第五話 探しもの。4
あたしの沈黙を了承と受け取ったのか再び雨梨は口火を切った。
マジか……。マジかよ……!
くそう。新発見だ。
……後攻、難しいな!
今まで好んで先攻を取ってきたけれど、というか初心者吉川さんに対するあたしなりの配慮もあったけれど、後攻になってみて分かる。後攻のがむずいわ。
あたしに取っては。
流れが、出来てしまうのだ。
それまでの流れが。
カートゥーンアニメのときが分かりやすいか。あのとき吉川さんはあたしの展開させたお話の設定を引き継ぎ、そこに自分なりの色を加えて発展させてみせた。あのときあたしは何とも思っていなかったが、今なら分かる。
仕切り直して全く違う話をするより、その方がすんなり受け入れられる。話を横で聞いていて次話をする人物も準備がしやすいし、だいたいの方向性も決められる。
今までひとりでやっていたから気付かなかった。気付かなかったし、気付けなかった。
う~ん……。困ったことにあたしはたった今それに気付いたんであって、全く準備していなかったし、違う話を、いつもの勢い&アドリブでなんとかしようかな~と考えていたため、凄くやりにくいんだが。前回といい、フリが最悪だ。
そう、まさしくフリだ。
例えばの話――ここで全く違う話をする、ということも出来るんだろう。
だけどそれは場が温まった状態でやるべきであって、今のこの――見る人が見れば面白かった――みたいな状態でやるべきじゃないのだ。あたしはそれはそういうものだと割り切れるタチだし、多少Sっ気あるから、さっきの吉川さんと雨梨のやり取りは見ていて本当に凄い楽しめたんだけど……、
例えば――前の席のメガネさん――彼女なんかは顔が強張ってしまっているじゃないか。ありがたいことに(?)勉強の手を止めてこちらを見ていてくれたみたいだ。これはあたしの勝手な想像になるけれど――、メガネさんは状況を横からただ眺めているってことが出来ずに、吉川さんの心境にシンクロして見てしまっていたんじゃなかろうか。要は自分も責められているかのような気持ちになったわけだ。
教室居残り組をざっと見てみる。うん。やはり、二パターンに分かれている。にやにやして見ている者と、少しそわそわ、居心地の悪いような表情を浮かべている者とに。
……ここであたしが全く違った話をしたとしよう。すると、どうなる?
気にしなきゃいけないのは吉川さんやメガネさんみたいな人たちの気持ちだ。心に生まれたわだかまり、それが笑っていいのかどうか分からない……こういった気持ち・空気を放置したままで続けていると、一部の人だけが笑っていて他が笑っていない、いっても無理に笑っている、一種イジメみたいな空気が漂ってしまうことがある。気にし過ぎ、とも思われるかもしれないが、本当にあるのだ。気にし過ぎた方がいいくらいに。
あたし、アレ嫌いなんだ。本意じゃない。悪魔でも放課後の馬鹿話の一つとして終わらせたい。
……ひとつ、方法があるな。
あるにはある。
唯一といっていい方法が。
天丼。
そう。天丼だ。
いわゆる繰り返し芸。
同じボケを二度三度と繰り返し行うことによって、笑いを取る手法。相乗効果で新たに笑いが生まれることもあるし、つまらないギャグでも二度三度と繰り返し行うことによって、思わず笑ってしまうといった効果もある。失笑が本物の笑いへと変わる。バラエティ番組などで見たことある人も多いんじゃなかろうか。……今回の場合、思いの外面白くなっちゃった感あるからまるっきり滑ったとも言えないが。ともかく。
それをやればいい。
天丼をやればいい。
繰り返せばいい。
先程までの一連の流れを殺さずに済むし、もしあたしが活かして笑いへと昇華させることが出来れば、吉川さんやメガネさんの気持ちを和らげることも可能だろう。
――ああ、そういうものなんだ。そういう流れだったんだ。そういう流れにしたのか。
そう、納得させてしまえばいい。
問題は。
この場合の流れ、だ。
そう、まさしくフリだ。フリとして最悪だと思ったその意味。
今回の場合で天丼と言うと、今吉川さんがしたことをもう一度あたしが繰り返すことによって成立するのだと思う。つまり、有名作品をパロっておいて、それを絶妙に間違えることにより雨梨に鋭い指摘をされてしまう――そんな流れに持っていきたいわけだ。
有名作品――それは吉川さんの挙げた『砂の器』に近ければ近い程いい。しっくりくる。これが例えば『砂の器』から、最近のアニメ映画や邦画洋画にいってしまったら少々どころじゃない違和感がある。
なにより雨梨の好みから外れてしまって指摘を得られないのなら意味がない。
……出来るなら七〇年代の邦画……それも小説原作か。
被せるならそれがいい。
ここでイエティの時を思い出してみよう。
「具体的に言えば八甲田山に」
「なんで八甲田山……」
「雪中行軍と言えば八甲田山でしょ」
「女子中学生の知識じゃないような……」
UMA、絶滅動物、各地に散らばる逸話、伝説、ミステリ。ある程度、どんな話題でも精通しているだろう雨梨。
八甲田山を理解ってくれた時点で、七〇年代の邦画でさえもある程度は押さえているとみるべきだ。
『八甲田山』
新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』を原作とする一九七七年公開の映画。当時の日本映画歴代最高興行収入を記録。「天は我々を見放した」世代じゃなくとも、この台詞だけは聞いたことのある人多いんじゃないだろうか。
――七〇年代の邦画で小説原作。
――メジャーどころと言えばやっぱり……、
――小松左京か横溝正史か。
当時大ヒットを記録し、何度も何度もリメイクされていて、現代人のあたしらもある程度知っているというところは砂の器に近い――日本沈没か金田一耕助シリーズが妥当だろう。
うーん。でも。
小松左京の日本沈没はやりづらいなあ。災害ってテーマがまず茶化し難いし、『探し物はなんですか?』というお題に当て嵌めつつ、絶妙に間違えるとなると、どう当て嵌めてどう間違えていいやら……。SF=サイエンスフィクションっていうジャンルも、その難しさを増長させている。吉川さんのように天然で間違えることなど出来ないのだ。狙って間違えるのなら、ある程度それに精通していなければ。あたしは筒井康隆じゃない。
……殺人事件なら茶化していいのかというとそういうことでもないんだけど。まあ、でも犬神家及びスケキヨなんか散々茶化されているからありっちゃありだろう。
――それに、雨梨ってSFはそんな得意じゃなかったような。この前読んでいたのが、アシモフのわれはロボットって点も気にかかる。なんとなく初級感。
うう~っ! むずかしいっ!
通れる道が狭すぎる! 自由度高いのも考えものだけど、狭すぎても困るというもんだ! しかし――。
黒板に目をやった。そこには、
《戦績》
桜子△××
吉川△○×
の、文字がある。
あたしには未だ勝ち星ひとつ付いていない。ここらで……、ここらで、勝ち星のひとつも上げてみたい。あたしにだってプライドがあるのだ。胸はなくともプライドはあるのだ。なに言わせるんじゃ。
ここまで僅か一秒である。とはいえ黙考してばかりもいられまい。あたしは口を開く。
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