初任務と同期達③

 「ビッックリしたわー……英雄くんめっちゃ反射神経ええなぁ」


 目前に大きくそびえ立つ大樹。

そこにギリギリ届かない位置まで燃え放たれた焔。

英雄は拳を構える。

麦はすぐに腰元に隠していた銃を取り出して戦闘態勢に入った。

 油断していたつもりは無かった。

しかし自分は反応できずこの渦巻という男は反応してみせた。

麦は下唇を少し噛み締める。

反射神経という神経は無いという話を聞いた事がある。

では一体何を反射神経と呼んでいるのか。

それは神経の伝達速度の速さだ。

動物は視覚的には自分よりも速く動く物を捉える事ができている。

ただ視覚的に捉えた物を脳まで伝達する速度が追いつかず結果として反応する事ができない。

この神経の伝達速度の速さは優秀な格闘家や野球選手などが優れているという。

渦巻英雄。この男の事はまだ殆ど知らない。

何かスポーツをやっていたのか。何か格闘技をやっていたのか。

どんな風な生活をしてきたかまるで知らない。

唯一入隊の前に母から聞いた事前情報は一つ。


『渦巻英雄は既に二度の戦闘経験がある』


 たったそれだけだ。

ただ今一つ分かった事実はこの渦巻英雄という男は恐らく何かしら、格闘技か何かをやっていて戦闘慣れしている。

そう思った。

そう思わざるを得ない程の反射速度だったのだ。

 麦は改めて下唇を噛み締める。

大事なのは自分のいる場所を間違わない事。

自分は新人。この男は二回先輩。今は強い鳴海もいる。

麦は銃を構えて敵の次の動きを見極める事にした。


 「よし。この辺に人や野生動物はいない。好きに戦え。ただ周りの木々は燃やし過ぎるなよ渦巻」


 冷静に辺りを把握する鳴海。

彼の“不具合バグ”は【心響音シンキョウオン】。


「常人の約十五倍の聴力だ。察知感知は任せて好きに動け新人共」


 そう言って鳴海は背中に背負っていた大きめのアタッシュケースから二本の剣を出した。

剣というには機械的だがナイフというには少ししっかりとしている重量と長さ。

英雄や麗蘭の様に直接的に攻撃を与える、または与える事の出来る武器を創れるバグもあるがそうでない物もある。

そういった場合は鳴海や麦の様に本人に合った武器が生産、支給される。

それぞれが臨戦態勢に入り樹木子と相対す中、空悟はグッと力を込めて膝を曲げた。


「思ったより遅いんやな」


 一瞬の瞬き。その見開いた瞬間には空悟は樹木子の真横にいた。

それは人の目で追えるレベルのスピードではない。

木々を躱しながら空悟は英雄の横に並ぶ様に降り立った。


「やっぱし大木が元っぽいしあんま効かへんな」


 慣れているというより度胸がある。

しかしそもそもこの藍舘空悟という男の事は殆ど知らない。

英雄は視線をやらずに拳を構える。


「ああ。俺が決めるのが一番効きそうだ」


 英雄は再度両腕に焔を灯してみせた。




 渦巻英雄“不具合バグ”【火焔腕カエンワン】。

 腕から超高熱の炎を発火させ纏う事ができる。現時点で最高火力、温度は不明。




 藍舘空悟“不具合バグ”【快脚カイキャク】。

 辺りの物から速度を奪って自らの速度に変換する事ができる。自分の腕などの別の部位から速度を奪う事も可能。




 辺りには動く物が幾らでもある。

風、空気、木の葉、大地。

それらから少しずつの速さを貰う。

 空悟は再度超速で移動して樹木子の懐に飛び込んだ。


「二秒分や!」


 空悟の繰り出した蹴り上げは地に根を張る樹木子の身体を浮かす程の威力をみせた。

それに呼応する様に英雄は数歩で樹木子の目前に迫る。

ボクシングで学んだステップには未だ陰りはない。

しかし樹木子は辺りの木々を操り英雄を押し潰すつもりで叩き潰そうとする。

ふと英雄が構えを変えようとすると一つの幹に銃弾が二発飛び込む。

命中精度はさる事ながらそれよりも英雄が驚いたのはその弾を撃ち込んだ麦が既に英雄の横に並んでいた事だ。

英雄は天才ボクシング少年。でありながら努力もした。

自慢じゃないがそのステップには一家言を持っている。

しかしまさに今横に並び立ったこの緋色麦という女は英雄のステップそのもの・・・・・・・・・・・の動きをしてみせた。

 麦は英雄の驚きには目もくれず一瞬だけ樹木子の幹を一つ触れた。

すると樹木子はまるで動く機能そのものが無くなった・・・・・・・・・・・・・・かの様にピタリと動きを止めた。


「時間はそんなに保たない! やるならやりなさい!」


 麦は拳を握ったままでいる英雄に叫ぶ。

英雄は聞こえる様に舌を鳴らした。


「チッ。分かってるよ」


 燃え盛る火焔は英雄の右腕で纏まりその拳を英雄は思い切り振り抜く。

まるで爆撃そのものをぶつけている様だ。

樹木子は散り散りに灰となってその姿を消していった。




 緋色麦“不具合バグ”【吸収キュウシュウ】。

 触れた物から摩擦、動作、動力などの何かしらを吸収する。バグなどではない人間の動きの範疇なら見ただけで模倣もできる。






 「じゃあ一回模倣した動きを何度でも使える訳じゃあねぇんだな」

「ええ。基本は模倣・・ではなく吸収・・だから吸収したものを使用したら消える、という理屈かも知れないわね」

「んー…けどやっぱしよう分からん事も多いなぁ。まぁバグ自体分からん事だらけやからバグって言うんかもなぁ」


 初めての実施戦闘任務。

それはイレギュラー的に予定を変更されて行われた急務だったといえる。

だが中々どうして的確な動きをしてみせた。

毎年入る訳ではない新人。

いつどのタイミングで“血の雨”の記憶を思い出してバグを覚醒するかは紫村にすら予測がつかない。

それなのに今回は三人同時に入隊した。

異例だ。だが異例とは悪い事だけではない。

吉と出るか凶と出るか。

どちらにせよこの三人は何か・・の節目な気がするのだ。

 鳴海は三人を見据える。

すると視線を感じたのか麦が振り向いた。


「一つ疑問何ですけどいいですか?」


 鳴海は続きを促す様に首を縦に振る。


「十五年前の“血の雨”で“亜人”と“不具合バグ”を持つ人間が現れたのは理解してます。それに“不具合バグ”持ちと“亜人”とで人数に差があるのもわかっています」


 麦は間髪入れずに続けた。


「けどそれでも十五年も前に現れた“亜人”にしては数が多すぎませんか? “不具合バグ”を持つ人は多くないっていうのに」


 麦の質問は実に的確だった。

流石理穂さん、警視総監の娘だ。頭が良い。

 英雄と空悟も言われて気になったらしく黙って鳴海の答えを待った。

思っていたよりも早くきた質問に鳴海は一瞬だけ戸惑いをみせる。

しかしすぐに切り替えて三人に向き合った。


「“亜人病”と“不具合バグ”にはその見た目や精神性の変化以外に一つ大きな違いがある。」


 鳴海は続けた。


「“亜人病”は感染するんだ。接触感染、“亜人”に襲われても死なずに済んだ人間は抗体を持たない限り“亜人”となってしまう」


 淡々と語られる知らない事実。

しかし鳴海の話はまだ終わらない。


「だが“不具合バグ”は感染しない。あの十五年前に“血の雨”を浴びた人間のみに発現したモノなんだ」


 静かに丁寧に語られた話。故に英雄と空悟は真っ直ぐと話の内容を聞いただけだった。

しかし麦だけは表情を強張らせた。

その表情に英雄は首を傾げる。


「どうした?」


 麦は気づいた事実を頭で反復しながら英雄に答えた。


不具合バグを得たのが十五年前の“血の雨”を浴びた人間だけなら……その年に生まれた子供は今十五歳……」


 麦の少し言い淀んだ話し方で英雄と空悟にも察しがつく。


「特亜課は危険な仕事や言うし誰でも生き残れる訳とちゃう」

「そもそも特亜課に発見される事なく事故死や病死するケースだってあるだろ」


 三人は鳴海を見据えて、応える様に鳴海の口が動く。


「そうだ。“亜人”が今も増え続けているのに対して俺達は減る一方………俺達には時間が無いんだ」


 特亜課入隊当日。

英雄と麦と空悟には初日で教わる事のない様な話が淡々として告げられた。





 任務後、高尾山山中。

特亜課と密に連携を取る警備部と刑事部数人が後処理をしていた。


「………これどう報告します? 表向きのやつ」


 若い女性が近くにいた現場指揮の先輩に視線を向ける。

二人の前には作業する警備部とその無惨に燃えた自然だった場所。

英雄程の火力で攻撃すれば当然これ程の被害も出るだろう。

先輩の男性は表情を変えずにじっと見たまま答えた。


「あー……天然ガスの爆破……だなぁ……」

「前回の霧山三席の街中の“亜人”案件もガス菅の劣化とかじゃなかったでしたっけ?」

「いやねぇ……便利なんよ。ガス爆発」


 警備部は数人の刑事部と協力してせっせと事後処理を済ませていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る