初任務と同期達

初任務と同期達①

 もし飛べないなら走ればいい。走れないのなら歩けばいい。

歩けないのであれば、這っていけばいい。何があっても前に進み続けなければならないのです

           

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア






 「はいカンリョー。もーいーよ」


 気怠そうな声でペシペシと肩を叩かれる。

やる気があるのかないのか分からないこの女性。

名前を海川 奈美ウミカワ ナミという。

一応この組織の・・・・・医療主任だ。

しかしあの致命傷と言える状態から傷も残さず完治させてくれたのだから改めて“バグ”という力は凄いものだ。

感心している様であり驚きを隠している様な態度で英雄は拳を数回開き閉じる。


「ありがとうございました」


 治してくれた事に軽く礼を口にすると海川もケロリと笑って応えた。


「お? ヒデちゃんも治療終わったねぇ? ほら行くよー」


 ノックも無しに不躾に開けられた扉から麗蘭が顔を出す。

しかし麗蘭が来ないと道もまともに分からないのは事実。

英雄は連れられる様に廊下に出た。





 この英雄がいる場所を組織・・と先述した通りここは一つの機関、組織として成り立っている場所である。

現在日本で最も大きく影響力のある組織だと言えるだろう。

昨夜英雄が初めて“バグ”を行使した後、血だらけで倒れ込んだ英雄と麗蘭は迅速にこの場所に運び込まれた。

誰もが知っている場所の見えない空間。

ここは日本の警察機関の総本山、警視庁東京本庁。その地下に広がる秘密裏の部署。

名を“警視庁特別亜人対策課”通称“特亜課”という。

ここではあの十五年前の“血の雨”から始まった亜人事件の全てを取り締まっている。

“亜人”の名称を“亜獣”として国内で情報規制をしたのもここだ。

警察内部でも秘密裏にされており“秘密結社”という言葉が似合いそうな場所だ。


 「それじゃ敵組織みたいじゃん」


 冗談を言う様に麗蘭はケタケタ笑う。

その様子を見て英雄は少しだけ安心した。

先程英雄が治療を終えるまで麗蘭はどこか酷く落ち込んでいる様に思えた。

しかし何となしにも調子は取り戻した様だ。

 ふと麗蘭が足を止める。

英雄はヒョコりと顔を出すように麗蘭の前にある扉の文字を見た。

“本部長室”。

その名称だけで何の部屋か分かる。

実に主張の強い扉だ。

英雄は麗蘭の後を追う様に本部長室の扉をくぐった。





 中に入るとまず目に入ったのは気の強そうな女性。

毅然とした雰囲気で他の人間を寄せ付けない。

この人は確か少年刑務所内のニュースで見た事がある。

確か日本で初めて女性で警視庁警視総監になった女性だ。

そしてその傍らには煙草の代わりに飴を咥えている一見して軽薄そうな初老の男性が立っていた。

年齢的にも雰囲気的にも日本の組織ではそれなりに上な気がする。

そして最後に目に入り、且つ最も印象を残したのはその奥でニコリと笑う男性。

“儚げ”という言葉が似合う男は初めて見た。

しかしそう感じざるを得ない雰囲気で笑い掛けてくる。

年齢感覚がバグを起こす勢いだ。


「君が渦巻英雄くんか」


 英雄が一人一人の印象を頭で反復していると最初に目が合った警視総監の女性が声を掛けてきた。

英雄は素直に一回頷く。

すると女性は一瞬だけ寂しげな雰囲気を出して、すぐに切り替える様に泰然として話し始めた。


「まず初めに私の自己紹介からだ。私は現警視庁警視総監の緋色 理穂ヒイロ リホだ。直接的にこの特亜課を指揮している訳では無いが今後も関わる事は出てくる筈だ。以後宜しく頼む」


 男勝り。というよりは力強い。といった言葉が的確か。

理穂はどっしりと立ちはだかった。

しかしすぐにその後ろにいた儚げな男性が訂正するように前に出た。


「理穂さん。僕らはまだ彼に協力の有無を聞いていない。それを当然の様に特亜課に入ったていにしてはいけないよ」


 低い男性らしいとも言える声。

しかしどこか不思議な印象と異国の王子の様な様相の声色はなぜだか心を落ち着かせる。

儚げな男性は続けた。


「僕の名前は紫村 直登シムラ ナオト。この特別亜人対策課の特務長をしている者さ」


 丁寧に手を出され、英雄も応える様に手を握り返す。


「まず、君に一つの提案がある。君は昨夜自らの意志と力で“バグ”を開眼した。間違いないね?」


 英雄は端的に頷く。


「うん。ありがとう。そこでここからが提案……お願いとも言えるかな。君に頼みたい事があるんだ」


 丁寧に優しく話す紫村の言葉を英雄はじっと聞く。


「実は君の開眼した“バグ”を持っている人間っていうのはその実あまり人数がいないんだ。恥ずかしい話、常に人手不足という事さ。だから出来れば君にも………」

「やるよ。その為にここに来た」


 話の途中で遮る様に英雄は答えた。

あまりにシンプルで迷いなく答えた英雄に紫村も真面目な表情で聞き直す。


「本当にいいのかい? 僕らとしては助かるがこの戦いは命を落とす危険性もある。昨夜の君も死にかけた筈だ…………それでも、いいのかい?」


 声色から、態度から、表情から分かる。

この紫村という男は非常に優しいのだろう。

こちらを本気で心配してくれている。

だが英雄は何度聞かれようとも答えなど更々変える気はなかった。


「亜人は“悪”なんだろ? 俺の家族も奴らに殺された。これ以上俺と同じ被害者を出したくない。俺はやるぜ」


 真っ直ぐとした瞳。それを見ればこの齢十七歳の少年が自分の意志でここに立っている事が分かる。

そうなれば大人のおせっかいなど不要だ。

 紫村は優しく笑って英雄を見つめ直した。


「余計なお世話だったね。それでは改めて、僕は特別亜人対策課の特務長、紫村直登だ。よろしくね」

「ああ」


 英雄もただ真っ直ぐと答える。

話も終わりかと英雄が肩の力を抜こうとすると「ちょいちょい」と適当そうだが気品のありそうな声に振り向いた。


「終わりっぽい雰囲気で悪いんだがね。俺ぁ真黒 達流マグロ タツル。警視庁の捜査一課長だ。現場で時々お互い連携取る事になっからな。宜しく頼むぜ」


 捜査一課長。いわゆる刑事の花形とも言える捜査一課のトップといったところか。

英雄は頷いて手を握り返した。

さて今度こそ終わりかなと後ろにいる麗蘭に目を向けると顎で視線を戻される。

分かってはいましたよ。と話し始めた理穂の声に耳を傾けた。


「さて。これで君で三人目・・・となったか。次は先に挨拶を済ませた二人と会ってもらう」


 淡々と話した緋色だが英雄は首を傾げる。


「数が少ねぇんだろ? それとも今回が異常なのか?」


 当然の疑問を口にする英雄に紫村は優しく答えた。


「確かに一度に三人も入る事は今までにもなかったね。そうだね……“バグ”を持つ人と“亜人”の人数についても話しておかなきゃね」


 含みのある言い方をされたが説明はあるという事だろうか。

取り敢えずは次に向かうべきかと判断して英雄は扉に振り返る。

しかし目前で立ちはだかる理穂に行く手を阻まれた。

何事かと目を合わせるとその表情はどうやら穏やかではなかった。


「今日は入った当日だ。甘めに見逃してやる。だが次貴様の上司達にタメ口を聞いてみろ……後悔するぞ小僧…!」


 まるで軍の上官とでも接しているかの様な威圧感。

英雄は思わず息を呑む。


「後悔する………っていうのは?」

「貴様に本物の恐怖を教えてやろう」


 英雄は素直に「はいすみません」と頭を下げた。





 緋色 麦ヒイロ ムギは天才だった。

十歳の時初めて作ったプログラミングで母、理穂の追っていた犯人を追跡する事に成功した。

それだけではなく、麦は運動も得意だった。

バスケもサッカーもテニスも完璧にこなしてみせた。

出来ない事などない。

誰もがそう言ったし子供ながら自分でもそう思った。

だが母だけは褒めてはくれなかった。

テストで満点を取っても、スポーツで賞状を貰っても。

母だけはけして褒めてくれない。

そんな中、母と同様に忙しくする父よりも誰よりも味方でいてくれたのは兄、一夜イチヤだった。

兄は優しく、人に人気がある人が集まる男だった。

しかし両親とはうまくいってなかった様で家に帰って来ない事も度々あった。

しかしそれでも優しく褒めてくれる一夜の事が大好きだった。

だがある日、兄は警察に捕まった。

罪状は殺人。殺した相手は父だった。

父は見るも無惨な姿で発見され、その殺害方法には何かしら常人ではあり得ない要素が加わっているのではないかと思わせた。

麦はその時初めて二歳の時に兄と二人で“血の雨”を浴びていた事を知ったのだ。

兄は亜人にはならず、突然に“バグ”を目覚めさせた。

父と口論している時だったという。

本人も殺すつもりまではなかったのだろう。

麦はそう信じて兄が拘置所に入ったら会いに行こうと決めていた。

だがそれは叶わなかった。

兄は“バグ”の力を使って護送車を抜け出し、そしてその後たまたま遭遇した亜人に殺された。

何故不幸というのは立て続けに起こり得るのか。

麦は一日の間に父と兄を失ったのだ。

そしてなんの因果か、その日に麦は“バグ”の力に目覚めた。





 伝わる様に大きく舌打ちを鳴らす。

しかし麗蘭はケタケタと笑ったまま止める気はなかった。


「あはははは! いやぁ………理穂さんに初日からプレッシャー掛けられたの多分ヒデちゃんだけだよ…!」

「うっせぇ」


 流石にあれ程の威圧を放たれるとは思っていなかったのだ。

後から聞くと何でも元海兵隊員だというではないか。

納得の佇まいだった。

 いつまでもケタケタと笑われる状況に嫌気が差して少し苛ついた様にドアを開け放った。


「うお! 何やビックリしたわ」


 中に入ると言われていた通り二人待っていた。

扉の勢いに驚いたのはドア付近に立っていた同年代程の背の高い糸目の男。

口調に訛りがあるところを見るとこの特亜課という組織は全国的に人を集めているのだろうと分かる。

その奥にはこちらも同年代くらいの一人の女性。学校の制服を着ている為学生だろうか。

切れ長の気の強そうな瞳にあまり高くない身長。

しかし顔は端正で世間的には美麗の部類に入るだろう。

二人だけがいたところからこの二人が先刻理穂に言われた同期二人であると予想できた。

 英雄が不躾に先にいた二人を一瞥して観察していると先程驚いた様子を見せた糸目の男が一歩前に出る。


「同期になるんは三人て聞いてたし君が最後の一人やんなぁ」


 糸目の男は右手を差し出した。


「俺は藍舘 空悟アイカタ クウゴ。元々は大阪出身でこっち来ててん。趣味は一人で映画観る事やね。以後よろしくー」


 朗らかとした雰囲気の関西弁で話す男、空悟は優しく笑う。

英雄としてはあまり関わった事のないタイプの人間で少し戸惑った。

しかし出された手を引っ込ませるのは筋が通らない。

英雄は空悟の手を握り返した。


「俺は渦巻英雄だ。よろしく」


 挨拶は人としての基本であると師匠から常に叩き込まれた。

大切な事なんだよと。

 二人が握手を交わしているともう一人英雄より先にいた女性がいつの間にか近くまで来ていた。


「私は緋色麦。これから宜しく」


 キビキビとした口調だが可愛らしい声色。

しかし内容は実にシンプルだ。

英雄も麦も名前しか公開していない。

自己紹介として最低限の範囲。仲良くなる気が果たしてあるのかと傍から見ていた麗蘭はため息をつく。


「最低限の範囲での自己紹介は出来るようだな。関心だ。でなければ警察組織の一部での任務などこなせない」


 低い静かな声に三人はドアに目を向ける。

すると男性と比べても背の高い麗蘭より少し頭の位置が高い男性がスッと入口をくぐってきた。

端正な顔立ちで鋭い瞳。

冷静な出で立ちが印象的な男性。

彼は三人の前に立った。


「俺は鳴海 春ナルミ ハル。この特亜課では“序列上位四席”に位置する立場だ。まぁ平たく言うと割と上の方の地位でお前達の上司って事だ」


 分かりやすい説明だ。恐らく何人か部下を持ち育てて来た経験があるのだろう。

英雄はペコリと会釈をした。


「どうも」


 英雄が皮切りになったのか麦と空悟も頭を下げて挨拶を行う。


「よろしくですー」

「宜しくお願いします」


 三人からの挨拶を確認すると鳴海も丁寧に頭を下げた。

義務的に挨拶を終えると鳴海はすぐに親指で部屋の外に促す。


「本当はこの後“金田 信輔カネダ シンスケ”さんっていう“精神科医”と話してもらう予定だったんだが少々予定が変わった。これから現場に出る。準備してくれ」

「!」


 急な話に三人は驚きの表情を見せる。


「今回の新人担当はナルミくん何だね?相変わらず実戦重視なことだ」


 麗蘭の言葉に鳴海は表情を変えずに目を合わせた。


「この仕事は“戦う”のが仕事だ。実戦以上に学びの場所はない。何より与えられる程時間もないからな」

「にゃるほど」


 麗蘭はそれだけ聞くと英雄の肩に手を置いた。


「まぁ彼は実に優秀な人間だよ。まだ殆ど知識もない状態だが行ってみると分かる事もあるよ」


 驚いた表情に気を使ったのか。

英雄は麗蘭の瞳を見返す。


「今更実戦にビビらねぇよ。やれと言われりゃやるさ」


 その為にここに来た。そう言わんとする英雄の瞳に麗蘭は優しくと笑う。

すぐ後ろにいた麦と空悟も落ち着いた様子で鳴海に向き合った。


「実戦でも座学でもどちらでも平気です。私は“亜人”を絶滅させに来たのですから」

「まぁここにおんのに何も背負っとらん奴ぁおらんわなぁ」


 大した度胸だと鳴海は半分関心した。

しかしもう半分は懸念した。

これが最近の子供の感性なのか・・・・・・・・・・と。

頭を切り替える様に鳴海は外に目を向ける。


「じゃあ行くぞ。ついて来い」


 英雄、麦、空悟の三人は一歩踏み出した。

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