたのは麦だけだった。

その間に空悟が何をしていたかは英雄も麦も特に聞かされていなかったのだ。


「あれやね。引っ越し。特亜課の寮に家族ごと引っ越してきてん。その諸々の作業やな」


 空悟の言う特亜課の寮というのは特亜課に所属している人間全員に必ず一部屋ずつ用意される部屋の事。

当然英雄と麦、それに鳴海や葉月なども寮で暮らしている。

ただ、必ず住まなければならない訳では無い為家族のいる人は普通に家で住んでる人もいるらしい。

事実殆どの人には寮でも会った事がない。

会うとすれば麗蘭や鳴海などで、滝澤や丸香は寮暮らしだが階が違うらしく気にしていなければすれ違う事も無かった。

そして最近まで空悟は寮暮らしはしていなかった。

普通に家族と家で暮らしているのだろうと思っていたがこっちに引っ越してくるとは中々思い切った案だなと思う。

と同時に若干の違和感も感じる。

これまでもし普通に家族と実家で暮らしていたのなら突然特亜課の寮に全員で引っ越す理由などない様にも感じるのだ。

少し話を聞いて考え込む英雄と麦を見て空悟は少しだけはにかんだ様に笑う。


「別に聞いてくれてええのに。すまんなぁ気ぃ使わせてもうて」


 空悟は一瞬だけ寂しげな表情をすると切り替える様にケロリと笑った。


「ウチ両親おらんねん。随分前に死んでもうてな。せやから金稼ぐ為に特亜課入ったんや。弟2の妹2で下に四人もおるしな」


 淡々と話す様でまるで肩の荷が下りた様な雰囲気も感じる。

“亜人”により家族を失った英雄と麦とは違った経緯。

しかしあるべきではない経験。

空悟もまた大切な人を失った一人なのだ。


「せやからムギちゃんの方はよう知らんけどヒデオくんみたいに“亜人”に何かされたとかそんな大層な理由はないねん。何かごめんな」


 どこか恥ずかしそう、というより自分を罰した様に言う空悟。

しかし英雄は不機嫌な面持ちですぐ様答えた。


「大層な理由があるから偉い訳じゃねぇだろ。弟や妹の為に稼ぐのだって立派な理由だ。勝手に自分を下げるんじゃねぇよ」


 真っ直ぐと気持ちを伝える英雄。

空悟としたはこの特亜課で金の為に戦うというのは不純に感じてならなかった。

しかし英雄は最早怒るかの様に空悟の負の感情を追い払ってきた。

敵わない。そう思って空悟は笑う。


「まぁ別に気にしてへんけどね! 俺こー見えてめっちゃ図太いし!」


 暗い雰囲気を飛ばす様な快活な笑顔で英雄と麦を見た。


「とりまあれやな。俺らが見てへん平和な世界を取り戻さなな」


 コロコロと表情を変える空悟は実にひょうきん的で自由だ。

しかしただ適当なだけの男でない事は分かっている。

三人は何となく目を合わせて笑い合ったのだった。


 「スマナイ遅れた。少し書類に手間取ってな」


 ドアノブが捻られ小気味良い音を立てて扉が開かれる。


「鳴海さん。珍しいっすね」


 少し申し訳無さそうな鳴海に英雄は珍しく遅刻した事を疑問でぶつけた。

すると鳴海はどこか嫌そうに答えた。


「いや……今日お前達を呼んだ理由の事で書類が凄くてな。そんな時にナミが「暇だ」と言ってハヅキを連れて行くものだからまぁ色々とな……」


 肉体的というより精神的に疲れてそうな鳴海に三人は心の中で手を合わせる。

鳴海は切り替える様に視線を向け直した。


「まず、今日呼んだ理由についてなんだが……お前達は“瑠狼弐ルロウニ”という暴走族を知っているか?」


 馴染みない暴走族の名前を聞かれて麦と空悟が首を傾げる。


「あまり暴走族や不良といった方面は知らないですね。母も家では仕事の事はあまり話さないので」

「俺も知らんなぁ。そっち方面の知り合いも特におらんし」


 知らないのだから当然不思議そうな顔で否定した。

しかし英雄だけは違う反応で鳴海の目を見つめる。


「知……ってる。“瑠狼弐”がどうしたんスか?」


 どこか慌てた様に聞く英雄の様子は尋常ではない。

知り合いだとしてもこれ程の表情をするだろうか。

いや違う。英雄がこの表情をしているのはここが特亜課だからか。

この特亜課で知り合いの話が出て安心できる内容の訳がない。

英雄の反応に何かを察した麦と空悟も鳴海を真っ直ぐと見つめる。

三人の真面目な雰囲気に鳴海はいつもの冷静な顔つきで答えた。


「最近特亜課以外に無許可で“亜人”と戦闘を行っている組織があると前に言ったな。それが“瑠狼弐”だ」


 予想外の情報に麦と空悟は驚きを隠せずに英雄の横顔を見る。

しかし英雄はその後の言葉を聞き逃す訳にはいかなかった。


「総長にして“亜人”との戦闘を取り仕切っている者の名は………頼羽 拳心ライバ ケンシン、この暴走族を作った初代総長だな。知ってるか?」


 聞きたかった様で聞きたくなかった名前。

英雄は眉をしかめ下唇を噛み締めながら言った。


「俺の………ボクシングのライバルだ……!」


 後に“瑠狼弐騒動”と呼ばれるこの事件は、英雄の特亜課としての人生に大きな影響を与える事件であり、英雄に始めて“正義”を意識させる事となる。

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