第5話 スグルとケイ
次の日、学校から帰るとケイが話しかけてきた。
「お兄ちゃんと同じ学校に行きたいです。ちゃんと勉強します」
そう言った。
きっとまた、やらなくなるだろうとは思った。
でも、俺もケイと勉強だけの世界じゃなくて、もっと視野を広げようと思っていた。
「わかった。でもこれから俺は自分のことで忙しくなるから、今までみたいに付きっきりにはなれないよ。だから自分でもがんばってね」
「うん」
と言って、ケイはうなずいた。
♢♢♢
父とミサコさんには、ケイが受験勉強を続ける意思があることと、自分の塾を増やしたいということを伝えた。
二人とも了承して、それ以上何も言わなかった。
塾にいく日が増えて、”ケイのための帰宅時間”を気にせずに、友達とおしゃべりをしたりお店に寄ったりできるようになった。
自分で言うのもなんだが、俺は明るくなった。
塾の先生にケイの成績や勉強の仕方について相談すると、先生は快くアドバイスしてくれて、ケイへの指導へも余裕ができた。
ケイもちゃんと課題を済ますようになった。
俺の帰宅時間が遅くなってからは、ケイは一人でごはんを食べ、自分の家事をして、夜に勉強するという生活リズムになった。
自然と、平日は自学で、俺が勉強を教えるのは休日となった。
いいバランスだと思った。
それに、最近ケイはベタベタとくっついて来なくなった。
大人になったんだろう。
俺は、鬱々としていたこれまでが嘘のように、毎日が楽しくなった。
♢♢♢
ある日、リクが新しいおすすめの漫画があると言って、俺のアプリを開いた。
「あれ? 前に入れたこの漫画、気に入った? 冗談のつもりで入れたけど、現実の行動にはうつすなよ」
と、リクはにやにやしながら言った。
なんの話かわからなくて、画面を見る。
兄弟の恋愛ものの漫画だった。
性的な描写もある。
俺はこの漫画を読んでいない。
ケイが読んでいるのだ。
学習アプリをこのスマホに入れていて、使わせていたからきっとそうだ。
履歴を確認すると、かなり読み進めている。
たまたま開いたのではなさそうだった。
逆に、これが良かったのかもしれないと思った。
こんな漫画を入れている俺のことをキモいと思って、よそよそしいのだろう。
このまま距離をとられても、この調子なら受験はなんとかなる。
俺は自分をそう納得させた。
♢♢♢
帰宅してから、いつものように過ごして、いつものようにスマホを貸した。
アプリは消してない。
ケイが、それなりに性的な興味を持つのも仕方ないだろう。
見たくないものを見せつけてるわけじゃない。
わざわざアプリを開かなければ見れないのだから。
気を揉んだせいか、疲れたので早めにベッドに入った。
寝転びながら本を読んでいたが、いつの間にか眠ってしまった。
眠りの底から薄っすらと意識が戻ってきて、どことなく違和感を感じた。
目を覚ますと、ケイが俺にキスをしていた。
小さな口で、まるでパンか何かを食べるように唇をはんでくる。
たしかに、こんなシーンがあの漫画にあった。
当然、拒絶もできる。
が、拒絶されたケイはどんな気持ちになるだろう。
♢♢♢
「母さんと離婚することになった。親権は父さんにあるから、これからはこのまま二人で暮らすことになる」
あの日、急に父からそう言われた。
”どちらと一緒に住みたいか”なんて一度も聞かれてない。
俺は、母親に捨てられたんだ。
母がダンススクールに通い始めた頃、俺は部活の予定が無くなって、早目に家に帰った日があった。
玄関に、母と男物の見知らぬ靴があった。
リビングには誰もおらず、俺は父と母の寝室のドアの前まで行った。
案の定、ドアの向こうから母の喘ぎ声が聞こえた。
察しはついていたのに、どうして見て見ぬふりをして外に出なかったのか、今でもわからない。
不貞行為の離婚だ。
父親が親権をもってしかるべきだろう。
俺だって、勝手に人ん家に入り込んでヤッてるような男を父親にしたくない。
だから、いいんだ。
そう思ってた。
♢♢♢
「お兄ちゃん……俺を見捨てないで……」
目に涙をためたケイが、か細い声で言った。
それを聞いて、俺の中で、何がキレた。
俺が、あの母親と、同じことをしてるって言うのか?
俺は、いつだってお前のことを考えていたよ!
こんなに尽くしてきたじゃないか!
ちょっとくらい、遊んだっていいだろ!
俺は、あんな女とは、違う!
自分の快楽のために、家族を捨てるあんな女とは違うんだ!
ケイの頭を押さえて、ケイの唇を激しく吸った。
歯が当たって、舌が傷付きそうだった。
ケイは細い腕で俺にしがみついた。
相手が男でも、弟でも、体は興奮するんだと、初めて知った。
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