海を愛する者
海を愛する者①
午前三時。未確認の飛行物体を観測。
飛行物体は山奥に落下。飛行時の状態から見て墜落、及び不時着と予想される。
捜索メンバーを数人に絞り接触する任務を実行。
接触に成功。
飛行物体の中には気を失った少女が一人。
その少女には天使の様な羽が生えていた。
西暦一九〇〇年の事象。ここに記録。
簡素な部屋。とは言い難い多量の乱雑に置かれた書類が散乱する部屋。
恐らく今ついてるこの机や席も無理矢理スペースを作って簡易的に用意された物なのだろう。
事実既に机の脚が幾つか書類を踏んでいる。
換気の為に開け放たれた窓が無ければ数分いるだけで体調を訴える者が現れそうな、そんな不健康な部屋。
その壁際のホワイトボードの前で男は嬉々として高説を垂れる。
「という訳で君達の実際出会ったあの“亜人”というのは? まだまっったく全容は判然としていないまままなんだよ!」
何を嬉しそうにしているというのか。
この金田信輔という男は。
金田信輔。職業は元々精神科医をやっていたという。
人型や普通の動物の姿に近い生物を殺すという生業の為精神性に万が一異常をきたしたりしないよう雇ったらしい。
しかしこの金田という男。思っていた以上の変態だった。
“亜人”や“
精神科医である彼本人に精神性の危険が見えたがそれを抜きにしても良い程に彼は頭が良かった。
それまで分からなかった“亜人”それぞれの特性を次々に判明させた。
その為現在では世界亜人対策連合の保護観察という名目で特亜課に力を貸しているのだという。
最早聞くのが疲れる程話し続ける金田に鳴海はドア付近から物を投げつける。
「金田さん。もう“亜人”の事はいいからさっさとバグについて話してくれ」
乱雑な言い回しではないが乱雑な扱い。
金田は慣れた様に笑う。
「ハハハッ! スマナイ鳴海くん。つい熱くなってしまったよ!」
丸い眼鏡を掛けてボサボサの髪。恐らくは自分で切っているのか。そう思わざるを得ないズボラさ。
ちゃんとすればちゃんとしそうな顔つきなだけに少々勿体無くも感じる。
少し影を感じる大人の声色で金田は話を切り替えた。
「君達も悪かったね。じゃあ次は“
金田は話を始めた。
端的に“
というのもバグは人それぞれ違い、唯一無二の物だからだ。
その為その中で分かりやすく分類する為に大きく三種類に分けられている。
【構築バグ】。自らの肉体から物体を構築する事のできるバグ。基本的に構築できる種類はそれぞれ決まっており、麗蘭なら【構築バグ・銃】といった具合。想像力次第でスナイパー銃やガトリングガンといった複雑な構造も構築できる。最も多く確認されているバグ。
【身体バグ】。自身の肉体を強化する事のできるバグ。強化できる範囲や部位、方法はそれぞれ違い、例えば同じ脚のバグでも全く違うモノとなる。空悟の【快脚】や鳴海の【心響音】は身体バグ。
【異能バグ】。構築バグ、身体バグのどちらにも属さない。物質などを精製、操作できるバグ。最も希少価値が高く確認されている数が少ない。英雄の【火焔腕】や麦の【吸収】、海川の【治癒】などは異能バグに含まれる。
金田が嬉々として語り、英雄は拳をグッパと握り直す。
このバグという力は異様だ。
何せ腕から炎が出る。
その上これは希少価値が高いともいう。
英雄はふと気づいた事を金田にぶつける。
「……身体機能も少し変わるのか?」
待ちに待った質問だったのか。
それとも近い審美眼だと歓喜したのか。
金田は満面の笑みで英雄に前のめりに目を見合わせる。
「いい質問だね! その通りさ! このバグという力は自身の身体機能に変化をもたらすんだ!」
油断していた空悟にビシリと指を差した。
「例えば! 君の【快脚】! 人より疾く走る事のできる力だ! 元となっているのは周りの速度だがその本質は自身のスピードを上げる事にある!」
「え?おん」
空悟も空返事で答える。
だが金田の勢いは止まらない。
「だが本来そのスピードは人間には出す事のできないスピードだ! つまり人間の肺を含む内器官にそのスピードに耐えうる機能は本来無いはずなんだ!」
最早名指された空悟は首を傾げついていけていない。
しかし理解をできているのか麦は頷いて聞く。
「じゃあ藍舘くんの肺や心臓などの内器官は常人より速いスピードに耐えうる様に進化した……という事ですか?」
麦の発言に金田は血管が切れるのではという程の勢いで両手を広げた。
「そ! の! 通りさ! 恐らく渦巻英雄くんは常人より火などの高熱に強い肌になっているとも予測できる! 緋色麦くん! 君は素晴らしく賢いね! 合う! 合うよ審美眼が!」
質問をした人間である当の英雄は途中から聞いておらず天井のシミを数えていた。
何せ義務教育の途中から塀の中で生活していたのだ。
ただでさえ分からない事を細かく言われても一層分からない。
代わりに麦が目をつけられたが英雄は知らん顔で天井の二枚目のタイルのシミへと突入した。
麦としても実に興味深い内容の話だがそれにしても圧と熱量が凄すぎる。
これ程差があると流石についていくのは難しいというものだ。
暴走気味になった金田を見兼ねたのか単なる偶然か、鳴海が金田の前に入り三人の視線を独占する。
「そろそろ時間だな。三人にはこれからまた任務に行ってもらう。ついて来い」
飽き始めていた英雄と空悟はさっさと席を立って廊下に出た。
麦も更に目をつけられない様にそそくさと二人の後を追う。
「ああ……まだ話したい事沢山あるのに……」
散乱した書類の部屋の中、暴走気味の変態学者は一人ポツンと残ったのだった。
揺られる車は実に安全運転。
法定速度を守り道路交通法に基づいた走行方法を常とする。
鳴海は正しく優良ドライバーと言えるだろう。
だからちょっと眠くなっても仕方ないという事だ。
鋭い手刀が飛び、空悟は重い瞼を見開いた。
「ふんが!」
恐る恐る横の運転手を見ると二度見は決してできない表情の鳴海がハンドルに手をかける。
空悟はニヘラと笑って誤魔化した。
鳴海のため息から話が始まる。
「これから暫くの間お前達には“序列中位”の人間達に順番について仕事をしてもらう事になる」
“序列”。前に鳴海の自己紹介の時にも出た言葉に麦は首を傾げた。
「その…序列というのは?」
「ん? すまない。まだ話してなかったか」
そう言って鳴海は運転を乱す事なく淡々と説明を始めた。
“序列”。それは大きく“上位”“中位”“下位”の三つに分かれている特亜課の階級の事を言う。
入ったばかりの人間はすべからく“下位”に属し、英雄達も今はここにいる。
現在“上位”、“中位”は共に八人の人間がついていて、“上位”の人間は一人を除いて七人が刑事部に所属。
“中位”は八人それぞれが別の部署に属しており、特亜課は秘密裏の第二部署となっている。
麗蘭が所属しているのは交番勤務の地域安全部、地域課、といった様な形で成人済みの人間は全員警察組織で別の仕事もしているのだ。
数位が少ない数である程特亜課に貢献しており、且つ高い戦闘力を持っている。
「俺は上位の四席に位置する。麗蘭さんは中位の三席だな」
例として軽く挙がった名前に空悟の口元が引きつる。
「鳴海さんめっちゃ上の人やん……」
それとは別の方向で英雄も驚きで目を丸くしていた。
「レイランあいつ中位三席って……すげぇんだな……」
思い思いに感情を口に出す二人に答える様に鳴海も話す。
「まぁ、とはいっても上位三席の人は京都府警にいる人だからな。実質東京本庁の現場指揮は俺だ」
「え? 一席と二席の方は違うんですか?」
答えた事にすぐさま麦が質問で切り返す。
ちゃんと話を聞いている証拠だ。
鳴海はちゃんと答える。
「上位の一席と二席の二人は特例枠だ。その席に座っている理由も貢献度やら何やらは関係ない。ただ異常に強い。それが上の二人だ」
常人の十五倍の聴力を持ち、その場のあらゆる物音を正確に把握する鳴海。
何よりその立ち居振る舞いは強者のそれだった。
その鳴海ですら上から四人目だというのか。
英雄は味方ながら武者震いで肩を震わせた。
しかし麦は反対に怪訝な表情で空を眺める。
それだけ強い人達がいても増え続ける“亜人”にはまだ勝てていないのか、と。
車は砂浜近くの駐車場でその動きを止める。
「さて、お前らが付く中位の人間がここにいるぞ」
潮風が頬に優しく触れた。
人は嫌いだ。
すぐに嘘をつくし自分の罪を顧みない。
みんながやっているからと免罪符を持って暴れ回る。
何よりこの母なる海を汚す。穢す。涜す。
生物はみな海の子だ。
海無しに生き物は生きられない。
それなのに人は海を汚染する。
まるで自分達がこの星の王にでもなったかの様に。
もし唯一、人に感謝する事があるとすればこの俺を産んだ血の繋がった母のみ。
母よ。ありがとう。この俺を海に捨ててくれて。
お陰で俺は海を心の底から愛し、人を嫌う事ができるよ。
「帰れ」
会った瞬間から一言の拒絶。
実に合理的で排他的な言葉だ。
目つきからしても全く中々どうして嫌われているのがよく分かる。
だがこれで引くのは渦巻英雄ではない。
「あ? 行けと言われてここに来たんだ。帰れってのは何だよ」
当然喧嘩腰。ファイトウエストのベリジェラント。
一触触発なんて優しい言葉だ。
もういつ殴り合ってもおかしくない雰囲気を漂わせる。
無駄な諍いなどするだけ無駄だと考える麦はすぐに間を取り持とうと口を開いた。
しかしファーストコンタクトで飛び散る火花を収めたのは別の声だった。
「ちょっとノア! 折角来た子達にそんな態度取らないの!」
まるでクラスの委員長でも来たのかと思わせる面倒見のいいハキハキとした女性の声色。
雰囲気からもこの“ノア”という男とある程度以上の良好な関係が伺える。
「チッ…」
しかし“ノア”は英雄達に聞こえる様に舌を鳴らして踵を返した。
それだけで英雄はもう沸点ギリギリだったが空悟が口を挟む。
「いやぁ! 助かりましたわ! 来ていきなり何かよう分からん雰囲気で俺泣く寸前!」
強制的に感情の爆発を抑制するかの様に話題を逸らした。
人の感情は六秒以上長持ちしないと言う。
だったら無理矢理六秒経たせるまでだ。
空悟は視線と声で後からきた女性に意識を傾けさせる。
女性も明るく答えた。
「ごめんね! アイツ愛想悪い事しかないんだよ。けど悪人ではないからさ!」
女性は少し怒り気味の英雄と麦に右手を差し出す。
「私は
木野は明るく笑い、麦は握手を交わした。
「アイツの名前は
海岸から少し離れた所にポツンと建てられた平屋。
殆どを木材のみで造られ、今時珍しい完全な木造建築。
崖の近くに建てられ、なるべく自然を侵さない様に工夫されているのが見て分かる。
その上で麦はもう一つ気づいた。
この家にはプラスチック素材のものが無いのだ。
屋内にあるあらゆる物にも木材や紙製品が使用され、この場所だけまるでタイムスリップした様な感覚に陥る。
違和感を感じる麦は表情に感情が出ていたのか、木野は麦の顔を見てクスリと笑った。
「気づくとビックリするよね。これ全部アイツのこだわりなんだよね」
一瞬だけ愚痴なのかと思った。しかしその表情からそれは過ちだとすぐに気づく。
木野は優しく海を眺めてその中でポツンと波に身を委ねる氷上を見つめていた。
「…………あの氷上って人……どんな人なんスか?」
英雄は純粋に質問した。
何せ現時点で氷上という男は英雄達にとって初対面で「帰れ」という失礼な男だ。
あの鳴海が連絡を忘れているとも考えづらい。
案内だけしてさっさと帰ってしまった為に真意は分からないがそもそも連絡無しなら「帰れ」ではなく「誰だ」という筈だ。
つまりあの氷上は意図的に英雄達を排斥しようとした。
その後の木野への対応を見ても案外誰にでも粗相な態度を取っているのかも知れない。
それなのに木野は氷上に対して信頼以上の想いがある様に伺える。
それにここでどんな任務があるかはまだ何も分からない以上言われた通り真っ直ぐ帰るのは違う。
ただ単純に仕事をして帰るのも宜しくない。
昔師匠に言われた。
「人との出逢いは一期一会。蔑ろにしていい出逢いはない」と。
ほんの短い工事現場での仕事でも人に恵まれた。
ならばせめて氷上という男を知りたい。そう思ったのだ。
英雄の真っ直ぐな視線に木野は明るく笑う。
「うん。じゃあゆっくり説明してこーか!」
東京都、利島利島村。
その島は殆どが移住民であり、木野凛音は数少ない島生まれの娘だった。
彼女が生まれた日と同じ日、周りを断崖で囲まれる島のポツンとある砂浜で赤子の声が鳴り響いた。
幽霊だろうか。誰もが疑った。
そして声の元に行き誰もが目を疑った。
そこには生後間もないであろう小さな赤子が木箱で砂浜に置かれていたのだ。
だが何より驚くべき事はその木箱を囲む様に数体のイルカが鳴き声を鳴り響かせていたという異様な事実。
それはまるで赤子の居場所を教えるかの様に。
それはまるで赤子の誕生を祝っているかの様に。
イルカ達は鳴いていた。
大人達が恐る恐る近づくとイルカはピタリと鳴き止み、見守る様に抱きかかえられる赤子を眺めた。
島でこの赤子は奇跡の子と扱われ、“そのままでない、普通でない”という意味を込めて“乃亜”と名付けられた。
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