第四話 罪と罰。

「いい加減認めたらどうなんや。お前が十年前に犯したあの罪、まさか忘れたわけじゃねえんやろう」


 露骨だなあ……。

 露骨に影響受けてんなあ……。

「はあ」

 と、あたしは天井を見上げ大きく溜息を吐いた。


 少々時を遡る。


 一週間後の放課後水曜日。いつもの席でいつもの時間でいつもの面子。最早定例と化したかのように自販機行ってからーの無茶振りゲームに興じようとしたあたしたちだったが、ひとり、吉川さんの様子だけが明らかにこれまでと違っていた。

 彼女はあたしと雨梨が自販機から戻ってきた時にはもう定位置に付いていた。吉川さんの机にはノートも教科書も置いていない。さっきまではあったのに。つまり、自らの意思で片付け、近くの大地くんの椅子を引っ張ってきて、そこに陣取ってあたしたちを待っていたというわけだ。

 吉川さんはいつも――それが放課後水曜日に限らず――あたしと雨梨がふたりで話しているとどこからともなくチョコチョコチョコチョコ近付いてくるのが常だった。

 それが今日は違っている。

 椅子を用意して、一人でそこに座っている。

 およそ吉川さんらしくないポーズで座っている。

 大股で脚を広げ、両の膝に両の肘をついて俯いている。長い黒髪を垂らし、耳に髪を引っ掛けて。

 そこから見える表情は酷く不機嫌そうであった。眉間に皺を寄せて、半端に口を開いて、あとなんか知らんけどさっきからめっちゃ溜息吐いていた。

 ……これで煙草の一つでも持たせたら捜査一課所属の刑事さんっぽいな。事件が難航してむっちゃ不機嫌って感じの。

「……」

 す。

 と、吉川さんのその奇行に触れることなく、雨梨は自分の席についた。

「はあ~」

 露骨な吉川さんの溜息。

 おい。雨梨。メンドーそうだからってスルーするんじゃないよ。あたしだって触れるの嫌なんだけど。

 これ、あたしたちが戻る五分くらいの間、一人でずっとやってたってことかなあ。シュールだなあ。

 教室居残り組も普段と違う吉川さんに奇異な視線を向けている。

 …………って。

 なんか……、多くね?

 教室居残り組っていつもならあたしたち除けば六~八人くらいなのに。ぱっと数えた感じ、十六~十八人くらいるんだけど。桁違うんだけど。

 イベントでもあったか? と、訝しんで居残り組を見てみるも、彼ら彼女らは、べつに何かを用意をするでもなく、待ち合わせをしているようでもなく、思い思い銘々の場所にいてこちらを注視している。って、他のクラスの奴までいんな。

「ん」

 と、教室後方にある黒板が目に入った。正確に言えば、そこに書かれていた、とあるものが目に入った。


『無茶振りゲーム』

 開催日程。毎週水曜放課後五時付近(今のとこ)。

《戦績》

 桜子△×

 吉川△○


 ……あれか。

 あたしたちが適当にやっていた遊びともいえない遊び。どうやら、正式名称が決まったらしい。て、そうじゃなくって。

 いつの間にあんなもんが。今日一日居て気付かなかったわ。たぶん増えた十人覗く居残り組の誰かが書いたっぽいが……。

 だが、こうまで人数が増えている原因はさらに上に書かれている文言が原因だろう。


 レジェンド

 卯衣雨梨


「……」

 んだよ、レジェンドって。

 雨梨がレジェンドならダントツ経験数の多いあたしはなんなんだよ。

 くそー。この前のあれか。狸合戦。あれで雨梨の実力が一気に認められたっぽい。なんの実力だよって話だけど。

「はああああああああああああああ~~~~~」

 いい加減触れてくれないからだろう、業を煮やした吉川さんはこれみよがしに息を吐き、今度は首を左右に振った。

「……」

 めんどっちぃな。

 とりあえず触れてあげることにする。

「どうしたの。吉川さん」

「今日はワシがお題を出す番じゃ」

 番もなにも。特に決めてないんだけど。まあいいや。そうまでしてやりたいんだったら付き合ってあげようか。あたしは雨梨に視線をやる。当の雨梨は、

「わたし、パース」

 と、欠伸をこらえて言った。

「あそう」

「え」

 ちなみに、今の「え」はあたしじゃなくて吉川さんである。

「やってくれないんですか?」

「うん」

 特に理由は言わない。悪びれる様子もなければ、何か言い添える気配もない。

「み、みなさん待っていますよ? 雨梨さんのことを」

 吉川さんは追求する。

「しらん」

 対して雨梨は連れない態度である。

「……しゅん」

 さっきまで何やら役(?)に入っていたのに、それも忘れて露骨に凹む。ポーズはさっきから全く変わってないのがなんともまた。そのポーズ吉川さんらしくないから止めな。とは言わない。あたしの中に眠る無茶振り魂がそうさせなかった。役に入るのは大事だからね。

 まあねえ。

 雨梨、気まぐれだからねー。

 この前ノってくれたのだって、たまたま機嫌が良かったからだろうし。あたし的には来月再来月辺りにもう一回やってくれるかどうかってくらいだと思うよ?

「しゅーん」

「吉川ちゃんのこと嫌いになりそうだな」

「さて! では今日も参りましょうか! あっ、お題はやっぱり私に出させてくださいねっ! ここまで来たらっていうのもありますけれど、ずっとやってみたかったってのもありますので! あ! 雨梨さんはいつもどお~りに、ふてぶてしいまま~でいてくださ~い! そのまま~! どうかそのままで~!」

「吉川ちゃんすき」

「やだもうっ」

 吉川さんってウザキャラだよね。いつの間にやら。

 あたしたちと絡むようになってからどんどんおかしくなっていってる吉川さんである。人の影響受けやすいんだろうな。どこのどいつだよ、吉川さんに悪影響与えてんのは。ったく。

「さて! じゃ、やろうか。吉川さん!」

 気を取り直して。

「……ふっ」

「あ?」

 あ? あ? あ? あ? ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ?????

 こいつ今、あたしのことひと目見てから鼻で笑いやがったぞ!?

「上等だワレェ一回勝ったくらいで調子こいたこと後悔させたるで!!」

「できるもんならやってみぃおんどりゃあワシの顔に唾吐いたこと地獄で思い知ることになるでェ!!」

「今日のそれ、なんなん」

 雨梨が嫌そーうに顔を顰めた。

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