すくうもの 〜令和怪奇跡〜

ももすけ

第1部 黎明編

プロローグ① 夢

 目を覚ますと、そこは自分の部屋ではなかった。静かな夜の中にただ突っ立っていた。

 

「オレは……寝てたはずだぞ……?」

 

 部屋着のままポカンと口を開け、立ち尽くす少年――禅院ぜいんサトルはあまりにも唐突な異常事態に、とりあえず周囲を見渡した。


 街灯も民家も全く見当たらない。視界には木々に覆われた草原が広がるだけであり、満月が出ていなかったら、なにも見えない程の暗い夜であった。

 

「ただの夢だよな? いや、絶対そうだよなあ、うん」

 

 そう言い聞かせるも、その割には風が冷たく、ベッドで伸ばしきっていた裸足には生い茂る草の感触がくすぐったい。この事実はただの夢ではないというコトを身をもって理解できた。


 では、自分の触感はどうだろうか。頬をぎゅうっと引っ張ってみる。

 

「痛……くない」

 

 不思議そうに顔を傾げて、何ともない頰をさすりながら唸っていると、どこからか木々の葉を擦る音が聞こえてきた。その音は馬蹄と共に大きくなる。サトルは慌てて身を屈めた。

 

 戦場に無理矢理身を投げ入れられたような、真に迫る臨場感。やはり、これを夢というには無理がある。平凡な日常を過ごす高校生が恐怖するには充分であった。


 非日常の音の群れがすぐそこまで近づいたところで木々の中から突然、人間の形をした影がサトルの目の前に飛び出した。

 

「なんだよこれ……?」

 

 サトルは目を疑う。なぜならば、その影は人間とは違ったからだ。


 その姿はまるで童話などに登場する『鬼』そのものであった。色黒の肌に腰巻きだけの格好をしており、鋭い瞳には狂気を象徴するような赤を宿し、額から生えている二本のツノがそれを確固たるものとしていた。得物はなにもない。

 

 鬼は腰を抜かしているサトルが見えないようで、飛び出してきた向こうをニヤつきながら一点を見つめている。

 

「ああ、びっくりした……。あの鬼みたいなヤツは、馬に追いかけられているってコトか?」

 

 鬼から見えていないとわかるや否や、サトルは近くに寄り、まじまじと観察する。よくよく見れば、鬼の身体には所々斬られたような傷があるが、血痕がない。どこか異様だ。

 

 見えていないのをいい事に観察を続けていると、馬蹄の音は最高潮だと言わんばかりに激しく鳴り響いた。やがて、その音は鬼の視線の先へ出ると、ピタリと止み、互いに睨み合う。

 

「あのカッコ、まるで武士みたいだな……。武器はヘンだから違うかな」

 

 馬に騎乗している男は鎧を身につけてはいるが、その得物は珍妙なものだった。柄から先には鍔がなく、その刀身らしきものは薄く白い板がくっついているだけで、おおよそ刀とは言えない代物だった。


 彼もまた、鬼の隣に立っているサトルを認識せず、鬼に向かって喋った。

 

「汝のニヤケ面にはうんざりじゃ。そろそろ終わりにしよう」


「楽しんでいたのは、おまえのほうではないのか?」

 

「ハッ、ぬかせ」

 

 

「あの鬼、普通に話せるのかよ……」

 

 どうやら、武士の方もサトルが見えないようであった。武士は馬を降りてから一定の間合いをはかり、珍妙な刀を前に構えた。


 鬼の方はというと、腕をぶらりと下げ、戦意など見せる素振りもしなかった。しかし、眼光は依然として、武士を見据えている。

 

「終わりにしよう、悪鬼かるま。必殺の一撃、受けてみよ!」

 

「ああ、ここで終わりとは悲しいモノだ。……やってみろ、禅院真光ぜいんさねみつ

 


「あいつ今、禅院って――」

 

 サトルには禅院真光と呼ばれる自分の苗字と同じ武士が、夢で偶然見た他人とは思えなくなった。


 真光は刃を振り上げ、かるまと呼んだ鬼へと間を詰め斬りかかる……フリをした。瞬時に珍刀を下げると、腰に下げた脇差をかるまに投げた。

 

「ククッ、それでこそ!」

 

 かるまは身体を震わせ、錆色の瘴気を全身から吹かせる。それに触れた周りの草原は、瞬く間に枯れ果てた。


 果てたのは草だけではない。瘴気は切先を向けて飛んでくる脇差を包み、みるみる内に錆びた鉄クズと化した。

 

「ぬう、まだこれ程のチカラを!」


「慢心とはらしくないな、真光ッ!」

 

 真光が思いもよらないと言わんばかりに驚愕したその一瞬、かるまが放たれた矢の如き速さで奇襲をかける。巨躯に似つかぬ敏捷な動作だ。


 反応が遅れた真光は体を反らすコトしか出来ず、かるまは真光の顔の左半分をその凶爪で切り裂いた後、目にも止まらぬ速さで両腕を殴った。


 片目が失明し、両腕を潰されても、真光は立っていた。


 この一連の流れを傍観していたサトルは、現実離れした光景に愕然とする他なかった。


「……それが汝の限界か」

 

 最後の足掻きだったようで、かるまは前のめりに横たわっているが、不利な形勢であるにも関わらず余裕の態度を崩さずニヤリと笑った。それを見た真光は、痛みからか不穏さを感じてか、顔を歪めている。

 

「限界? 我は次に繋げたまでよ」

 

「バカを言え、汝に次など……」

 

 真光は左目を縦断した一条の傷口を負傷した腕では抑えられず、血は流れていく。

 

「おまえに呪いをかけた。今より後世へ連綿と続く、因縁の呪いをな」

 

「呪いだと?」

 

「おまえの血縁が続く限り、それを受け継ぐ者は『空妖くうように巡り逢う宿命』にあるのだ。狂った運命に振り回されたおまえのようにな」

 


「バカ言えよ呪いとか空妖とか……。いや空妖ってなんだ?」


 首を傾げるサトルに対して、真光は大きく目を見開き、かるまを見つめる。両腕に力を込めるも、ただ震えるだけ。落とした得物すら拾えない。

 

「これはおまえの罪だ。弱いせいだ。子孫に罪を贖わせる気分はどうだ?」

 

「……今すぐに呪いを解け!」

 

「そんなにイヤか。ならば視点を変えればいい。弱いおまえへの、我からの祝福とな」


「この……ッ、外道がッ!」

 

 とてつもなく巨大な怒りが暗闇にこだました。まるで修羅のような形相の真光は、一心不乱に蹴り抜く。怒りと力に任せて何度も蹴り続ける。


 しかし、かるまは不気味に笑う顔を痛みで歪めることはない。

 

「いや悪い、イジワルはやめようか。たしかにおまえは強いが、他のニンゲン脆くてかなわん。だから最高なんだ、おまえは! 不条理を押し付けても闘志を失わないのだからッ!」

 

 それどころか児戯感覚でこの状況を楽しんでおり、殴られながらも高らかに声を上げて笑う。その笑みは全てを見下すようであった。

 

「だが喜べ、おまえも休めるぞ。我の暇つぶしに長いコト付き合ってくれて感謝する」

 

「暇つぶしだと? 人々の営み破壊をするのが暇つぶしだと……?」

 

 かるまのポツリと発した一言に、真光の怒りは頂点を極めた。冷静さを取り戻すまでにあった。

 

「そうだとも、鬼の本能を全うして何が悪い。しかし、随分と傷つけられた。我はここで暫く寝るとしよう。……いいか、忘れるんじゃないぞ? それが禅院の罰だ」

 

「一方的に押し付ける罰など!」


「我に刃向かった罰だよ真光ゥ! おまえが我よりも強ければ、こうはならなかった!」


「……きっと、そうだ。それはもっともだ。耳が痛い」


 声が小さくなった真光に、かるまは笑うのをやめた。


「だが、わしの子孫がおまえを必ずや打ち倒す。おまえが言ったじゃろう、わしは強いと。……きっと、わしの子孫はもっと強い」


 双方ボロボロにも関わらず、かるまは一番の笑い声を上げた。


「悔し紛れだと思うか、かるま」


「やはり面白い……! 期待しているぞ、禅院のこれからにッ!」

 

 かるまはそれだけ言い残すと、胎児のように膝を折って体を丸め、眠りにつくと、身体が岩石と化した。比喩ではなく岩石そのものとなったのだ。

 

 暗闇の静寂が孤独を包んだ。

 

「……わしは愚か者じゃな。未来に呪いを押し付けるなど」

 

 力なくつぶやいて、真光は落とした得物を咥えて馬に跨り、この場を去って行った。

 

「……なんなんだ。これはマジにただの夢だよな?」

 

 禅院の因縁? 空妖? 呪い?


 呪いなんて、令和の時勢にありえない。ありえるワケがない。でも、もしかしたら――


 信じたくもないコトを何度も心配してしまう。不安を抱え、木々の中へ消えていく真光を呆然と見つめていた。

 

 すると突然、空から桜の花びらが降り注ぎ、夜を、サトルを包んでいく。

 

「うおぉ、吸い込まれる!」

 

 視界の全てを包む花びらは、腕を引っ張り行き先を案内するように体ごと持ち上げる。その中で、どこからか鳥の囀りが聞こえた気がした。






――そうだ。全ては産まれる以前から、これより歩む怪奇な道のりは定められていたんだ。

 

 これは『縁を巡る』物語。

 

 縁とは『つながり』。人とのつながりは尊ばれるものだが、別の解釈をすれば、産まれ持った切れない縁も、またつながった結果だ。

 

 このつながりは祝福か呪いか。いずれにせよ、それは自らの心が示すだけのコトだ――

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