第四話 罪と罰。7

 翌日。

 今回のオチ。

 あたしは後ろの黒板に書かれた表を見つめていた。


『無茶振りゲーム』

 開催日程。毎週水曜放課後五時付近(今のとこ)。

《戦績》

 桜子△××

 吉川△○×


 バツとバツが付いている。ええ。あれ、あたしの勝ちでいいと思うんだけどなあ。引き分けでもない両者敗北って。そんな判定ありなのかよ。

「ちなみに雨梨ならどうオチ付けた?」

 あたしは横でぼうっと突っ立つぱつきんに話を振る。オチを振ることにする。

「ん? ンー。そうだねえ」

 雨梨はぺろりと口にしていたチュッパチャップスを出した。そして、人差し指を立ててあたしの前でくるんと回してみせる。

「実験の目的に焦点を当てるかなあ、わたしなら」

「目的?」

 実験ってのはあたしの語ったアレか。

「桜子はさー。ロボット三原則をロボットに実際に組み込んだらどう反応するか、それを知りたいんじゃないかって言ってたでしょ? 気になるやーん、くらいの口調で。悪魔でもそれは提示された事実じゃなくって、ロボット三原則を組み込まれたロボット側の推理として語ってたよね? だからそこは他の設定と違って覆す余地がある」

 相変わらず理屈っぽいな。あんな与太話、覆そうと思えばいくらでも覆せると思うけどね。でもま、

「まあね」

 あたしは同意した。云わんとすることは分かるから。

「吉川ちゃんが最後にぶん投げたやつ。より人間に近づける試みのひとつとして、心象風景や人格プログラムを実装してみた。そういうんはアリじゃない?」

「……試みのひとつ?」

「例えば――……」

 雨梨は一瞬悩むようにすると、わざとらしくぽんと手を打つ。

「例えば……例えばそう。わたしたち人間がモノを考えるときって先ず最初に言葉ありきじゃん? 言葉があるから人間は悩むんだとかそんな話するつもりはないよ? 自分の中でアレコレ言葉にしてから物事を考えるでしょ? アレはどうしよう、コレはどうしようとかさ」

「はあ」

「でね? 実際に経験あると思うんだけど、言葉と一緒に景色が出てくるときない? わたしはけっこうあるんだけど。なんか嫌なことあったとき、嬉しいことあったとき、それについてアレコレ考えるとき、実際にその場所を思い浮かべながら考えるんだ。分かる?」

「んん? ごめ、よくわからん」

「えっとね。例えば、嫌なことがあったとして、この場合、昨日の想定と一緒で、誰かを殺してしまった人がいるとして……。その殺してしまった場所を思い出しながら、実際あのときどうするのが正解だったろう? って、悩む……みたいな?」

「あー」

 あー。云わんとしていることは分かる。

 何かを思い悩むとき。先ず最初に言葉ありき。そして、悩みがより深い場合……まあ、深いに限らないか……景色、状況まで浮かべて思い悩む。嫌でも浮かべてしまうそのときの状況。うん。云わんとすることは分かる。

 雨梨はあたしが納得したのを見て続ける。

「それと一緒でさ? 自分の中にイマジナリーフレンドとか作っちゃって、対話形式で悩んだり、思考を進めたりする人がいるでしょ?」

「まあ、いるんだろうね」

 遅ればせながら気付いた。雨梨の云わんとしていることに。

「そう。全ては実験だった。目的としては、ロボットを如何に人間に近づけるか。

 心象風景も人格プログラムも、より人間に近づけようとして行った試みのひとつ」

 ふむふむ。しかしそうすると今度はロボット三原則にどう説明を付けるか。アレもコレも実験のひとつだとするにはちと都合が良すぎる気がするが。

 しかもロボット三原則の場合、他のふたつと違って、何でそれを組込んだら人間っぽくなるんだよってツッコミどころがある。他のふたつと明確に違うのだ。より、ロボットロボットしている。

 思考するあたしを置いて雨梨は続ける。

「だけど、いまいち上手くいかなかった。ロボットはロボットのままであった。心象風景も人格プログラムも、失敗とまではいかなかったけれど人間というには程遠かった。そんなとき、ふと、科学者はアイザック・アシモフのわれはロボットが目に留まった。有名なフレーズ。ロボット工学三原則が載っていた。こんなもの、と最初は思った。しかし、ふと思い直し、試しにロボット三原則を組み込んでみた。そしたら、思いの外上手くいってしまった。ロボットがより人間に近付いた。それまで、どこまでいってもロボットでしかなかったロボットに、時折、人間の姿を幻視したのだ。思い悩むその姿はそう、まるで人間であった。昨日のあの状況。あれは、欲を出した科学者たちがジレンマの記憶を無理やりロボットに植え付けた記録である」

「……何故?」

 十年前に犯した罪事態はどうでもよくなった(元からどうでも良かった感はあるが)。だが、三原則でどうして人間っぽくなるのか、その説明が理解できなかった。

 雨梨は言う。指をピンと立て、科学者のように。

「人間とは相反する思考を同時に持つ。だからこそ思い悩むんだ。

 ロボットをより人間に近づけようというその答え。

 それは、相反する思考を植え付ける、ジレンマを引き起こす、ロボット工学三原則にこそあった――。なんてのはどうだろう?」

「ほう」

 感心してしまった。腑に落ちてしまった。なるほど。一見無駄にしか思えない、現実では役に立たないかもしれないロボット工学三原則。しかし、その矛盾を引き起こす、ジレンマを引き起こす、悩みの種を無理やり植え付けるような三原則は、ロボットを人間に近づけるという実験に置いては限りない意味があった。

 相反する思考を常に持つ人間という生き物。

 そんな人間に近づけようという試み。

 時や状況、人格と――ガワだけを幾ら複雑にしたところで、それは実現出来なかった。けれど、根本――ロボットの魂に三原則を組み込み、刻み込むと、科学者でも予想だにしていなかった答えが返ってきた。

 人間のようなロボットが生まれたのだ。

「なるほどねえ」

 あたしの感心を余所に、己の考えを全て吐いた雨梨は、再びチュッパチャップスを口に含んだ。どうでもよさげに。

 視線の先にあるのは、チョコチョコチョコチョコ近付いてくる吉川さんだ。ニコニコニコニコ毒気のない笑顔である。


「ま、言っても面白くならなかったと思うけど。なーんせ長かった」

 溜息ひとつ。

 アシモフ先生、今日は眠たげだ。

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