第四話 罪と罰。2

 そして、冒頭へと戻る。


「いい加減認めたらどうなんや。お前が十年前に犯したあの罪、まさか忘れたわけじゃねえんやろう」


 んー。んー? んー。違うんだよなー。吉川さん理解ってないなー。

 そこまでいっちゃうと無茶振りっていうより即興コントの領域だよ。そこまでされると椅子もセットっぽく見えちゃうし、どっちがお題出してんだか分かりゃしないよ。

 あたしたちがやってる無茶振りっていうのは、適当に出したお題に対してその場その場でお話を創ったり合わせることであって断じてコントではないのだ。漫才とも違う。微妙な領域なのである。まあ、あたしが思っているだけであって、特に決まりごともないのでべつにいいのだけども。

 だが、今までと違い、やりにくいのは事実。

 特にあたしみたいな一人勢いで突っ走る系の人間にしてみれば、吉川さんのそれは逆に呑まれてしまいそうでめっちゃやりにくい。

 タイプの違う、コンビ組んでない、ボケとボケ、みたいな? 分かりにくいかな?

 ふむ。そう来るなら――。

「……を?」

 あ、あれれ?

 なんか今度は聴衆減ってない? いつの間に? 十の位はいずこ? ……。

 くっ! あの雰囲気の中やりにくいなーとか思ってたのも事実だけど、これはこれで全く期待されてないみたいで寂しいっ!

 教室にはいつもの居残りメンバーしかいなくなっていた。しかも、その全員がいつも通りの定位置で、いつも通りあたしたちに目を向けることなく、トランプに興じていたり、スマホ見て駄弁っていたり一心不乱におべんきょしてたりで、つまりは先々週と同じ。

 ち、ちくしょうっ。レジェンドが参加しないと分かった途端これだよ!

「なんや。罪って」

 とりあえず応える。まあ、一旦心を落ち着けるための場繋ぎである。

「なんや。覚えてへんのか? あれじゃあ。お前が十年前に犯したあの罪。あれのこと言うとるんじゃ」

 案の定、吉川さんは似たような言葉を繰り返した。

 しっかしまあ。

 露骨に先週の雨梨の影響受けてんのは分かるんだけど、吉川さんの場合、演技への入り方が下手クソ過ぎて劣化コピー以前の問題だ。マジでさっきからコントにしか見えない。

 雨梨が凄かったのは緩急が巧みだったからである。思い返すと、吉川さんとは逆で動きらしい動きはほとんどしていないのだ。机蹴ったり叩いたりをしたくらい。あれだって場面転換の際の切っ掛けとして使ったからで、効果的だったらこそ意味があったのだ。

 はじめはいつも通りの雨梨。それが次第に声のトーンを変えたり、口調を変えたり、こちらの反応も読みつつ、緩急を付けてみせたことによって、あたしたちは雨梨の話にのめり込んでしまったのである。もちろん、圧倒的知識量の差もある。し。ぶっちゃけて言えば、先週と今週とでの環境の違いも多分にある。

 先週は薄曇りで且つ普段聞こえている部活の声などもしなかった。だから、雰囲気があった。しかし、今日はいつものサッカー部キーパーがさっきからずっと「ボール回せ回せ回せ!」と怒鳴っていたり、吹奏楽部に関しては『ぱぇぱぇ』『ぷぉぷぉ』もうずうっとやかましい。

 雰囲気の欠片もない。

 さらに。

 吉川さんの場合、無駄に声を張り上げているわ、動きがオーバーだわ、はじめっからフルスロットルだわで、もうまるっきりテレビでやってる芸人の過剰なコント。真面目にやるほど吹いてしまいそうになるアレ。

 ま。気を取り直して。だ。

 そっちがそう来るなら。だ。

 ――いっそのことこっちに引きずり込んでやる。

「なんや覚えてへんわ」

「ああ? だからお前さんが、」

 遮り、言う。


「だいたい、ワシ十歳やで? 十年前なんてまだ生まれたかどうかやんか」


「え」

 想定外の答えにぽかんとする吉川さん。まだだよ~。

「なにゆうとるんじゃ、お父ちゃん」

「お、お父ちゃん……?」

 格好はそのまま「え……? なに言ってるんですか?」という心の声が聞こえてきそうなほど戸惑いを隠せていない吉川さん。雨梨も紙パックを「ぢゅー」とやりながら「お。予想外の展開」と口をもごもごさせている。

「それともあれか?」

「あ、あれってなんじゃ」

 吉川さんは、動転しつつも、なんとか応えている。

「お父ちゃんがよく言うてるあれ。あれのこと言うとるんか? 誰しもが生まれながらにして罪を背負ってるっちゅうあれのこと言うとるんじゃろ。原罪っちゅうたか」

「お、おおう?」

「なんだその意味不明な展開」

 雨梨がやる気なさげにツッコむ。

「……キリストの教えのことか」

 慎重に。こちらの言葉にどう対応するのが正解なのか分からないのだろう、慎重に吉川さんは問い返す。もっているそれらしい知識でなんとか答えている。

 ふふ。まだ自分がそちら側だと思っているらしい。

 あたしは俯き、首を振った。格好としては吉川さんみたくふてぶてしい一課刑事じゃなく、背中を丸めて今にも泣き出しそうな子供みたいなそれを意識している。

「ワシ、嫌じゃっ。お父ちゃん、これ読んどるときいっつもおかしなるっ! こんなのがあるからいけないんじゃ!」

 あたしは机を叩き叫ぶ。そうした後(のち)、横っちょに座る雨梨に俯いたまま小声で手のひらを差し出した。

「へい雨梨教典プリーズ」

「ん」

 雨梨が机をごそごそやった後、裏表紙をこっちに向けてサッと差し出された一冊の本。事前に打ち合わせしたわけじゃない。言ってるあたしだって雨梨が何を差し出してきたか知らない。とりあえずそうしたら何かしら差し出してくれるだろうとは思っていたのだ。

 あたしはなるたけ乱雑に扱わないように、けれどどこか目の前の教典を嫌悪しているかの如く、勢い乗せて吉川さんの目の前にダンっ! と置く。音は本ではなく本を握っていた拳の音。手ぇ痛いぜ。

 叫ぶ。

「なんなんやこれ! 教えてやお父ちゃん! 一体ワシが十年前なにしたゆうんじゃ!」

 そして、ひっくり返してそれを見た。

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