第四話 罪と罰。3

 われはロボット

 著者:アイザック・アシモフ


「……?」

「…………」

 おおう? やってるあたしも予想外のもんが出てきてしまったぞ……? てっきり国語の教科書、いっても社会の教科書とか出てくると予想してたのに。そしてその為の展開も幾つか考えていたのに。まさかのアシモフ大先生。

 雨梨に目を向ける。悪戯めいた瞳でも向けてるかと思いきや、普通だった。机にあったもんをそのまんま出した以上の意味はないらしい。く。自分ならこの状況でも上手く切り抜けられると案に態度で示しているかのようだった。たぶんあたしの思い込みだが。くそ。学校でアシモフ読んでんじゃねえよ。星先生辺りにしとこう。

 あたしはとりあえず手に持った小説をぱらぱらとめくると、

「これや!」

 と、叫んだ。

 吉川さん固まってるし。たぶん読んだことないんだろう。あたしもないけど、この小説については一応これだけは知っているってことがあった。

「お父ちゃんここ繰り返し読んどったなあ!?」

 あたしは指差し読み上げる。


 第一条

 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。

 第二条

 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。

 第三条

 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。


「言うてみぃ!? 一体ワシが十年前なにした言うんじゃ!?」

 もう一度机をダンっ! と叩きつつ、サッといつでも見れるようにページを開いたまま机に伏せ――、る前に雨梨に目配せ。「いい?」と目で問いかけた。雨梨はこくんと頷いた。それから伏せる。

 ほら、机に紙面がこうやって付くの嫌がる人だっているじゃん? 心配りよ心配り。

「え? え? ええ? これじゃ、どっちがお題を出しているんだかわかりませ」

「お父ちゃん? どしたんやそんないきなり乙女みたいな喋り方しおって」

「ぬかせ誰が乙女じゃ」

「忙しいね、吉川ちゃん」

 口調は乱暴だが、瞳は泣きそうだった。

 ふふ。これよ。

 呑まれるんならいっそのことこちら側に引きずり込んでしまえばいい。

 そっちがそんな風にお題を出してくるのならば。もういっそのことユーも一緒に無茶振り楽しんじゃいなよっていうね。

 恐らくだが、吉川さんの想定していた流れとしては、

『あの時は仕方なかったんや。あんときワシは……』

『忘れていたわけやない。十年前のあの日……』

『本当のこと言うてやる。ありゃあお前さんを守るために……』

 みたいな、お題に対してあたしが話を一人で広げていくという、云わば、いつもどおりの無茶振りゲームだっただろう。相手は相槌かツッコミに徹してもらうという。

 しかし! 今回、敢えてあたしはそれをしない!

 吉川さんがそう来るなら、である!

 どーせ、雨梨の後で評価がびみょくなるのは分かりきっていたのだ。吉川さんも吉川さんでボケ殺しみたいなことしてくるし。

 だったらば。

 巻き込まれるくらいならいっそのこと引きずり込んでしまえばいいのである。

 相手も同じ土俵に上がってもらう!

 お前が無茶振りしてくんのなら、こっちも無茶振りし返してやるよ! っていうね。

 ふふ。これぞ即興アドリブ無茶振りゲームの醍醐味よ。どうなるかは誰も知らない分からない。一人でお話広げるより難易度さらに跳ね上がる。落とし所はさっぱり見えない行方不明。やっててあたしにも分かんないし、吉川さんにも分かるまい。それでいいのかと問われるやもしれないがそれでいいのだ。だってこんなんただの放課後にやってる遊びだし。雨梨のせいで妙な感じになっているけれど。

「お前は、十年前――」

 ゆっくりと、震えながら、吉川さんは口を開いた。その背中は、己のしたことを悔いているような、刑事ではなくどこにでもいる一介の父親のように見えた。

 ふむ。

 自分でやっといて何だが、とはいえ。

 ここまでの話の流れ、要所要所を抽出してみると、あたしが適当にやったにも関わらず、意外とこの後分かりやすいお話の展開を期待できそうだ。

 情報を整理してみましょう。

 あたしはロボットだと思われる。が、『お父ちゃん』という呼び方から察するに、それを認識していない? それは、お父ちゃんが一心に読んでいたという教典、その教典に対するあたしの反応からも察することが出来る。教典の文言やお父ちゃんの台詞的に、十年前、あたし=ロボットはそれに反することを犯したにも関わらず、それを忘却している。エラー? 自分で言った台詞的に、あたし=ロボットは生まれながらにして罪を背負っている。原罪――これについては、あたし=ロボットの激昂っぷりを思い返してみるに忘れてはいても気にしてはいる? そして『お父ちゃん、教典を読んでいる時はいつもおかしい』という言葉から、その罪を、お父ちゃんの方は酷く怖れているようだ。

 ううむ。なんて展開しやすそうなストーリーだろう。無茶振りゲーム初心者でも適当にオチ付けられそうだ。

 あたしだったら、

「お前は素体となった人間の犠牲の上に成り立ったロボットや」「お前を嗅ぎ回っとる連中が最近増えてきとる」「ワシにも詳しいことはわからん」「限界や。真実を話せ」

 みたいな感じでお話を展開してから振るだろう。

 犠牲はあたしの生みの親である博士役だとか、あとはお父ちゃんの身内辺りにしておけば、語り手の手腕によってはお涙頂戴も期待出来るかもしれない。

 そこはあたしの腕の見せどころだ。

 さて。上手い振りを期待しよう。


「十年前――お前はワシを生み出したんや」

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