ミユウの自由

ミユウの自由①

 一九五八年、アメリカ合衆国にNASAが設立。

同年、アメリカ政府は秘密裏に豪邸を建築した。

その土地には所有者はおらず邸宅も無名義。

しかし設備は当時集められる全ての豪華絢爛な物が扱われていた。

その豪邸のある地域は後に“エリア51”と呼ばれ、その邸宅には“天使”が住んでいるという。






 大きく聞こえる様にため息をつく。

しかし隣で欠伸をかく男は全く見向きもせずにポリポリと頭を掻いている。

この渦巻英雄とかいう男は中々に非情な男だ。

真横で同期の男が座り込み大きくため息をついているというのに見向きもしない。

 空悟は再度聞こえる様にため息をついた。


「ハァ………なぁんで今日は男コンビやねん……ムギちゃんおらんの……?」


 ただでさえここから数日の間曇り空が続くと予報が出ている。気分も下がるものだ。

 ため息に続き空悟がブツブツと呟くも英雄は欠伸をかく。

するとクスクスと二人を見て笑いながら一人の女性が歩いてきた。


「ヒデちゃんさぁ、もうちょい愛想良くしなよ? 折角の同期なんだぞ?」


 英雄には聞き知った声の女性。麗蘭は二人の前に笑いながら立つ。


「めっちゃ綺麗なオネェさんやん! やったぁ! 今日もがんばろ!」


 実に現金な反応で空悟は諸手を挙げて立ち上がった。

やり返す様に英雄は聞こえる音でため息をつき麗蘭に向かい合う。


「今日はレイランなんだな?」


 英雄の端的な質問に麗蘭は明るく笑って頷いた。


「そそ。藍舘くんは初日に顔だけ見たかにゃ?霧山麗蘭だよ。宜しくどーぞ」

「どもども! 俺は藍舘空悟言います! ヒデオくんとは互いに親友と呼び合う仲です! どぞご贔屓に!」

「おい誰と誰がだ」


 どこの商人の挨拶だろうか。

露骨にテンションを上げる空悟はニコニコと麗蘭の手を握る。

しかし麗蘭はニコニコと明るく笑いながら綺麗に手を離した。

何だか慣れてそうな対応だ。


「今日は麦ちゃんが学校だからね。二人はアタシと一緒に地域課でオシゴトだ」


 サラリと告げられる事実に英雄は不思議と目を丸くする。


「あ? そうかアイツ女子高生か」


 そういえば初めて会った時に学生服着ていたなぁと英雄は記憶を思い起こした。

仕事の時は配布された戦闘服を着ている為年齢は雰囲気でしか定か出来ない。

実際先日の氷上は記憶の殆どが水着で上裸だった為年齢の判別が難しかった。

二十代中盤くらいだろうか。

木野は海上保安庁の制服を着ていたがやはり特亜課は服装には正式な指定はないらしい。

ドラマで想像する私服刑事というやつか。

鳴海はスーツで麗蘭は地域課の警官制服。

英雄はパーカー風の戦闘服を支給されていて、空悟はなぜだかスーツを支給されている様だ。

麦の話をそっちのけで考え事をしていると空悟は英雄に目線を与える。


「英雄くんも中卒やってんな。何でなん?」

「ネンショー帰りだから」


 愛想良く聞く空悟に愛想悪く英雄は答えた。

機嫌が悪いのではなくそういう性格なのだ。


「エグいわぁ……俺あれや、弟妹多いねん。家庭の事情ってやつ」


 真面目に話しているのかふざけているのか。

ふざけているなら中々火力の高い会話だ。

しかし牽制しあってる訳では無い二人はお互いの事情など聞かない。

氷上に話した時に少し英雄の身の上は空悟も聞いてるがそれでも詳しいところまで聞くのは不躾だ。

誰しも何か抱えてる。

そしてそれは赤の他人が掘り起こす様なものではない。

不思議と二人は互いに共通点の様なものを感じていた。


 「そんじゃあ行くかねキミタチ」


 会話が切れたタイミングで麗蘭が終了を促す。

二人は特に抵抗せず麗蘭の後を追った。






 見知った街並みに見知った人通り。

小さな街だ。そこまで人の移り変わりもないだろう。

英雄は毎朝仕事前に通っていた交番の前で足を止めた。

 この街は初めて“亜人”と戦いバグを行使した街だ。

忘れよう筈もない。

空悟も並ぶ様に英雄の横に立つ。


「どしたん? 知ってるとこなん?」


 伺う様な顔つきの空悟に英雄は素直に頷いた。


「ああ。少し前までこの辺りに住んでた」


 アンニュイな雰囲気を出す英雄。

しかし麗蘭は英雄の背中を力強く叩いた。


「そのとーり! つまりアタシの勤務先の交番よ」


 この街で色々思い出すのは仕方のない事だ。

それだけに色々と起こりすぎた。

だが渦巻く感情を放っておく訳にもいかない。

そういう時は背中を叩いて我に返してあげればいいだけだ。

 麗蘭はニッと明るく笑って二人を交番の中に押し込む。


「ほれほれ。入り給えよボーイズ達よ」


 明るく振る舞う麗蘭にはいつも救われる。

英雄は小さくため息をつき、ほんの少しだけ口角を上げて足を踏み入れた。






 中に入るとそこには男性と少女が一人ずついた。

男性は警官制服に袖を通している為この交番勤務の警官である事が分かる。

もう一人佇む少女は美麗という言葉が似合う。そんな印象だった。

まるで人形の様な透き通った肌に機械的な無表情。

高性能のロボットと言われても納得してしまう。

珍しい赤ピンクな髪色は絵画の中から飛び出したかの様な色だ。

 その少女はじっとこちらを見て静かに佇んだ。


「………この人らは?」


 英雄は後ろからヒョコリと顔を出す麗蘭に聞く。

すると麗蘭は軽快な足取りで交番内にいた二人の間に立ち肩に手を乗せた。


「紹介しよう! まずこっちのニイチャンがアタシの“補佐役”の林堂 巡リンドウ メグルだ! いつもアタシの自由の為にしわ寄せを受けている可哀想な男さ!」


 あんまりな紹介を受けた林堂は困った表情でため息をつく。


「ちゃんと紹介してくださいよ霧山さん……」

「なにおう? 合ってるだろ」


 相も変わらぬ適当な女だと英雄は腰に手を置いて息を吐く。

麗蘭を諦めたのか既に諦めているのか、林堂は一歩前に出て右手を差し出した。


「宜しく。俺は林堂巡。警視庁地域安全部、地域課所属でこの交番を霧山さんと一緒に担当してる。色々これから大変な事はあるだろうが一緒に頑張っていこう!」


 実に爽やかに挨拶した林堂につられて思わず英雄は握手を返してしまう。

幼い頃から鍛え続けて握力が六十キロ以上ある英雄は握手があまり好きではないのだ。

しかしその爽やかさには英雄も光に当てられる。

林堂は続けて空悟にも右手を出し握手を交わした。

あり得ない。これが麗蘭の“補佐役”だというのか。

英雄は分かりやすく麗蘭の顔をじっと見た。

付き合いの長い麗蘭も英雄の考えはすぐに読めた。


「失礼な事考えてるだろヒデちゃん」


 ジト目で返す麗蘭に英雄はそっぽを向いて意思を表示する。

二人の腐れ縁な反応に林堂は力強く英雄の手を握り直した。


「……君なら分かってくれると思う! この人の暴虐武人さを!」


 何と切実な言葉だろうか。

最早涙目に見えてきた。


「まぁ……頭おかしいしコイツ」


 失礼な言い回しで蔑む英雄。

被害者が二人では分が悪いと判断した麗蘭は素早くもう一人いた少女の後ろに回った。


「さ! メグちゃんの事はもうどうでもいいね! 次はこのミュウちゃんの紹介といこうかにゃ!」


 随分とあからさまな話題転換だが英雄と林堂からしたらよくある事だ。

男三人は“ミュウちゃん”という少女に向き合った。


「ミュウちゃん! 自己紹介ヨロシク」

「………楠木 自由クスノキ ミユウです」


 少女、楠木自由は一言名前を言ってまた黙り込む。

これほど雑な自己紹介は英雄以来ではなかろうか。

しかし楠木には雑という印象は無く、ただそれ以外に話すという発想が無いかの様な、そんな印象が見受けられた。

少し困った様な表情で麗蘭を空悟は見つめる。

すると楠木の肩に手を置いたまま麗蘭が代わりに紹介を始めた。


「この娘は楠木自由。アタシはミュウちゃんって呼んでる。ヒデちゃん達の半年前に入ったまだ特亜課なりたてほやほやのほぼ同期だよん」


 毎年入隊という訳では無い特亜課という組織。

当然決まった時期に入隊する訳ではないので同じ年にバラバラで入る事が殆どなのだ。

実は今年入った新人は英雄、麦、空悟と楠木に加えてもう一人だけいる。

異例の一年に五人入るという特殊な年代なのだ。

 麗蘭は少し加える様に続けた。


「ちょークールな娘だから頑張って仲良くしてね。アタシとハヅキちゃんのマスコットだから」


 相変わらず勝手に無茶苦茶な女だと英雄はため息をつく。

しかし師匠の教えである“一期一会”に基づいて折角の出会いをふいにする訳にもいかない。

英雄は楠木と林堂の前に立つ。


「渦巻英雄。どうぞよろしく」

「因みに俺は藍舘空悟言います。ミユウちゃんよろしく〜。あと麗蘭さんは俺の事もちゃん付けで呼んでほしいわぁ」


 英雄に続いて麗蘭に負けない自由さで空悟はケタケタと自己紹介を済ました。


「アタシがちゃん付けするのは可愛い奴だけだぜ空悟くん」

「俺霧山さんの中で可愛い枠だったんですか…?」


 この日、英雄は楠木自由と出会った。






 もしも大人に抵抗する力の無い幼い子供が、ある日突然不死身の再生力を手に入れて襲われ続けたらどうなるだろうか。

例えばその大人が凶暴性の高い“亜人”である狼男などだったらどうだろう。

狼男の行動理念は無限の食欲だ。

目の前に新鮮で抵抗をしない肉が永遠に再生し続けて存在する。

恐らく狼男は再生に限界が来ない限り幼い肉を喰らい続けるだろう。

だがその子供は死ぬ事ができない。

それはきっと地獄そのものだろう。

しかももしその大人が身内だったらどうだろうか。

同じ瞬間に“血の雨”を浴び、狼男になってしまった両親だったらどうなるだろうか。

きっとその子供は二度と笑う事はできないのではないだろうか。

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