初任務と同期達②

 「大変だねぇヒデちゃん達新人組は」


 視線は前。しかし意識は後ろに向ける。

特亜課本部の廊下の角。その反対側の壁際。

お互い長い付き合いだ。

わざわざ顔を出さなくてもいる事くらい分かる。

それは当然相手も同じ。

反対側の角の壁際に背を預ける女性。美晴 葉月ミハル ハヅキはまるで宝塚の王子役の様な端正な顔立ちできらびやかに笑う。


「まぁ上官がハルですから。」


 葉月の声色にはそよ風の様な優しさが込められていた。


「けど、君はそこがいいんだろ?ハヅキちゃん」


 悪戯な言い方で話す麗蘭に葉月は今度は優しく笑う。


「そうですね。けどハルは私には優しいんですよ?」

「ありゃま。想像つかないね」


 壁越しの会話。仲が悪いのではない。

ただお互い心配しているところが違うのを分かっているからだ。


「ヒデちゃん………もうこっち側・・・・なんだね」


 麗蘭の心配は常にただ一つ。英雄の事だけ。

あの日全てを失った英雄の最後の家族であると決めた。


「ええ。何故かみんな……そうなりますね」


 まるで答えているような言い回し。

しかし葉月の心配は英雄には向けられない。


「ハル………貴方の正義は間違っていないからね」


 麗蘭と葉月は暫くそのまま背を壁に預け続けていた。





 “亜人”とは。

人間と似て非なる伝説の生物である。姿は人間に近いながらも、人間と違った特徴を持つ生物であり、デミ・ヒューマン (demi-human) とも呼ばれる。学術的には、「異人」と表現される。

それはあくまで空想上の存在でしか無かった。

本で、映画で、夢の中で楽しむ絵空事。

それが十五年前突然に現実のモノとして現れる事となった。

“血の雨”と呼ばれる有史以来での節目となる出来事だ。

そんな世界中で確認されている“亜人”。

だが日本では目撃例がない。

というより無い事に規制されている・・・・・・・・・・・のだ。

それを可能としたのが“警視庁特別亜人対策課”の創始メンバーの一人、紫村直登の持つ異能。“不具合バグ”。

『生物の千倍頭が良い』という力。

実際のところは何倍なのかは分からない。

ただその脳の機能は地球上の生物では観測出来ない働きと知能を持つ。

彼の造り上げた様々な発明品や彼の口から出る施策は理解できる者はいないが現実として日本国内での完全な情報規制を可能としている。

それが英雄達一般人が“亜人”の存在を知らなかった理由だ。

では“不具合バグ”とは何か。

それはある種“亜人”と別の変化を遂げた力。

本来生物学における人種ヒトシュが向かわないであろう進化の形。

故にその“血の雨”を浴びて得られた異能の力を“世界亜人対策連合”は“不具合バグ”と名付けた。

  ーー以上、世界亜人対策連合記録外交担当メリッサ・リーマンの記録より。






 実に合理的な人だ。麦はそう思った。

予定の変わったという突然の実戦任務。

本来話すつもりだったであろう“亜人”と“不具合バグ”についてを移動中の書類で済ませる。

見方によっては雑とも取れかねない指導方法。

だがこれらは時間をかけない為には必要な手段とも言える。

麦としてもこういった的確で無駄のないシステムの方が好みだ。

 特亜課に入りこれから初の実戦任務に赴くという状況。できるだけ時間は精神統一に使いたい。

それなのに。

それだというのに。

 麦は自らの服装を見た。

黒を基調として色合い。トップスは和装の雰囲気で綺麗な漆黒の布を使用している。

ボトムスは洋装のスカートで、和装と洋装の両方を掛け合わせている様はまるで二次創作の様で大正浪漫の様で実にイイ。

これはいわゆる戦闘用の制服というやつらしく、入る前にデザインを問われた。

お任せにすれば専用のデザイナーが戦闘服用の耐熱耐冷耐衝撃の特殊な布を使いデザインしてくれるが、ある程度要望を出す事もできると言われた。

基本的に警察組織に属している機関の為、基本の隊員達は警察の制服に袖を通す。

しかし麦達の様な未成年の隊員達や、八人いるという“序列上位”と呼ばれる人達は警察に属していない者も多い為、戦闘服に身を包むのだ。

なぜならこれは秘匿的で公的な任務。

“制服を着る”という事に意味があるとの事だ。

一人一人デザインが違うのはデザイナーの我儘だとも聞いたが実にイイ。

望んでいた様な可愛いデザインになった。

 麦は緩みかける口元をどうにか平に保つ。

折角集中したいというのにこの可愛い戦闘服が邪魔をする。

 全くけしから嬉しいものだ。

 麦はブンブンと自問自答で制服を眺めては頬を綻びさせた。

そしてそれを見た英雄は少し引いていた。


(…………コイツさっきから何やってんだ? 関わって平気なタイプだよな?)


 後部座席で意図せずできる溝。

助手席に座る空悟はそれを横目に的確に把握しながら楽しんでいた。

あと数分で、戦いに身を投じる子供達は年相応に感情を起伏させていたのだった。






 車が高速を降り、裏道に入る。

何となく目的地は近いのかと悟った。

すると鳴海はハンドルを小器用に持ち替えながら口を開く。


「もうすぐ着く。だがその前に聞いておきたい事がある。」


 少し遠回しで試される様な言葉遣い。

助手席の空悟はどうぞと言わんばかりに視線を鳴海に向ける。


「お前達にとって………“正義”とは何だ?」


 それはまるで哲学の問題だ。

答えなど無いと言えば答えなのか。

否、そんな質問をする様な男には見えない。

彼が求めている答えは何か。

少なくとも今英雄達にその答えは無かった。


「正義は………正義だろ?」

「正しい事………だと思います」

「よう分からんなぁ。深く考えた事無かったわ」


 思い思いにふわりとした答えを返す。

答えとは言えないだろう答えに鳴海は特に平静なまま言った。


「なら、暫く自分にとっての“正義”が分かるまでは俺の“正義”をお前達のモノとしろ」


 鳴海の“正義”とは。聞く前に鳴海は続ける。


「俺にとって“正義”とは『敵を明確に敵とし、悪を定める事』だ。」


 これはまたまるで哲学の問題の様だ。

しかし声色からしてもこの人は本気の思いだ。

何より鳴海が言う“自分の正義”とやらをまだ英雄達は持ち合わせない。

麦は頷く。


「分かりました。自分の中で“正義”の答えというものが正確になるまでは……鳴海さんの“正義”を己の糧とします」


 空悟もヘラっと答える。


「固い言い回しやなぁ。まぁ今は俺らみんな言ってる意味よう分かっとらんしそれでいきますわ」


 英雄もまた、理解までは及ばないが真っ直ぐと答えた。


「どちらにせよ“亜人”は敵だ。それは言われなくとも定めてるっスよ」


 “亜人”の元は人間だというのに? 喉まで出掛かった言葉をギリギリで塞き止める。

三人の出した同意に鳴海はハンドルをゆっくりときる。


「分かった。それなら問題ない。もう着くぞ」


 車は東京都の山へと向かっていった。






 現場は東京都八王子市に位置する高尾山。その山中。

ここ二日程の間登山やピクニックに来た人が数名行方不明になっているという。

行方不明者に共通点は薄く特定の条件の相手を狙ったタイプではないと思われる。

一般の警察では危険と判断され、特亜課にお呼びが掛かった。

 山の麓には立入禁止のテープが張られている。


「……質問いいスか?」


 立入禁止のテープを乗り越えて山に入る四人。

鳴海は英雄に耳を傾ける。

こちらに意識を向けているのを悟り、質問の許諾を判断して英雄は歩きながら聞いた。


「さっき着いた時に行ってた“特定の条件の相手を狙ったタイプ”ってのはどんなんがいるんスか?」


 気になっていた事への質問。

初の現場だというのに大した落ち着きようだ。

鳴海は進みながら答える。


「例えばだが、“吸血鬼”は若い女性を狙う傾向が強い。あとは海の“人魚”だな。こっちは男性が多い」


 “亜人”とはいわば神話上の怪物だ。

聞いた事のある名前が出る事にまだ違和感は拭えない。

しかしあまりに当然の様に話す鳴海を見るとそれが普通なのだろうと再確認できた。


「……じゃあここはどんなのがいるんスか? ある程度予想とかってついてるんスよね?」


 ズケズケと聞いていく英雄。

ここは既に山の中だ。

場合によっては今すぐ敵と出くわす可能性もある。

油断しているのか。それとも今は近くにいない・・・・・・・・と分かっているのか。

麦と空悟も静かに歩いて二人の会話に耳を傾ける。


「……“樹木子ジュボッコ”って聞いた事あるか?」


 聞いた事ないワードに英雄は首を傾げる。

しかしその隣を歩いていた空悟が代わりに答えた。


「樹木子ってあれやん? 戦場で血を吸うとか何とかいう木のバケモン。何か昔水木しげる先生の何かで見た気ぃするわ」

「人の血を吸って養分にしているから戦場の木々は常に生い茂っているという奴ね。確か近くに来た人間を木で纏わりついて襲う習性もあった筈」


 続く様に答える麦。


「あ? これ義務教育なのか?」


 英雄は何故か詳しい二人に首を傾げた。

そんな三人を見て鳴海は立ち止まる。


「その樹木子も“亜人”として確認されてる。来るぞ」


 合図の様で合図でない。突然の指示。

次の瞬間足元付近にあった木は盛り上がり英雄は間髪入れずに燃え盛る右腕を振り抜いた。

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