第3話 ケイとのケンカ
秋になった。
夏の模試が終わって、ケイは最初こそがんばっていたが、やはり小学生が勉強を継続するのは難しい。
徐々に、ケイは俺が用意した課題をやり切れなくなっていった。
「やる気が無いなら、やらなくていいんだよ。別に、学校の成績は悪くないんだから。公立なら困らないし」
俺は本当にそう思っていて、ケイに言った。
ケイは塾に行っていないから知らないが、本気で受かりたかったら俺が出す課題レベルなら普通にやらなきゃいけない。
同い年でもやってる子はやってる。
やれないなら、早く受験を諦めてほしい。
父さんとミサコさんは怒ったりしないよ。
「何事も経験派」な二人だから「今まで頑張ったことは無駄じゃないよ」とか言うに決まってる。
ケイはもじもじしながら、
「受験はやめたくないし、お兄ちゃんの中学に受かりたい……」
と、また殊勝なことを言う。
最近、何度もこんなやりとりをしている。
「だから、お前はわかってないんだよ。受験がどんなに大変か。本当はもっと遊びたいんだろ? それが普通だよ。それでいいんだよ。もし合格しても、そこで終わりじゃないんだから。入学してからもずっと勉強しなくちゃいけないんだから、勉強が嫌なら今辞めたほうがいいって」
受験は悪いことじゃない。
受験をがんばるのは確かに自分のためになる。
仲間にも励まされる。
自分でもできるようになるんだ、という自信がついた。
合格してからの中学校生活も楽しい。
でもそれは、自分が真剣にやらないとわかんないんだ。
「俺だって、本当はもっと友達と遊びたいよ。ケイのために遊びの誘いを断ってるんだ。ケイの受験なんだよ? 俺がどんなに準備したって、ケイがやらなきゃ意味ないじゃん。やるなら俺もがんばるけど、そうじゃないなら、もう辞めようよ」
思わず、ため息混じりに言ってしまった。
ケイはうつむいて黙る。
黙ってやりすごす。
俺が部屋を出ていく。
でも次の日にはなんとなくまた日常に戻る。
そんな繰り返しが続いていた。
「もう、疲れたよ……」
俺がそう言うと、ケイは泣き出した。
ボロボロと涙をこぼして。
でも、俺は何も感じない。
これも、いつものパターンだ。
なんで泣いているのかわからない。
がんばりもせず、辞める決断もしない。
俺に決めて欲しいんだろうか?
それくらいは自分で考えてほしい。
父やミサコさんに俺から頼めばいいかな、受験に向いてないから辞めさせよう、って。
きっと、俺の言葉を鵜呑みにして辞めるか、ケイが意地を張って続けると言えば、二人は改めて俺に頼んでくるだろう。
「受からなくてもいいから、面倒見てあげて」と。
俺は部屋を出た。
いつもならリビングに行くが、今日は家にも居たくなくて、公園に行った。
♢♢♢
ベンチに座っていると、偶然通りかかった塾友達のリクが声をかけてきた。
「何してんの? こんなところで」
リクは隣に座った。
「……弟とケンカして、家を出てきたんだ」
「兄貴が追い出されるってすごいな」
リクは笑った。
「夏期講習も受けてなかったし、忙しいの?」
「弟が中学受験するんだ。夏休みだと昼間に面倒みる人がいないから、子守兼、家庭内塾をやってたんだよ」
「小6?」
「小5」
「まだ小5なのに? まあ、でもそうか。俺も小5の夏期講習から塾行き始めたもんな。正直、塾なしで中学受験は無理だって。缶詰状態になるからやれるじゃん。みんなやってるから自分も……みたいな」
「あんまり親が合格にこだわってないから。落ちてもいいから、やれるだけやってみようって方針なんだ」
俺がそう言うと、リクは「えっ」と一言漏らした。
「……お前は志望校全合格の天才だからいいけど、俺みたいに滑り止めでなんとかした人間から言わせると、落ちるってやっぱ辛いよ。それも、行きたい学校に落ちるならまだいいんだ。そこまでじゃなかった学校に落ちるのが逆にショックだったよ」
「……そういうもんなのか」
「俺はもしかしたら、公立でも良かったかもしれない。やっぱり今の学校で頭のデキが違う奴ら見てると、場違いだったなって思う時もあるよ。だからって、そんなの入学前の小学生がわかることじゃないけどさ」
そうだ。
そもそも、受験は遊びじゃないんだ。
進路選択なんだ。
父とミサコさんにちゃんと話そう。
ケイに受験はかわいそうだって。
「良かったら、今からうち来ない? 夕飯まだならどっか食べに行こうよ」
リクとは昔よく遊んでいたが、ケイが来てからは疎遠になっていた。
ファミレスに向かって歩く。
塾意外で、夜に友達と出歩くのは久しぶりだった。
ケイのことが頭にチラつく。
家にはパンもあるし、ケイだってもう小5だ。
今日の夜くらい何とかなるだろう。
一応、父とミサコさんには、リクの家に行くことを連絡した。
ケイが心配なら、どちらかが早く帰ってくるだろう。
急に体が軽くなった気がした。
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