ミユウの自由②

 「おー麗蘭ちゃん。賑やかなパトロールだなぁ」

「あら麗蘭ちゃん。今日はいつもよりももっと楽しそうなパトロールね」


 少し歩いただけで麗蘭は道行く人に声を掛けられる。

それも無関心や嫌悪ではない。

間違いなく友好の挨拶と言えるだろう。


「麗蘭姉ちゃん! また絵描いてよ!」


 話し掛けてくる年齢はバラバラでまるで街そのものに愛されているかの様だ。


「ハハハ。またにゃ」


 英雄はそれらを見て改めて長い付き合いながら仕事をしているところを見たのは初だなと思う。

麗蘭は歩きながらバッと振り返った。


「さてヒデちゃん、ミュウちゃんに空悟くん! 軽くこれからの説明をするよ」


 呼ばれた三人はしかと聞き耳を立てる。


「地域課で特亜課を兼任してるアタシの仕事は日常から“亜人”を探して処理する事。だからこーして毎日パトロールして異変がないか見てるのさ」


 日常に潜む“亜人”。ある意味海にいた人魚もそうだったと言える。

記録では人に隠れて過ごすという知能の高い“亜人”もいるとか麦だか金田が言っていた気がする。

しかし難しい話は右から左に受け流しているのであまり詳しく覚えていないのが渦巻英雄という男だ。

空悟もパッと見聞いてる風で聞き流す術を持ち合わせている。

既に鳴海や理穂から問題児新人という扱いを受けているコンビなのだ。

 適当に聞きながら歩いていると麗蘭は英雄と空悟に顔をのぞかせる。


「聞けよ? ヒデちゃん」


 流石に長い付き合いだ。

既にバレていたとは。

 麗蘭はくるりと反転してまた話し始めた。


「前にヒデちゃん達がいた乃亜くんのトコは多分二日くらいで終わったと思うんだけどさ。基本的に大体二週間くらいは一緒に仕事してもらうからね」

「あ? 長いな随分」


 気持ちがそのまま口に出る英雄は麗蘭に疑問をぶつける。


「あの子は“中位”の中じゃあぶっちぎりに強いからね。そもそも仕事が早すぎるんだよ」


 確かに事件を聞きつけて向かったら次の日には答えが出ていた。

海というある種閉鎖的な環境故かと思っていたが相当の解決速度だったのかも知れない。


「普通は原因調査も討伐ももっと時間掛かる事が基本なんだよ。あの子は特殊だね」


 麗蘭は立ち止まり小気味良い音で平手を鳴らした。


「まぁ! という訳で今日明日アタシと一緒にパトロールしたら今度は三人で回ってもらうよ!」

「ぇ゙! そうなん? 二日は厳しないですか?」


 嫌がる空悟に麗蘭は迷う事なく首を横に振る。


「人手不足だからね。範囲広げたい」


 理由はそれらしいが何となく個人の願望が込められた様な理論で空悟は言い包められた。

落ち込む空悟。無表情の楠木。

英雄はゆっくりと街を見渡した。

今日から一週間。良い思い出も嫌な思い出も両方あるこの街で仕事をする事となるのか。

英雄はパトロールの為に再度歩き始めた。






 都内、そ茶の湯女子大学付属高等学校。

国内でも有数の超難関女子高校として知られるこの学校には優秀であり将来を有望された女子高生達が集まる。

その二年二組の教室の窓際最後尾の席。

緋色麦は物憂げな表情でため息をついた。


「はぁ……何してんのかな……」


 兄と父の様な悲劇を起こさない為に特亜課に入った。

実際に所属してみて“亜人”による被害は今も増え続けている事を実感させられる毎日だ。

被害者を減らす為にもこれから訓練を積み強くならねばと決意も固めた。

だが現役の高校生という立場がある。

未成年での警察組織の所属は秘密裏であり対外的にはただのインターンだ。

公欠になる様に処理はされているが学問を疎かにする訳にはいかない。

そもそも特亜課への入隊の条件もそれだった。

現在学生の身の上で特亜課に所属している人間は麦を含めて五人。

その五人は全員学生とのある種の二足のわらじで所属しているのだ。

渦巻英雄と藍舘空悟は中卒らしく専属での所属だという。

五人の内の一人は“上位”に位置する位列だと聞いたので言い訳などできはしない。

麦はビッシリと書き込まれたノートを見る。

ぶっちゃけ勉強自体は嫌いではない。

新しい事を学ぶのは楽しいし一度学んだ事を復習するのも常に新たな発見があるとすら思う。

だがやはり遣る瀬無い気持ちがあるのだ。

こうしている間にも同期の二人は強くなっているのではないだろうか?

また一人と被害者が増えているのではないだろうか?

そんな事ばかり考えてしまう。

 麦は額を机に付けて突っ伏した。


「………せめて同じ事を話せる友人が欲しい………」


 共感し合えない同期二人を憂い、麦は窓の外を眺めたのだった。








 「クッソ暇やん」


 空悟はストレートに感情を表に出す。

空を見上げれば鈍い曇天。外れればいい予報程当たってしまうものか。

グダグダと空悟はまた瘴気を吐く。

パトロールという仕事中の為咎めるべきかとも思ったが英雄は小さくため息をついた。

何せ同意見だからだ。

麗蘭の元で地域課のパトロールを始めてもう一週間と少し経つ。

しかしながら未だ“亜人”の噂は一つとして聞かない。

基本的に特亜課が出動するのは“亜人”がいるであろうという半確信的な状況になってからだ。

しかし地域課には常にあらゆる噂や口コミが集まる。

そのどれが本当なのか定かではないものも多々ある。

そんな中時折流れてくる“亜人”の噂は例え些細な事でも見逃す訳にはいかないのだ。

その為地域課所属の麗蘭は案外スカ・・である事が多いという。


 「あらクウゴちゃん。今日も平和だねぇ」

「そやねぇ中村のおばあちゃん。午後雨らしいから気ぃつけてな」


 声を掛けられ滑らかに返す。

 空悟は分かりやすくため息をついた。


「まぁ平和なんはええねんけどね? このまんまじゃあ俺この街の人とただただ仲良くなって終わってまうで?」

「ダメじゃねぇじゃん」


 この空悟という男も中々不真面目でふざけた男だ。

しかし地域課には合っているのかも知れない。

ものの数日で顔と名前を覚えられ、今では林堂より声を掛けられている。

英雄には無い才能だ。

ふと英雄は楠木を見た。

この楠木という少女は中々クールであり英雄以上に人と関わらない。

一週間以上共に仕事しているが未だ業務連絡以外では会話すらした事がない程だ。

騒がしく無いのは英雄としても楽だが流石にクールが過ぎるのではないだろうかと疑問を持った。

その為丁度来てから一週間経った辺りだった頃、麗蘭に楠木の事を聞いてみる事にした。

楠木の話は想像以上。と言えるだろう。

この特亜課に入っている人間は殆どがすべからく“亜人”の被害を受け、何かを失って乗り越えて来ている者が多い。

英雄もそうだ。家族を皆失った。

そして楠木も両親を失ったという。

しかしその失い方というのが流石に驚愕した。

楠木はあの“血の雨の日”。両親と外に出ていたらしい。

そして三人で“血の雨”を浴びた。

“血の雨”を浴びてバグの力を手に入れる人間は稀だ。

殆どが抗体を持たず“亜人”と化してしまう。

そしてそれは楠木の両親も例外では無かった。

あの“血の雨の日”。当時二歳だった楠木は唯一抗体を持ちバグを得た。

だが両親は“亜人”と化し、二人共“狼男”“狼女”となってしまった。

そして幼い楠木は抵抗する事などできずに空腹の化身に襲われた。

だがそこで大きな神の間違いが起こってしまう。

それは楠木の覚醒したバグの力だ。

彼女のバグは【超速再生】。肉体が損傷した瞬間から再生する脅威の再生力を誇り、例え頭を撃たれても再生して元に戻る。再生だが再構築ではないので記憶も保持するというもの。

まだ感情を形成する段階の二歳の少女は死なない身体を得たのだ。

だが目の前には抵抗などさせてもらえない獣と化した両親。

楠木は殺され続けた。

その数は警察が助けに入るまでの時間から逆算しておよそ七千九百五十八回。

それだけの数、楠木は実の両親に殺され続け、再生し続けたのだ。

そしてその日から楠木は笑わなくなってしまったという。

 英雄はゆっくり天を見た。

虐待とは違う。両親も無念であった筈だ。

よもや想像する事すら難しい様な内容の話。

師匠に言われたからという理由だけで人と関わろうとする英雄でも何も感じない事はない。

だからといって何かができる訳でもないのが事実。

このモヤモヤを何と言うのだろうか。苛立ち?遣る瀬無さ?少し違う気がする。

 英雄が頭の中で逡巡しているとふと楠木が前方を指差した。


「誰か来る……」


 淡々と話す冷静な口調だがその声色に緊張感は込められていない。

英雄は慌てずに指先の方向へ目を向ける。

来ていたのはこの数日何度か交番に訪れている男だった。


「まぁた三好さんやん。どないしてん?」


三好ミヨシと空悟に呼ばれたこの男。

太っていると表現するよりも巨大に膨れ上がったマシュマロと表現する方が適切なこのふくよか・・・・な男性はここ数日麗蘭の交番に顔を出していた。

理由は「“化け物”が出た。助けてくれ」。

話を聞いた日、実際に家に行ってみたがどこにもおらず“亜人”の痕跡らしいモノすら見つからなかった。

麗蘭はこれを時折いるというただの嘘つきと判断した。

事実こういった“亜人”の噂を聞きつけて嘘をつく者は数人いる。

しかしそういった輩は大抵は一、二度あしらったら来なくなる。

しかしこの三好という男はそれから毎日の様に顔を出してきた。

最早業務妨害と言える程のレベルだ。

だが何度行っても異常は見当たらないのだ。

やはりただの嫌がらせ、または妄想症というやつか。

専門でない以上勝手な判断はできない。そう麗蘭は言っていた。

だが英雄は少しこの男に違和感を持っていた。

それは匂い。この三好という男からは微かながら血の匂いがするのだ。

英雄はボクサーとして天才的な才能を持ち合わせていた事もあり人より優れた身体機能を有する。

その為鼻にも多少の自信がある。

マスクを決して外さないのには理由があるのだろうか。しかし最近ではファッションや防寒具としても使われる。一概に疑えない。

英雄が黙って考えていると三好は一番前にいた空悟に叫んだ。


「あんたらが何もしねぇからとうとう妹のパンティが盗まれちまったよぉ! どうしてくれんだよぉ! このままじゃあ妹は引きこもりのままだぁ!」


 凄まじい剣幕で迫るマシュマロ。

しかしその内容に流石の空悟と口角を引き攣る。


「キショいなコイツ」


 英雄もストレートに気持ちをぶつけた。

だが三好は勢いを緩める事なく三人に叫ぶ。


「妹は部屋から出てきてくれねぇ! あの子はデリケートなんだよぉ! 女の人になら話すってんだ! 君だけ来てくれよ!」


 名指された楠木は何も言わずにじっと目を合わせているだけだ。

恐らく麦ならゴミを見る様な目で見つめていた事だろう。

この手の奴にはご褒美な気もするが。

長くなる事を察知した空悟が頑張って笑顔を保ったままその場を去ろうと口を回す。

口八丁手八丁とはこの事か。

言葉巧みに奮闘する空悟を横目にふと英雄と楠木は目が合った。

多分楠木は特に何も考えていない。

だが英雄はこれはチャンスだと思ったのだ。

そう、逃げるチャンスだ。


「……クスノキ。今の内に行こーぜ」


 ボソリと小声で後方を指差す英雄に楠木は首を傾げる。


「………いいの?」


 英雄は悪そうに口角を釣り上げた。


「いいんだよ。クウゴの努力を無駄にするな」


 ポカンと未だ理解が追いついて無い様子だが英雄は楠木の手を引いてバレない様にその場を後にした。


 「…………せやから何度も行ったけどおらんかったやないですか……ねぇヒデオくんも言うてな………」


 空悟の背後はもぬけの殻。

綺麗な住宅街の地平線だった。


「…………逃げてるやん!」

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