仕事の後の縁の下の力持ち③
素早い出動に素早い対応。
だがこの初動が遅れれば想定していない二次被害が出てしまう。
出動要請が出て機動隊隊員達は迅速な動きで現場に到着した。
そしてすぐに隊長である滝澤から指示が飛ぶ。
「まずは非常線を張れェ! 一般人を近づけさせるなァ!」
現在街中で出現している“亜人”は“口裂け女”と数体の犬型“亜人”。
対応しているのは鳴海だという。
「鳴海がやってんならそう時間は掛からねェ! 並行して後処理の準備もやんぞォ!」
英雄と麦も数日とはいえ機動隊の行う任務後処理の動きを学び訓練をした。
しかしそんなものは付け焼き刃としか言えないのだろう。
それ程に隊員達との経験の差は大きかった。
隊員達は瞬く間に非常線を張り市民の安全確認を終わらせ、戦闘中の特亜課隊員の邪魔にならない位置に配置した。
正に神業と言える迅速な対応速度。
英雄と麦は殆ど見てるだけでしか無かった。
しかし不思議と落ち込まない。
寧ろ尊敬を持って天晴と称したい。
すると近くにいた丸香に滝澤から指示が飛ぶ。
「マルカァ! 辺りに鳴海が打ち漏らした奴ァいねぇか見てくれェ!」
「はい!」
元気の良い返事と共に丸香は一度目を瞑り勢い良く開き直した。
(瞳が変わった?)
丸香の瞳はまるでスナイパーライフルのスコープの様な十字線の入った異質な瞳になった。
【
丸香は自分のバグを活かす為主な任務範囲である関東圏内は殆どの場所を見て回った。
最近では少しずつ関東から外側にも千里眼の範囲を広げている。
その為この付近のどこに何の“亜人”がいるのか。それが丸香には瞬時に分かるのだ。
「………付近にはいません! そして今鳴海さんが最後の“亜人”を討伐成功させました!」
丸香の状況確認に滝澤は少し嬉しそうに、且つ尊敬の眼差しで笑う。
「流石だなァ鳴海…!」
英雄と麦は指示に促されるまま鳴海の元へと向かった。
「ん? お前達か。そうか今は滝澤さんの所だったからな」
鳴海は汚れの付いた二刀の短剣を整備していた。
汚れと言っても“亜人”の体液は付着しない。
何故なら“亜人”は討伐した後跡形もなく消えてしまうという性質があるからだ。
ふと英雄は鳴海の整備する短剣というにはメカメカしく近未来的な武器に目がいく。
麦の持つ二丁の銃も同じ様に特殊な様相をしていた。
これも紫村の頭脳から創り上げたものだろうか。
バグそのもので戦う英雄は持たない装備だ。
麗蘭の様に自ら武器を精製する“構築バグ”を持つ者も同様に特亜課専用の武器は持たない。
見た所普通と違い何か特殊な効果でもあるのだろうか。
好奇心が勝り鳴海に質問しようとすると付近で発せられたそれなりの大声でかき消された。
「ああ! ユージン! こんなトコで何してるの!」
「ゲ…」
声の向かう方向へ目を向けるとそそくさと帰ろうとするリーゼントの男がいた。
体格は良く顔つきからして恐らく同年代。
しかし今時珍しい金髪リーゼントが目を引き本当に同年代かが不安になる。
と言いつつも英雄には昔馴染みの顔が一瞬だけ浮かんだ。
英雄が少年院にいた為今何をしているかは分からないが噂によるとボクシングを続けているらしい。
元暴走族だったその昔馴染みも“ユウジン”に負けない昭和な男だった。
そんな昔馴染みを彷彿とさせる時代遅れのヤンキーがつい先日耳にした“ユウジン”という男か。
“ユウジン”は気まずそうに立ち去ろうとするが直ぐ様前を取った滝澤に捕まった。
「テメェ野苺ォ! 挨拶もナシに帰るたァイイ度胸じゃあねぇかァ!」
最早公務員の持っていていいジャンルの迫力じゃない。
相対する“ユウジン”という男の見た目も相まって最早二次元の不良漫画を見ている様だ。
慌てた様に“ユウジン”は頭を何度も下げる。
「い、いやいや! 別に滝澤さんを無視して行こうって訳じゃあねぇんスよ! ただその今はちょっと急いでるというか……」
「何だ? お前また定期検診サボったのか?」
会話の流れで察したのか鳴海が“ユウジン”を問い詰める。
これ程の人数に周知される程この男は“定期検診”というモノをサボっているのか。
“ユウジン”は尚も慌てた様に訂正に力を入れた。
「いや、その、サボった訳じゃなくてあの…」
「ユージン」
呼び止める様に丸香は“ユウジン”の背中をペシペシと叩く。
「海川さんからまた伝言貰ったよ。次サボったら爪剥ぐってさ」
「ゲェ!」
青い顔をする“ユウジン”。
爪を剥ぐと海川が言っていたのは英雄達も聞いた。
しかしまさか本当に剥ぐ訳もないと思って聞いていた。
しかしあの男の反応を見るに本当にやるのだろうか。
未だまだ海川奈美という女性を詳しく知らないが中々強烈な所があるのかも知れない。
鳴海は書類を滝澤に渡して“ユウジン”を肘の内側でロックする様に抱えた。
「滝澤さん。これが今回の“口裂け女”の報告書です。俺はこの後このアホをナミの所へ連れて行くので」
「了解したァ……野苺ォ! 観念して行けェ!」
叫ぶ様に背中を無理矢理押し付ける滝澤に押し負け、“ユウジン”は連れられていった。
「すみません、その……あの人はいったい何したんですか?」
後処理作業中、流石に気になったのか麦は英雄にも聞こえる距離で滝澤に聞く。
滝澤は説明していなかった事を思い出し近くの瓦礫に腰を掛けた。
「お前らァ! 五分だけ休めェ! 水分補給だァ!」
麦が申し訳無さそうに何か言おうとすると滝澤は気にするなとでも言わんばかりに手で制して座り直した。
「……アイツァお前らの三ヶ月前くれぇに特亜課に入った奴でなぁ……名前は
“ユウジン”とは勇仁という名前の事だったのか。
流石に全員が友人なんて呼ぶ訳は無いと思っていたが。
英雄が頭の中で関係のない事を考えているなど当然知らずに滝澤は続ける。
「アイツァ両親を“亜人”に殺されててな。まぁここに入ってる奴ァ何かしら背負ってるもんだ。それ自体は珍しくはねぇ」
一瞬だけ、滝澤の表情が曇った様な気がした。
しかし途中で止める訳もなく話は続く。
「ただアイツの両親を殺した“亜人”はまだ見つかってなくてな……アイツはソイツを見つけたくて特亜課に入ったんだ……」
それはつまり、復讐を望んでいるという事だろう。
英雄は幸か不幸か既に復讐を終えてしまった。
今はただこれ以上同じ様な被害者を出さない為に戦っている。
麦の兄の仇も現場に辿り着いた特亜課隊員によって倒されていたと聞いた。
つまり二人に今仇敵はいないのだ。
だがそっちの方が珍しいのではと二人は考える。
特亜課という組織は随分と対応が手早い。
しかし日本全国を完璧に守るにはまだ人が少ない。
なればこそ殺された被害者の無念を完璧に果たす事など中々難しいのではないだろうか。
恐らく野苺もその一人だったのだろう。
英雄と麦は何と言えばいいかの言葉が出ず黙り込む。
すると終わったと思いきや滝澤は話を続けた。
「そこまでァいいんだ……あの鳴海だって最初は復讐から始めてるしな。だが野苺の問題はその後何だ……」
鳴海の意外な過去話に一瞬だけ意識がよぎるが聞く間もなく会話は続く。
「アイツのバグはなぁ……【
胃袋による栄養の100%吸収。それは知識の豊富な麦には凄さが分かる。
人間は食べた物を100%肉体に吸収して還元する事はできない。
しかしそれを可能にするという事は身体の栄養を食事のみで補う事ができるという事だ。
そしてただ100%なのではなく“
「アイツのバグはどんな物、例えば鉄やら木でも肉体に吸収して栄誉として還元できる。簡単に言うと鉄を食べ続けりゃあ肉体が鉄並みに硬くなるっつー事だ」
普通とは違う進化を遂げた先にあるのが“
常人の消化という原理を超越した力だと言える。
食べ続ければ強くなるという超人的な能力は一聞すると非常にシンプルで強い能力だ。
しかし話している滝澤の反応はどこか悔やんでいる様に見える。
「………反応的に……アイツが
単刀直入な聞き方で英雄は滝澤と目を合わせた。
滝澤もあまりに直球な質問にフッと息をもらす様に笑う。
だが滝澤の反応は待っていたものではなかった。
「いや、こっからは本人に聞いてくれ。俺から話す事でもねぇしなァ」
はぐらかしたのか、滝澤は本人の口から聞く事を促す。
「それにアイツとは出来りゃぁ仲良くなって欲しいしな。折角の同年代だしよ」
あと少しの所で話を切られ麦はもちゃりと顔をしかめた。
しかし英雄は膝に手を掛けて立ち上がる。
「まぁ確かにその方がフェアだな。自分で聞くッス」
前に氷上の時に言っていた“フェア”という拘りなのか。麦の考えなどお構いなしに英雄は会話を切り上げてしまった。
しかしここで「いや聞かせて下さい」などと宣う程子供ではない。
麦も諦める様に小さく息を吐き立ち上がった。
「じゃあ続きやりましょう。ありがとうございました」
「よっしゃあ! テメェラァ! 昼までに終わらせんぞォ!」
気合いを入れ直す様に滝澤は叫び怒号の様な返事と共に作業は再開された。
鉄を食べれば肌や骨が段々と鉄の様に硬くなる。
ブルーベリーや葡萄を食べれば目に良い成分は常人の何倍もの効果で身体に取り込まれ視力が上がっていく。
だが完全に消化するだけで無限に食べられる訳では無い。
食べ続けるのには限界があり満腹がある。
頑張っても時間が掛かってしまう。
先輩達は時間を掛けて強くなれと言った。
そうすればいずれ“亜人”に負けない肉体を手に入れられると。
だけどそれでは時間が掛かる。掛かり過ぎる。
もし明日父と母の仇に、あの憎き“天狗”に会ったとしたら?
今の俺は奴に勝てるだろうか。仇を討てるだろうか。
駄目だ勝てない。
このままじゃ倒せない。殺せない。
そんな時“完全消化腑”にもう一つ特性がある事に気づいた。
物体を完全に消化するこの胃袋は
この特性は強い。
お陰で頭に無かった選択肢を導き出し選び出す事ができた。
それは現在この世に存在する全ての生物の中で異端とされる存在。
最強の生物にして最悪の仇敵。
野苺勇仁は“亜人”を喰らう。
例えそれが人道に反していようとも。
例えそれが人類の仇である存在であっても。
例え自分の身体がゆっくりと“亜人”に蝕まれていようとも。
「………不味い」
聞き慣れない咀嚼音と力強い嚥下音が静かな部屋に飲み込まれて、消えていった。
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