第五話 探しもの。3
雨梨が先を付いた。
「そ、そうでしたっけ? す、すいません間違えました。へ、へへっ」
気後れ気味ににやけて取り繕うように吉川さんは笑った。片手は後頭部へ当ててかきかき。まるでへまやってしまったサラリーマンである。
「方向ほぼ真逆じゃん。間違える要素ある?」
「……」
笑顔が固まった。
「そ、そうでしたっけ? す、すいません間違えました。へ、へへっ」
そしてまた取り繕うにように同じ台詞を吐いた。心なしかさっきより笑顔が固い。そういえば、常磐線の停車駅を雨梨が言ったとき、彼女、応えるのに変な間があったな。あそこで「いっけね、間違えた。いいや、そのままいっちゃえ」とでもなったか。
「常磐線から投げ捨てたもの品川から仙台までずぅーっと、ひたすら歩き続けて探すとか。探すのに何年掛けんだよっつぅーね。探してる間にモノが朽ちるわ」
「そ、そうでしたっけ? す、すいません間違えました。へ、へへっ」
「大丈夫? 話通じてないよ?」
見ていられなかったため横から口出してしまった。吉川さんは同じポーズでへへ、へへと笑ったまま応えない。
「あとごめん吉川ちゃん」
まるで申し訳なさそうじゃない口調で雨梨はさらに言う。吉川さんの体がびくりと反応した。雨梨の一挙手一投足にびびっているご様子。本当に雨梨の太鼓持ち……を通り越していじめられっ子みたいになっているが大丈夫だろうか。
「さっきから本当に気になってるんだけどなんで常磐線と間違えたの?」
「……東北っていうのがなんとなく頭にあって……」
「小説でも映画でもいいけどさ。ちゃんと見たの?」
「見たもん」
もんて。吉川さん責められ過ぎて幼児退行しちゃってるじゃん。
雨梨もやめなよ。パロっといて元ネタをおろそかにしたことに腹を立てちゃうのも分かるけどさ。大人げないよ――とは言わない。人の不幸って見てて楽しいよね。責められてる人安全圏から眺めて見てるの超好き。もっとやってほしい。一周回って面白い。
「それに吉川ちゃんの言った常磐線だとメインとして走る電車はE531系になると思うけれど、あの電車ってほんと出るときは百三十キロ近く区間によっては出るから軽いモノ捨てればそのぶん風で遠くに飛ばされちゃって見つけられないんじゃないかな」
そんなもん清張だって考えてないだろう。
「各駅停車で……駅ごとに……捨てたんです……」
小声で、ぽつりぽつりと吉川さんは呟くようにした。
「駅ごとにそんなことやってたら超絶不審者じゃん。咎められるよ。その時点で捕まっちゃうよ」
「今の時代の話だなんて一言も言ってないもん」
吉川さんはぎゅっと机の下で拳を握った。
「さっき、自分でネットって言ってたじゃん。少なくとも現代の話なんでしょ? 違うの?」
「…………………………」
遂に黙ってしまった。雨梨に視線をやるも、普段姿勢が悪く、だらけた格好の雨梨が今だけは背筋をピンと伸ばして腕組し、俯く吉川さんを上から見下ろしていた。さあ、どうでるんだろうと吉川さんに視線を移すも吉川さんは沈黙したまま。あまり長く沈黙してるとせっかく雨梨のお陰でそこそこ見れるものになったのに、逆戻りしてしまうよ、と言いたくなってきたそのタイミング――吉川さんはようやっと顔を上げた。下唇を尖らせて今にも泣きそうな、見たこともないブサイク顔をしている。唇がもごもごと動く。
「おわり」
「ふくっ!」
いかん。久しぶりにツボに嵌まってしまった。もうやだやらない、むりギブアップ、限界ですー、とか、そんな言葉を予想していたのに。そうじゃなくても無理に続けてみるとか。
おわりて。たった一言の言葉に吉川さんの『もう本当に限界』感が凝縮されていてなかなかによかった。好き。今のとこだけ録音して学校卒業まで弄り倒したいくらい。
ため息を吐き、力を抜いた雨梨があたしを見た。
「じゃ、次、桜子ね」
…………え?
え? このまま続けるの? 休みなしで続行?
多少吉川さんを弄って、弄り倒して、空気変えてから仕切り直して続けるとかするんじゃないの? 今のこの、いじけた状態の吉川さんを横に置いた、妙な空気のまま続行するの? マジで?
――沈黙。
「探しものはなんですか?」
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