第三話 狸合戦。3
と、それまで懐かしむように(?)面白がるように(?)語っていた雨梨が突如口調を変えた。その表情からはなにも汲み取れなかった。真顔である。
「狐は全国津々浦々信仰の対象になってるよね? 稲荷神社。神の使いだとか言って。けれど、狸にはそれがない。なんでだと思う?」
「さあ? なんでなんですか? 私自身、狐なんかは神秘的なイメージを持っていますが、狸はもっとこう……おちゃらけたイメージがありますよね」
「これが今話した有名な狸がいっぱいいる四国だとか、まあ言っても新潟佐渡なんかでは違うんだろうけどさ? ほとんどないじゃない? 狸寺なんて」
「證誠寺(しょうじょうじ)」
「話の腰折るなよ。言ってもそのくらいじゃないって話ね。なんでだと思う?」
毛並みじゃね?
あとは見る頻度の違い。
狸って、そっこら中で転がって死んでるイメージだけど、田舎でも狐はなかなか見れないし。それにあの黄金色の毛並みはやっぱり神秘的に人々に映るんじゃないの? 稲穂のイメージと被るじゃん。狸とかドブみたいな色合いしてんじゃん。とは言わないでおく。話の腰折るのもあれだし。
しかし、この話が狸合戦参戦とどう繋がるんだろうか? 前提としちゃあいやに長いが。
「力を持った、名のある狸が殆ど死んだからさ」
雨梨はあっさりと言った。
あたしの想いを読み取ったかのようにチラリと目を合わせて。光の加減か、一瞬雨梨の顔にドス黒い影が差した気がした。
「……死んだ?」
「死んだ。大勢が死んだ。阿波狸合戦が四国徳島で繰り広げられていた正にその時。四国から海を渡った向こう側、横では日本全国の狸たちが血で血を洗う殺し合いをしていたんだ」
「血で血を洗う……殺し合い?」
吉川さんがごくりと生唾を飲む。
雨梨の表情はいつもみたいな笑顔に戻っていた。それがまた恐怖を誘う。
「言っても、平成狸合戦がその最たる例でさ? 狸ってやっぱりどっちが強いかっていうより、どっちが化けるの上手いかって方に興味の比重が傾いてるんだよね? あいつより俺の方が上手く化けられる、あいつより俺の方が人間を上手く驚かせることができるって具合にさ。
だから、人間がやるような血みどろの殺し合いー、なんて狸はあんまりやらないんだよ。興味じゃないんだ。阿波のやつはそうじゃないけど……でも、阿波だって、わたしら四国以外の地域の狸がやっていた戦争に比べればじゃれ合いもいいところだった」
わたしらと来たか。
ふむ。単純に話が気になってきたな。
そしてそれはどうやらあたしだけじゃないみたいだった。ぐるりと視線を教室に向けてみれば、教室居残り組が手を止めてこちらを見ていた。
ダンッ! と、机が鳴った。
どうやら雨梨が膝で机を蹴ったようだった。咎めるように視線を向けるも雨梨は突如、
「アハハハハハ!!」
狂ったみたいに笑い出す。
「ひっ」
びくりとなった。大きな音の連続で本能的に体が強ばるのが分かる。
見てみれば、あたしだけじゃない。吉川さんも。教室にいた居残り組全員も、雨梨のその奇行に目と口をぽかんと開けている。
「アハハハハハハハハハハハハハ!!」
「あ、雨梨さん……?」
吉川さんが恐る恐る、だけど、心配するように声を掛けた。
す――、と雨梨は笑うのを止める。
「……」
無言で手を引っ込める吉川さん。
雨梨のその一挙手一投足が周囲の恐怖を呼び起こしている。明らかにわざとやっているだろうことは分かるのだ。が、しかし、普段決してこういったことをやらない雨梨がそれをやっているのが、まるで何かに取り憑かれているみたいで――。
窓の向こう側、天気が悪いのもまた。薄曇りの夕暮れ時。雨の降る気配はないが、単純に暗かった。それでも、誰も電気を点けようとしない。みんなが固まったみたいに動けないでいる。
雨梨が大口を開けた。
「わたしら狸が人生を思うままに謳歌していたあの時代!
江戸時代末期から明治時代初期に掛け!
南は九州、中国から! 北は東北、北海道に至り!
徐々に徐々に!
じわじわとじわじわと!
だけど、確実に確実に……日本全国に広まり侵攻していったとあること……さあ、それはなんだと思う?」
普段のダウナーな雨梨からは考えられないくらいの大音声が教室中に響く。放課後の教室が一転舞台に様変わり。演目は雨梨の一人芝居である。
こ、こえー……。
なんなの? 狸に憑依でもされてんの?
見れば、吉川さんなんて顔青くなってるし。勉強の手止めてこっち向いてるメガネさんなんてもう泣きそうになってるじゃん。
あたしはおっかなびっくり答える。
「き、飢饉?」
「違う」
「倒幕運動?」
その言葉に雨梨が蓮っ葉に笑う。元の雨梨に戻ったみたいだ。あたしは知らず詰めていた息を吐く。
「たしかに気が立っている武士を脅かし化かして殺された馬鹿な狸たちもいるけどさ。そんなのは日常茶飯事だったよ」
「じゃあ……」
「――狂犬病」
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