第五話 探しもの。5

「探してはいるんですが……」

「見つけにくいものですか?」

 間髪入れずに合いの手くれる雨梨。

「カバンの中も、つくえの中も探してみたんですか?」

 ほぼ歌詞そのまんまで続けてきた。

 ここでノリで歌って返してみてミュージカル風に締められたらどんなに楽だろう。……安直過ぎる上に、傍で見てるの想像してみるとイタいだけか。予定変更はなしだ。あたしはあたしの信じる狭い道を進んで行くとしよう。

「探しているのは人ですよ、人。カバンやつくえに入れるわけがないでしょう」

 わざとらしくため息をつき、上を見上げる。そうして頭をがりがりと掻く。

「どこにいるんだろうなあ」

「まだまだ探す気ですか?」

 ……歌詞続けるなあ。ちゃんとお話に乗っかってきてよ。今回、かなりの割合でお前が頼りなんだから。

「当たり前ですよ。彼こそが事件の鍵を握るといっていいでしょう」

「事件?」

 よかった。ふざけているわけではないらしい。

「ええ、事件です。この家に纏わる連続殺人。私は彼こそが事件の鍵を握る重要な人物だという気がしてならないんです」

「さっきからなにその口調……? で? 誰を探してんの?」

 あたしは言う。

 ゆっくりと溜めてから言う。


「復員風の男ですよ」


 眉間に皺を寄せ考え込むように顎に手を当て雨梨は暫し沈黙する。しかし、先の流れである程度あたしのやろうとしていることを察したのだろう、沈黙を破るのは先程よりも早かった。

「もしかして、犬神家?」

 その言葉にあたしはこくりと頷く。

『犬神家の一族』

 先にも挙げた横溝正史の代表作である。これまで何度も何度も映像化されており、その度にテレビ放映もされていたため、一般に広く知られている。金田一耕助なるキャラクターを生み出した同シリーズは、昭和の慣習、遺産相続争い、蔑視迫害、オカルト怪奇譚などを多く盛り込んでおり、ミステリーとしてはもちろんだが、そういった昭和当時の独特の空気感を体感することが出来るといった意味でも人気が高いのではないだろうか。

 しかし、あたしはこくりと一度頷いた後、大きく首を振る。ため息をつき、半笑いで、どこか目の前の友人を小馬鹿にするように首を振った。

「ばっかお前、復員風っつったら獄門島でしょう?」

「……は?」

「は? ってばかお前。いい? 復員服つったら獄門島――」

「いや。いやいや」

 強い否定。雨梨の声のトーンが下がって少し空気がひやりとする。

「いやいやいやいや。あんたが事件の鍵を握る重要人物を探していて、且つ復員風っていうからわたしは犬神家っつったんだよ? 獄門島の場合は違うじゃん。似てるけれど全然違うじゃん。作中で出てくるワードも、あっちはほぼ兵隊服って書かれているし。つーかさ。ここまでの流れ的にみても、誰がどう見ても、獄門島よりは犬神家でしょ? 知名度の問題もあるけれど、わたしもあんたがさっきの流れでそう言ってきたんだろうなっての察して、わざわざ合わせてあげたんだけど。なんでわたし、さっきからばかとかお前とか上から偉そうに言われなきゃいけないわけ? ねえ」

「……」

 こ、こえーな。

 演技だと頭で理解ってても怖いわ。狸合戦のときもそうだったけれど、雨梨の演技って堂に入り過ぎてて、遊びのつもりでやっててもこっちは本気で怖いんだよ。

 お前もあんたっつってるじゃん。

 怖いから言わないけど。

「えっと……」

 あたしは躊躇いつつも口を開いた。チラリと視線を前に向けると、メガネさんが口元をひくひくさせていた。うん分かるよ? あたしも怖いもん。よし決めた。今度メガネさんも無理やり参戦させよう。犠牲は多いに越したことはない。

『獄門島』

 同じく金田一耕助シリーズの一作である。知名度的には犬神家よりは劣るだろうが、それでもかなり有名な方だろう。ミステリ好きからみれば特に。

 こちらも犬神家同様映画化されている。一九七七年、市川崑監督による犬神家の大ヒットを受けて、同監督が映画化。市川崑監督の金田一耕助シリーズとしては三作品目に当たる。復員っぽい男はこちらにも出てくる。もち別人。キャラクターの役割も異なる。

 雨梨の指摘は正しい。

 知名度的にも、流れ的にも獄門島よりは犬神家にするのが正しかったろう。が、今回の無茶振りゲームの流れ的には間違っていない。このまま進めることにする。

「あ、あたし……、ちょっと前に映画見ただけだから、き、き、記憶も、朧げだし……」

 少しわざとらしく、視線を雨梨から逸らし、俯きがちに、それでも時折チラチラと雨梨に視線をやりつつあたしは答えた。

 すると、

「……は?」

 と、雨梨はさっきと全く同じに返した。

 その真顔で「……は?」って言うのやめて欲しいわー。もー。

 見れば吉川さんがお上品に口元に手を当てて必死に笑いを堪えていた。この女……。

「読んでないの? 読んでないのにネタ振ったり、ばかだのなんだの言ってきたの?」

「よ、読んだっ」

「……本当に?」

 視線を逸らしてぼそりと言う。

「獄門塾なら読んだ」

「それ孫の方じゃねーか。金田一違いだよ。じゃなくってさ」

「スケキヨ……出てるよ?」

「出てねーよ。似たような仮面被ってるだけの別人だよ。当たり前だけど獄門島にもスケキヨは出てこねーよ。つまんない小ボケいいから。読んでないんだね?」

 視線を逸らしてぼそりと言う。

「墓場島なら読んだよ」

「だからそれも孫の方……。悪霊と墓場で雰囲気似てるだけで島しか合ってねーよ。……つかあんたほんとは原作けっこう読んだことあるだろ。悪霊島知ってる時点でさ。ああもう! つまんない小ボケいいから! もしかしなくても一作も読んでないわけ!?」

「黒死蝶なら――」

「死ね」

 ……シンプルな罵倒が一番キツいわ。心にくるわ。

「あたしの小ボケ三十連発……聞きたくない?」

「聞きたくない」

「スターマインみたいだよ?」

 応えず、耳の穴かっぽじってから小指の先を眺める雨梨。あんまりお行儀が良いとは言えない行為だが、話しかけんなオーラの伝わってくるなかなかの演技だ。傷付くわ。

「私は聞きたいです!」

 吉川さんが元気よく手を挙げる。さっきの凹みっぷりはどこ行ったんだろう。あたしが責められているところ安全圏から眺めていて回復したのか。全く、人の気も知らずに。

「吉川さんは黙ってて」

「ひどいでゲス」

 なるほど。つまんない小ボケは人をイライラさせるということを身を以て知る。とりあえず吉川さんは無視しよう。

 見れば、メガネさんの顔には笑みが生まれていた。あたしは知らず張り詰めていた肩の力が抜けると同時に、え? 今のどの時点で笑ったの? もしかしなくても吉川さんのクソみたいな小ボケじゃないよね? という気持ちになる。

「ふう」

 ま、いいや。目的は達した。なんだか中途半端になってしまったが、ある程度教室の空気を緩和できたみたいだ。どこか緊張していた彼、或いは彼女の口元にも笑みが生まれている。このへんでいいだろう。

「で? どうすんの? 続けんの? 犬神家じゃなくって獄門島だっけ? わたし原作重視派だから、あんたみたいな奴と、これ以上会話続けるの苦痛なんだけど、それでもやるっつーんならやるよ?」

 きっついなあ、おい。

 あたしは言う。おずおずと顔を上げ、下唇を尖らせ今にも泣きそうな見たこともないブサイク顔を意識して。そのままの顔で言う。


「おわる」

 

「ぷくすーっ!」

 吉川ちゃんが堪えきれないとばかりに吹き出した。

「い、い、い、いいいいけません。久しぶりにツボに嵌まってしまいました。もうやだやらないむりギブアップ限界ですーとかそんな言葉を予想していたのに……。

 お、おわるって! おわるって! たった一言の言葉に桜子さんの『もう本当に限界』感が凝縮されていてなかなかによかったですよっ! 今のところだけ録音して学校卒業まで弄り倒したいくらいによかったですよっ! おほっ!」

「吉川さん? 思うだけで口に出さずにおいた方がいいことってあるんだよ?」

「なんのことですか?」

 シバいてやろうかな。


「っっっっっはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」


 雨梨が盛大にため息を吐いた。そして、背もたれにどっと背中を預け、首をこきこきと鳴らしている。

「どしたん?」

 理解っちゃいたが、とりあえず訊くことに。

「ふたりともわたし使ってボケてくんのやめて欲しいわー。やるなら一人で完結してよ。なーんか神経使った」

「私、ボケたつもりなかったんですけど」

「ていうか吉川ちゃんわたしらが指摘しなかったらどうするつもりだったわけ? 結果的にあれ事態がフリみたいになっちゃったけど」

 ちらりと雨梨が視線をくれる。

「えっと」

 恥ずかし気に、けれどどこか自信のある笑みを浮かべ吉川さんは言う。

「さっくりあらすじを語った後、中居正広ドラマ版のラストシーンのモノマネをして締めるつもりでした。最近見たんです」

「知らんわ。極一部にしか伝わらんわ。何歳だと思っとんねん」

「雨梨さんなら知っているかと」

「なんでも知ってると思うなよ」

 止めて正解だったな。こりゃ。

 覚えたばかりのことをとにかく披露したがる癖があるっぽいな、吉川さんは。

「桜子は?」

 話を振られる。肩をすくめてから答える。

「知らん。考えてないよ? どっかで雨梨がキレる流れに持っていって吉川さんみたく途中でやめようかと思ってたし。実はあの後、作品のメイントリック語ってブチギレられるみたいな流れにしようかと思ってたんだけど……雨梨があんまり怖かったからやめた」

「やめて正解だね」

 色んな意味でね。今もね。目がね。

 怖いとかだいぶ通り越してるもんね。

 冗談だよ冗談。やりそうに見える?

 あたしがガタガタ震えている中、ガシガシガシガシと雨梨は頭を掻いた。まるでどっかの探偵みたいに掻いた。金田一アシモフ。

「どうなんだろーなー。今回、前回といい、やり方が特殊過ぎるっていうか」

「そもそもこんなもんに特殊も普通もないけどね」

「そうだけどさ。まあいいや。判定」

 委ねるんだ。判定。

 あたしは知らずまた緊張する。先程までの恐怖とはまた違った恐怖が襲ってくるけれど、決然と前を向く。

 通ってきた道は狭かった。けれど、あたしの歩んだ道のりが間違っちゃいなかったことはみんなの笑顔が証明しているだろう。さあ胸を張れ。そしてそれが、例えどんな評価だったとしても受け入れるのだ。その覚悟は出来ている。

 結果は――…………

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